数あるバンド漫画でも異端 “インストバンド”を描く挑戦
『ロックは淑女の嗜みでして』で最もユニークなのが、バンドの花形であるボーカルがいない、インストバンドを題材にしていることです。
りりさと音羽が結成するのはインストバンドで、これは数あるバンド漫画でも稀有な例となります(『BLUE GIANT』にもボーカルがいないバンドは多いですが、ジャズはインストバンドも一般的なので、特筆すべき点ではないと考えます)。
インストバンドを題材にするのがユニークな理由は、大きく分けて2点あります。まず漫画として、単純に演奏シーンの演出の選択肢が減ります。楽器隊のみで、音楽ジャンルの要である演奏シーンを魅力的に描かなければなりません。
読者のテンションを上げたい魅せる場面で、エモーショナルを表現しやすいボーカルがおらず、歌詞で作品の世界観をストレートに伝える手法も取れない構成は、挑戦的と言えるでしょう。
にもかかわらず、本作は演奏シーンがきっちり熱い。ほとばしる汗、音を感じさせる描画、感情のこもった登場人物たちの表情など、あらゆる手を駆使して、魅力のある画づくりを成立させています。
太さの強弱とメリハリの効いた線で描き出す、プレイヤー全員が主役となる演奏シーンは、王道の少年漫画『常住戦陣!!ムシブギョー』で迫力のあるバトルシーンを手がけた福田宏さんならではの力強さがあります。
物語に起伏を生み出す、インストバンドだからこその逆境
そして、ストーリーテリングの点でも、インストバンドであることが面白い作用をもたらしています。
作中ではボーカル不在がもたらす周囲のネガティブな反応をたびたび描いており、その逆境を跳ね返す物語的な起伏が自然と生まれるようになっているのです。
例えば、3巻収録の対バンライブ編では、ボーカルの不在を観客に不審がられるシーンがあります。また、演奏が素晴らしくても、観客がインストバンドに対するノリ方がわからずほぼ無反応になってしまうシーンも描かれ、その理由が、素人でもわかりやすい注目ポイントのボーカルがいないことだと指摘されます。
しかし、その後の別のライブでは、対バン相手のファンだらけという圧倒的アウェーな状況ながら、その場にいる全員をねじ伏せる圧巻の演奏によって称賛を集めました。その痛快さは、前段で逆境を描いていたからこそのものです。
定番であり近年の流行りでもあるバンドものにおいて、あまり見ない(他にない? あれば教えてほしいです)ロックのインストバンドという選択が、ブルーオーシャンを開拓しています。
しかも、ただ意表を突くためにインストバンドを選んだわけではないようです。作中には実在するインストバンドの名曲がたびたび引用されており、作者の福田宏さんが様々なバンドを見聞きしていることがわかります。
なお、音楽に強い担当編集の方の影響も大きかったそうで、このあたりの制作の舞台裏は、作中にも楽曲が引用されるインストバンド・mudy on the 昨晩のギター兼リーダー・フルサワヒロカズさんと福田宏さんの対談動画で語られています。
りりさ、音羽、ティナ、環──“仮面を被るお嬢様”なバンドメンバーたち
前述したように、『ロックは淑女の嗜みでして』の主人公・りりさは、生まれは庶民で生粋のお嬢様ではありません。
だから、隠れて庶民の音楽と格下げ扱いされているギターを弾いて、バンドをやっていることは絶対にバレてはいけません。学校や家では仮面を被り、取り繕った姿で過ごしています。
こうした二面性はりりさだけではなく、バンド・ロックレディのメンバー全員が持っています。
りりさをギターの道に再び引き込んだ音羽は、ドラムを叩いている間は普段のおしとやかな雰囲気が消え去り、非常に口が悪くなります(中指も立てます)。二重人格としか言いようのない変貌ぶりです。
キーボード担当の院瀬見(いせみ)ティナは、中性的な容姿と長身で学園の王子様と人気を集めているものの、実は周りが求める理想を演じているだけ。本当は自分に自信がなく、小さな人形に話しかけて何とか気持ちを奮い立たせている少女で、表の顔と裏の顔があります。
ベース担当で冷徹な言動が目立つ白矢環(しらやたまき)も、学校ではウィッグでパンキッシュなショートカットを隠し、茶道部の部長として部員の信頼を得ているなど、表裏を使い分けています。
浮世離れしたドラマー音羽 彼女の家族との関係にも注目
4人とも本性を隠してバンドをしており、共通して周囲に活動がバレてはいけないリスクを背負っています。
そんな4人の中でも注目すべきは音羽です。ドラムにかけた時間が尋常ではないことが示唆されている音羽ですが、それは到底家族に隠し通せるものではないはずです。
作中で庶民の音楽とされるドラムをやることを、家族が承認しているのか、それとも放任なのか、放置されているのか?
音羽の家族や近親者の描写はほぼないためこの点は謎が多く、不可避であろう掘り下げに期待。浮世離れした彼女の人間的な側面が見えた時に、物語に新たな深みが生まれるはずです。
また、再婚するまでの過去を消したがり、一種の妄想状態にあるりりさの母も大きく関わってくるでしょう。
存在だけは明示されているティナの両親、音羽と同様に描写の薄い白矢の家族を含めて、4人の家族のエピソードは追い追い描かれると思われます。この点は今後の楽しみの一つです。
『ぼざろ』『BLUE GIANT』に続くヒット作になるか? 『ロックレディ』TVアニメにも期待大!
そして! 楽しみと言えばTVアニメです!
音楽作品の映像化で成功した例は、過去には一大ブームを巻き起こした『けいおん!』、最近では人気著しい『ぼっち・ざ・ろっく!』、日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞した『BLUE GIANT』などがあります。
どの作品も実力確かな音楽家が制作に関わっており、音楽的な成功がアニメ、さらには原作の評価を一段押し上げました。
特に『ぼっち・ざ・ろっく!』『BLUE GIANT』を筆頭に、音楽ジャンルの漫画が映像化で成功を収めている今日では、そのハードルは上がっています。
『ロックは淑女の嗜みでして』のTVアニメが、原作の熱さを損なわず、かつ音楽的な評価を得られるかは、今後の原作の人気をも左右する重要なポイントです。
TVアニメ化に際して、インストバンドを軸にした本作はボーカル=声優の力に頼ることもできませんから、制作会社にかかる期待はなおさら大きいはず。
作中で引用されるcolspan、te’といったインストバンドの協力があれば、より盛り上がるかもしれません。
とにかく、2025年の放送が待ち遠しい! 放送まで、原作を何度も読み込んで待ちたいと思います。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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