オスカーの行方とスピーチ
2020年の第92回では、『パラサイト 半地下の家族』でポン・ジュノ監督が監督賞を受賞した際のスピーチが話題に。母国語である韓国語で、学生時代に救われた言葉としてマーティン・スコセッシ監督の「もっとも個人的なことが、もっともクリエイティブである」を引用して感謝の意を表明。会場は大いなる盛り上がりを見せた。
ミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』が、監督賞、主演女優賞など6部門を受賞して独壇場状態。緊張の作品賞でも名前が読み上げられ、出演陣はステージに登壇してスピーチを開始。主演女優のエマ・ストーンも涙を見せて感動の瞬間が訪れていた。
ところが、係の男性が近づきヒソヒソと話しているかと思うと、事態は一転した。
作品賞は『ラ・ラ・ランド』ではなく、実際には『ムーンライト』が受賞していたのだ。「受賞はムーンライトだ、これはジョークではない」と伝えて、事の顛末を釈明。まさかのどんでん返しに会場がざわついた(視聴者とWOWOWの解説陣は唖然とした)。
まだ間に合う! 配信で予習できるノミネート・注目作
冒頭でも触れた動画配信サイトから観れる映画を紹介。アカデミー賞発表前なら一緒にドキドキを楽しめ、オスカーの行方を見届けた後なら、これが受賞した作品かと堪能できる。自宅で楽しめる動画配信サイトで鑑賞可能な第93回のアカデミー賞ノミネート作品を紹介していく。恋人とメタルバンドを組んでいるドラマーの主人公・ルーベンは、ある日に突如として耳の様子がおかしくなり診察を受ける。しかし、治癒は厳しく聴力を失ってもおかしくない状態と発覚。悩みつつも、ろう者の支援コミニティに参加するが、突然すぎる出来事に苦悩する姿が描かれる。
バンドマンの命である聴覚を失っていくという葛藤を、音響編集賞にもノミネートされた革新的な音響技術により彼の弱くなっていく音の世界を表現している。
映画『ヴェノム』でも主演をつとめたリズ・アーメッドさんが主人公・ルーベンを演じており、この作品のためにドラムと手話のスキルを会得して挑んでいる。鑑賞中は、どこからどう見てもメタルを愛するバンドマンにしか見えない脅威の演技力を発揮している。
また、リズ・アーメッドさんはアジアにルーツを持つパキスタン系イギリス人でイスラム信者・ムスリム。ムスリムの人のアカデミー賞主演男優賞のノミネートは初となっている。
アジア系の人種がアカデミー賞主演男優賞を受賞したのは、1982年の第55回アカデミー賞で『ガンジー』で主役を演じた俳優のベン・キングズレーさんの一度きり。今回のアカデミー賞は、ノミネート者5人中2人がアジア系の人種と稀有である。
主演男優賞や主演女優賞をはじめ5部門でノミネートされている作品で、人種差別という概念が希薄だった1927年のアメリカが舞台。主演女優賞にノミネートされたヴィオラ・デイヴィさん演じるブルースの母と呼ばれた歌手のマ・レイニーとそのバンドメンバーの会話劇に焦点をあてた映画だ。
ベースが戯曲であり、メタファー的表現が頻出することから理解しづらいシーンも多々あるが、それぞれが抱える人種差別の悩みと民族へのプライドを語り合う展開は息をするのも忘れるほどにど引きずり込まれていく。
トレイラーにも流れていたチャドウィック・ボーズマンさんの台詞「俺に流れる血や心を見くびるなよ!」がこの映画を一言で表現していると筆者は感じる。これは2020年にアメリカではじまり世界に拡散されたアフリカ系アメリカ人の人種差抗議運動「Black Lives Matter」にも通じるものがあり、この作品を2021年に上映したというつくり手のメッセージが伝わってくる。
また、衣装デザイン賞、メイク&ヘア賞、美術賞にノミネートされているほどの世界観は圧巻であり、1927年に着られていた服装の再現など徹底した時代描写が『マ・レイニーのブラックボトム』にさらなる臨場感を与えている。 同じくNetflixの短編アニメ『愛してるって言っておくね』は台詞がなくわずか12分で完結する作品で、短い時間でアメリカ抱える銃社会の問題について描いている。
日本では馴染みがない血生臭い銃による事件だが、2021年に入ってから自殺を除いた拳銃によるアメリカでの総死亡数は、13243人と非常に重い問題だ(記事執筆時点)。
第93回のアカデミー賞短編アニメ部門にノミネートされており、作品について述べたいことは多々あるが、短い作品のためネタバレになってしまうので鑑賞してもらいたい。
豊かで美しくも厳しい自然を舞台にアメリカが抱える貧困問題を丁寧に描いている。出演者の多くが、実際のノマドということでも話題を集めた。
クロエ・ジャオさんは、前作『ザ・ライダー』が映画賞43ノミネート24受賞という栄誉に輝き、新たな局面を迎えるマーベル・スタジオの新作ヒーロー映画『エターナルズ』の監督に抜擢された新鋭中国人監督だ。
これからの映画業界を左右するアカデミー賞
アメリカ文化発展のために設立されたアカデミー賞は、2020年の第92回で外国映画にもかかわらず初の作品賞を獲った韓国映画『パラサイト 半地下の家族』によって、新た局面を迎えている。もっとも影響力を持つアカデミー賞作品賞を外国映画が受賞というのは、アカデミー賞がアメリカの映画賞から世界の映画賞に転じたということを意味する。
ほかにも、受賞する作品の傾向やトレンドにも変化が見られ、近年はマイノリティが抱える問題、貧困格差、人種差別、LGBTQ+を題材とした作品のノミネート・受賞が目立ってきている。
SNSの発展により議論や活動はすぐに拡散されるようになってきた。「Black Lives Matter」やセクシャルハラスメントに対する抗議ムーブメント「Me too」などの活動は、いち早くアメリカから全世界へ呼びかけられて波紋を呼んだ。
陰で悩み苦しんでいた人種差別やLGBTQ+など少数派の人々と文化は陽にあたるようになってきた、そしてそれらのメッセージを映画に込めて伝えようとする人々がいて、その作品が世界のアカデミー賞で評価される。
アカデミー賞受賞作品を知るということは、ただ良い作品を知るというだけではなく、現代の知るべき文化や物語を知ることができるということなのだ。
今年のアカデミー賞授賞式にはどんなストーリーが待っているのだろうか、興奮とソワソワを胸に秘めて4月26日(月)まで待つとしよう。
映画で人生にスパイスを
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