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コロナ禍をフィクションから考える「世界SF会議」 その転倒と面白さ

POPなポイントを3行で

  • テレビ番組「世界SF会議」が面白かったという話
  • フィクションの側からコロナ禍を考える
  • YouTubeでも公開してるから観てくれ
コロナ禍をフィクションから考える「世界SF会議」 その転倒と面白さ

「世界SF会議」

緊急事態宣言が解除されて早2ヶ月。

新型コロナウイルス感染症にまつわる議論や政府の動きは職業柄チェックはしているけど、トピックとして興味を持っているとかその議論を「面白い」と思う感覚はいまやほとんどない。

義務感というか必要性から情報を“摂取する”みたいな感覚だ。だから、SF作家が集って議論するテレビ番組『世界SF会議』は結構面白かった。 文:新見直

一線級のSF作家から視る、それぞれの「COVID-19」

演出とかはかったるいところもあるが、せっかく丸々YouTubeでも公開されているのにほとんど回っていなくてもったいない。面子も豪華。

「世界SF会議」YouTubeより

起こり得る未来がしばしば舞台になるSFだから、SF作家は未来を考えるプロだとも言える。その彼らが人類史を紐解きながら現代と照らして論じるトピックは面白い。

助ける人を選ばなければいけないという思考実験としての“トロッコ問題”が今現実的に横たわっているのではないか?という若きSFの旗手・小川哲さんの(それ自体はよく議論される)問題提起を引き取った冲方丁さんが「日本ではこれまで、陰陽道の『穢れ』的な発想として、病んだ人たちを犠牲にしてきた歴史がある」と語り出す。

ただし徹底的に弱者を排除すると社会が成り立たなくなるとわかっているから、平安時代でさえ「穢れ」を受けた人間が再び社会に戻るための禊の期間や条件が設定されてきたのに、今はその最後の知恵さえ活かされていない状況だ、と。

この辺りは文化人類学的な見地からの話と考えればしばしば論じられる観点でもあるんだけど、この「世界SF会議」では、現実の課題をフィクションの側から捉える発想がいくつか提示されていた。

パンデミック下の政治家をどう描く?

例えば『息吹』のテッド・チャンさんは「フィクションでは無能な政治家は出さない」とかつて発言していた。

翻訳家の大森望さんが説明するところでは、仮にパンデミックをフィクションで描く際に、無能な政治家を出してしまうと、読者から「あの無能な政治家でなければ制圧できていたはず」という仮定が生まれてしまい、フィクションで描かれる問題や脅威の存在感が薄れ、「焦点がぼやけてしまうから」という意味だと。しかし、「現実では平気で焦点がぼやけてしまう」と苦笑する。

他にも「小松左京の『復活の日』や小川一水の『天冥の標』はあるけど、実はパンデミックそのものを主題にしたSF小説はそう多くないのでは」と指摘した小川哲さんは、理由として、近年ではパンデミックがメタファーとしてのゾンビものに置き換わったからではないかと持論を展開。

フィクションから考えても、べつに良いじゃない

「世界SF会議」YouTubeより

そもそもフィクションで描くと、致死率の高い強力なウイルスになりがち。新型コロナウイルス感染症のように、致死率はそこまで高くなく、潜伏期間が長く感染力が高いために、健康をただちに破壊するのではなく日常を破壊するというウイルスのデザインはSFにもあまりなかったのではないか? と彼は問いかける。

それらは「事実は小説より奇なり」みたいな単純な話ではなくて、フィクションのつくり手として、ある一つの世界の設計者として、今の現実に対して(この言い方が正しいかわからないけど)嫉妬してるみたいにも見えた。

それをうけて「この新型コロナウイルス感染症はパンデミックSFというよりも、静かに徐々に忍び寄る侵略SFの構造に近い」と定義する大森望さん。さらに「僕はファーストコンタクト、パニックものに近い気がしますね」と藤井太洋さんが重ねる。

新型コロナウイルス感染症を現実の学問領域から分析するのではなくて、フィクションを起こり得る未来として現在から論じるのでもなくて、現実をフィクションの側から捉えるというこれらの発想は本来はとても転倒している

そしてある意味ではとても無責任(失礼)な放談でもあるんだけど、ガチの分析は専門家に任せてもっと気楽に論じる空気があってもいいと思うので、こちらとしても気楽に観れて良かった。

一つの議題に対して、言葉を交わし合うことの面白さ

そもそもSFなんて人類を滅ぼしちゃっていいんだから」とケタケタ笑う新井素子さんの存在も、良い緊張感を生んでいた。

「例えば遺伝子治療を行う過程で、人間の種が生物学的に分かれていく可能性があるのではないか」という藤井太洋さんの仮説に対して、「考えたこともなかったので面白い……いや面白がっちゃいけないんだけど(笑)」という彼女のコメントに見られる通り、終始新井素子さんからはワクワクしてる空気を感じ取れた。

それは別にこのコロナ状況を楽しんでるということではなくて、作家が顔をつきあわせて、一つの課題について議論を交わす、それ自体にむけられた作家としての興奮だったはず(ただ残念なことに「顔をつきあわせ」たのはオンライン上であって、臨場感の欠如から、喧々諤々の議論には発展しづらかったように見えたが)。

誰かと議論したり、一つの議題について考えを巡らせることの素朴な喜びがそこにはあった。

番組の大トリで、日本でも話題の、中国のトンデモSF『三体』の著者・劉慈欣さんのインタビューが最後にVTRとして流され、それがいかにも『三体』の著者だなーという回答で笑った。

全8本で1時間強。見やすい尺なので興味ある人はぜひ。
#1 オープニング~作家がとらえたコロナ~パンデミックと小説【世界SF作家会議】

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