アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』や連続テレビ小説『虎に翼』などで知られる脚本家・吉田恵里香さんのトークイベントが、8月16日開催のアニメイベント「ANIME FANTASISTA JAPAN 2025」内で行われた。
ジャンルを問わず人気作に携わり、今やどの業界にとっても欠かせない作家の一人と言っても過言ではない活躍を見せる吉田恵里香さん。
同時に、作家としての成功に伴う生活の安定を感じることはないようで、「むしろ常に心配というか、スケジュールが空いてると不安になります」と語り、熱き創作意欲を燃やしている。
シーンのトップランナーである彼女が抱えるドラマやアニメにおける問題意識や、異色の“魔法少女モノ”として話題を呼んだ『前橋ウィッチーズ』といった作品群の制作秘話、そして貫き続ける哲学など、ボリューム満点で行われたイベントの模様をレポートする。
取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多
目次
恋愛ドラマの暴力性
精力的に活動を続ける中で生み出してきた作品の中から、まずは向田邦子賞を受賞したドラマ『恋せぬふたり』(2022年/NHK)について。
他者に恋愛感情も性的欲求も抱かない、もしくはほとんど抱かない性的志向恋愛的志向を指すアロマンティック・アセクシュアルの男女の共同生活を描く作品だが、企画立ち上げのきっかけの一つとなったのは、ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年/テレビ東京)で原作にはないオリジナルの要素として、アロマンティックの人物を描いたことにあるという。
「恋愛を扱うドラマが描かれるときって、『恋愛しないと成長しない』とか、『恋で人生の全てが変わる』みたいな、恋愛が人生において最も重要なものとして描きがちというか、その考え方を押し付ける暴力性があるのではないかと、以前から気になっていたんです」
吉田恵里香さん
そこで「アロマアセクではないかという人物を登場させることで、恋愛を重要視しない人の視点を加え、必ずしも恋愛は重要じゃないけど、それでも人を好きになるとはどういうことなのか、という描き方で恋愛を考えることにしました」という。
アニメ、ドラマ、演劇、小説──あらゆるエンターテインメントで描かれ、作品の中だけでなく実生活においても至上の価値を持つと捉えられがちな恋愛だが、それはあくまで数ある選択肢の一つに過ぎないと主張する。
「私個人は結婚して子どももいる、世間的にはマジョリティ側の立場である人間で、ラブコメはもちろん恋バナも大好きです。でも、そうして恋愛にまつわることが好きだからこそ、苦手な人や興味のない人に思いを馳せるべきなんじゃないかと思っています」
当日の聞き手はアニメライターで『アニメスタイル』編集長の小黒祐一郎さんがつとめた
好きだからこそ、そのものの持つ加害性にも思考を巡らせる。執筆作に共通する優しさの根源のようにも感じる考え方だ。
理解してると思っている人が一番ヤバい
連続ドラマである『恋せぬふたり』を経て、同じNHK総合で今度は単発のドラマ『生理のおじさんとその娘』(2023年)の脚本も手がけている。
タイトルの通り、生理用品メーカーの情熱的な広報マンで「生理のおじさん」として活動する主人公・幸男と、父親のその有様に複雑な感情を持つ娘・花の物語。
幸男がテレビで「僕は娘の生理周期も把握している!」と発言したことから炎上を巻き起こし、花も家を出ていってしまうが、こうした当事者ではない者が寄せる理解が孕む暴力性もドラマでは描かれた。
「幸男は“自分が当事者ではないが生理について理解がある”って顔をしたいがためにそんな発言をするのですが、娘のプライベートな話を公ですることで、娘の人権をものすごく侵害してしまっている。こうした理解してると思っている人が一番ヤバい」
他者が100%の善意で理解を示しているつもりであっても、その干渉が当事者にとって攻撃になってしまう。個人間という最小単位の社会の中でも、今まさに起こりうる危機に対して、エンターテインメントの領域から警鐘を鳴らす。
『前橋ウィッチーズ』は“病んでる!”を売りにしたくはなかった
展開するドラマを通じて、現代社会における問題を浮かび上がらせるのも吉田恵里香さんの作家性の一つ。
オリジナルアニメ『前橋ウィッチーズ』(2025年)は、人の抱える様々な問題を解決しようと、魔女見習いの主人公たちが奔走する。その中で、現代を生きる10代の女の子を取り巻く環境のリアリティも際立った。
『前橋ウィッチーズ』©PROJECT MBW
しかし、この作品においてはそうした問題提起や啓発が「企画の主軸としてスタートした訳ではなかった」という。
「最初は前橋が舞台になることも決まっておらず、“歌を歌う女の子が出てくる”くらいのところからはじまった企画なんですが、そうした作品は『ラブライブ!』をはじめすでにたくさん存在していました」
そうした状況において、「何で差別化するのかを考えた時に、みんなが仲良く健全で、ポジティブでエモーショナルな様子を描いたスポ魂のような物語にするのではなく、多少性格が悪いと思われてしまうくらいに見えるほど、リアルで地に足がついた女の子たちの物語にしたいと考えたんです」と、経緯を振り返る。
たとえば新里アズというキャラクター。好き嫌いが激しく、一話目から同じ前橋ウィッチーズのメンバーである赤城ユイナに対して「顔がムカつく」と言い放つなど、過激な面が目立つ。しかし彼女もある秘密を抱えており、病み系のファッションをした苛烈な性格の女の子という一元的な捉え方では言い表せない、複雑で生々しくそれゆえに愛着の持てる人物である。
単にコンプレックスを抱く人物を登場させれば物語に深みが生まれる──という安易な考え方はもちろん吉田恵里香さんの頭にはない。
むしろ「“病んでる!”みたいなのを売りにしたくはないですし、私が自分の名前だけで作品を見てもらえるような作家だったらクリフハンガーとしてもそういう要素は使いたくない」と語る。

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