「才能」や「死」などをテーマに常人では届きえぬ発想で作品を描いてきた野﨑まどが挑む次なるテーマは「仕事」。至高のAI「タイタン」によって完璧に管理され、人類が労働から解き放たれた未来を舞台に、今を生きる人類が向き合わなければならない「仕事」とはなにかを問う超大作に仕上がっている。
過去にも一度、KAI-YOUではその才能に迫ろうと試みた。しかし、まともな取材がほぼ存在しないことでも知られている野﨑まど、やはり一筋縄ではいかず、なんとか実現できたのが担当編集者座談会だった(関連記事)。
それから数ヶ月後。編集部の元に届いた一通のメール。それが「今度こそ、野﨑まど本人に取材しませんか?」という講談社の担当編集・河北壮平さんからの連絡だった。
徹底的に客観的な眼差しを持つ小説家・野﨑まどに聞いた、「働く」ことの意味を突き付ける『タイタン』について、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に見舞われて労働の在り方を問われている現在について。
そもそも、果たして目の前の人物は本物なのか? 翻弄される記者、1秒先も読めないやりとり。話は、思いも寄らぬ方向に転がって…?
※取材は3月、緊急事態宣言以前に行われた
執筆:オグマフミヤ 取材・編集:新見直
編集部が用意した『木』
KAI-YOUインタビュアー 新見(以下「──」) 河北さん、本日はよろしくお願いします。講談社編集 河北壮平(以下 河北) こちらこそよろしくお願いします。もうすぐ野﨑さんもいらっしゃいますので。ただ人を煙に巻くようなところがある方なので、質問にきちんと答えられるかはわかりませんが……。
──噂には聞いております。なので本日はこのようなものを用意させていただきました。 講談社編集 河北 なんですかこれ。枝?
──KAI-YOUが極秘ルートで入手した魔術道具『嘘を感知すると伸びる木の棒』です。
講談社編集 河北 とても胡散臭い。
──編集部で効果は確認済みです。これを使って野﨑さんの真実を見極めましょう。
講談社編集 河北 本当かなあ……。あ、いらっしゃいました。
野﨑まど(以下野﨑) はじめまして。野﨑まどです。 講談社編集 河北 あ、伸びた。
──この人、偽物では。
講談社編集 河北 多分本物ですが……。なんか別のペンネームもあるらしいのでそれが反応してしまったのかも。
──信じて進めるしかないですかね……。
野﨑 なにか。
──いえ、こちらのことで。本日はよろしくお願いします。
野﨑まどにとっての仕事
──待望の新作小説『タイタン』の発売おめでとうございます。本作はAIの管理によって平和が保たれた未来を舞台にしており、野﨑まどイズムを全開に感じながらもSF的な読み心地もある作品でした。超巨大エンターテイメント『タイタン』ですが、テーマとしては「仕事」を大きく取り扱っていることは確かだと思います。奇しくも新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により、仕事というものの定義が大きく揺らぐ現代においては、さらに意義深い主題になったと思いますが、野﨑さんにとっての「仕事」とはどういうものなのでしょう?
野﨑 『タイタン』は、AIがすべてをやってくれるので、仕事をしてお金を稼がなくても生きていける未来が舞台ですが、現代を生きる我々は仕事をしてお金を稼がないと生きていけません。
こうした状況にあっても私たちは各々のできることをやるしかないですし、私としても本当は時間の許す限り書き直したい気持ちがありますが、編集さんに許されないと言われるし、仕事をして収入を得なければ刻一刻と冷蔵庫の中身は無くなっていきます。
納得や満足より締め切りに追い立てられながら作品を完成させなければいけない。現代を生きる我々にとって、仕事とは辛く苦しい側面を有するものです。
──野﨑さんも「仕事は苦しい」とお考えになるんですね。
野﨑 私だって現代の東京を生きる同じ市民です。深海に住んでいるわけじゃない。
──以前、担当編集さんの座談会でお聞きした様子や、他のインタビューでの奇想天外っぷりを見るに、深海にお住まいと言われても不思議ではない気はします。
野﨑 ふふ。 講談社編集 河北 どうです。
──深海には住んでないですね。
野﨑 なんですかその棒は。
──気にしないでください。気を取り直して。たとえばイラストレーターさんには仕事の絵を描いて、行き詰ったら趣味の絵を描くといったように仕事と趣味の境界があいまいな方がいらっしゃったりもします。野﨑さんにとって、仕事とそうでないものは切り離して考えられるものなのでしょうか?
野﨑 私の場合はずっと字を書くよりは、ゲームなどで遊んだ方が確実に癒しになります。デレステ※などやります。
※デレステ アイドルマスターシリーズのスマートフォン向けゲーム「アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ」のこと。野﨑さんの担当アイドルは宮本フレデリカ
──プロデューサー業は別として、現在は専業で小説家をされているのでしょうか?
野﨑 そうです。デビュー前は別の仕事をしていて。デビュー時にお世話になったメディアワークス文庫の編集さんには仕事は辞めない方がいいとは言われていたものの、自分の場合小説だけに集中した方が生計を立てやすかったので専業になりました。
──現代は副業を持っている作家さんも珍しくないですし、これだけ「仕事」について向き合う作品でしたので、野﨑さんも他の仕事をしながら執筆されている可能性もありえると思っていました。
野﨑 他の仕事はしていないですね。 ──あ!
講談社編集 河北 今!
──ね! 伸びましたよね!
野﨑 なんですか。
──なんでもないです。
考えることは幸福なのか
──『タイタン』では、労働を知らない人間が仕事として、労働しか知らなかったタイタンが仕事ではない営為としてお互いに出会うという設定が白眉で、私自身「仕事とはなんなんだろう?」と一週間考えこんでしまいました。野﨑 たとえば大学生になってからはじめてアルバイトをする人がいたとして、その時点で「仕事とはなんだろう?」とは深く考えないだろうと思います。
生きていくためにはお金を稼がないといけないという考え方は家族や周りの環境から自然と学んでいくもので、「仕事とはなんだろう?」と考えないで死んでいく人だってきっと多いはずです。
生活に根差した疑問ではあるものの、基本的には問題に思うことの方が稀有かもしれません。またそれに気づかないからといって問題になるわけでもありません。むしろ「仕事とはなんだろう?」という哲学的な思索に捕らわれることで、不要の苦しみが生まれることもあるかもしれない。
──以前、思想家の東浩紀さんにインタビューした際にも同じニュアンスのことをうかがいました。
──今回「仕事」を定義するにするにあたって、野﨑さんも大いに思索されたと思いますが、やはり苦しみを感じられたのでしょうか?批評家とは、医者みたいなものです。「みんなが毎日医者に行くか?」と言われたらそうではないけれど、病院や医者は存在しないといけない。
社会全体を見たら健康な人が大多数で、彼らに「今この瞬間に医者は必要ですか?」と聞いたら「要りません」と答えるでしょう。だから「批評なんていらない」と言っている人は、今は健康だということです。そしてそれでいいわけです。 「東浩紀インタビュー なぜ今、批評なのか」より
野﨑 定義づけるということは、基準をつくることだと思っています。基準をつくると分別が可能になって、それがそうなのかそうでないのかが明確になるためです。
たとえば「仕事は辛いもの」と明確に定義されたなら、それについて明瞭な判断が下せるようになれる。平たく言えば「割り切って考えられる」ようになれます。辛いと知った上で我慢するという判断もあれば、辛いことを避ける判断もできます。
これが幸福かどうかはまた別の問題ですが、少なくとも論理の遡上で思考して「覚悟」を決めることはできるようになるはずです。それが即ち幸福であるというのが『ジョジョの奇妙な冒険』第6部のプッチ神父※の思想でした。
※プッチ神父 漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第6部に登場する神父。「悪い出来事の未来も知ることは「絶望」と思うだろうが、逆だッ! 明日「死ぬ」とわかっていても「覚悟」があるから幸福なのだ」という名台詞がある
──たしかに。思索が必ずしも幸せではないかもしれないけど、覚悟をすることで幸せに繋がる。
野﨑 思索自体は自分にとって楽しい類の行為ですから。結果不幸か幸福かはわからないけどとりあえずやってみよう、とは思いやすいです。
「仕事」という言葉に定義以上の価値が生まれてしまっている
──新型コロナウイルスがここまで猛威を振るい世界的な危機に陥っていてなお、日本人が平然と出勤し、淡々と労働している現状は、どうご覧になっていますか?(取材は3月に行われた)野﨑 現代の日本では「仕事」という言葉に定義以上の価値が生まれてしまっていると思います。
仕事の語義は辞書に載っていますが、たとえばそこに「責任を伴う」「真摯に向き合わないといけない」というようなことは書かれていません。けれど現代の会話の中で、そういった文脈で使用されることもままあります。
私達は既存社会からそういった文脈の中で育てられてきたので、その価値を普遍的なものと捉えがちですが、昨今の社会情勢の変化の影響で、その皮がはがれてきているような印象も受けます。し‐ごと【仕事】
①する事。しなくてはならない事。特に、職業・業務を指す。〈日葡辞書〉。「―に出掛ける」「針―」
②事をかまえてすること。また、悪事。
③〔理〕力が働いて物体が移動した時に、物体の移動した向きの力と移動した距離との積を、力が物体になした仕事という。単位はジュール(J)。広辞苑より
“やらなければいけないこと”だった仕事が、“やってはいけない”という状況になってしまった。ではその中で本当にやらなければいけないことはなんなのか、不要不急と要急のバランスはどう判断すればいいのかなど、これまで考えられなかった領域にまで考えが及んで、仕事に対しての考えが純化している状態にあるとも言えます。
──「仕事」に意味を持たせすぎてしまうのが日本人のアイデンティティであったとも思います。だからこそ今はそのアイデンティティを引き裂かれて混乱している最中と言えると思うのですが、野﨑さんから見れば、日本人の考えが進む過程であるということでしょうか?
野﨑 たまたまこういうフェーズにあるだけで、進化しているとかそういうわけではないと思います。より好ましい状態だとかではなく、変化の途中。
たとえば20年前は強く推進すべきと思われていたグローバル化ですが、トランプ政権からアメリカは自国主義的になり、そこにコロナの影響が加わってもはやグローバルもなにもない状態になってしまいました。
もてはやされたグローバル化の価値が一瞬で変わってしまうように、仕事も状況次第で見方が変わる概念のひとつにすぎません。
──今、いろんな価値観が相対化に晒されているということですね。ウイルスという人類共通の敵が現れても国同士は手を取り合わず、むしろ対立を深めている今の状況は、ディストピアSFの答え合わせのようだという意見も聞かれるようになってきました。
野﨑 ディストピアSFの世界も現代の我々から見ればディストピアですが、作中の人々はそんなこと思わず幸せに過ごしていたりしますよね。
特に完全な管理社会はディストピアとして描かれがちですが、『タイタン』の劇中では多くの市民が幸福に生きています。
──たしかに、AIがすべてを管理していて人間には何も考える余地がないという『タイタン』の世界観だけを抽出すると一見ディストピアですが、必ずしも作中で人間は不幸に描かれていませんよね。
しかし、「今これから何をすればいいか?」という行動の判断すらAIにアウトソーシングしてしまっているシーンも描かれていて、その状況下でAIに不具合が起きたら社会が完全に停止する懸念もあります。それは未来で起こりうる危機の一つなのではないでしょうか?
野﨑 そもそも現代も、少しずつそういう状態は押し迫っていると思います。
たとえばAmazonの評価の星や口コミ、価格.comの値段など、買い物をする前に何かの評価を参照するのはもう当たり前になっていて、誰かの評判を聞くまで買い控えるというシーンもあると思います。それは判断をアウトソーシングしている状態とも言えます。
──口コミを参考にするのも判断のアウトソーシングであると。そうですね。
野﨑 それ自体は良いことでも悪いことでもないと思っています。それがどんな結果を引き起こすかが価値を決めるのであって、判断が楽になるという点では良いことであるとも考えられます。
──(すみません河北さん、真面目に話し込んでしまって見てなかったんですけど。伸びてました?)
河北 (伸びてないですね)
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野﨑まど
小説家
小説家。麻布大学獣医学部卒。
2009年、執筆した小説『[映] アムリタ』で、「電撃小説大賞」の部門として新設された「メディアワークス文庫賞」の初代受賞者として作家デビュー。
メディアワークス文庫から『舞面真面とお面の女』 『死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~』 『小説家の作り方』『パーフェクトフレンド』『2』という一連の作品を刊行する。
また、ハヤカワ文庫からは本格SF小説『know』や『ファンタジスタドール イヴ』、電撃文庫からは奇想天外の短編集『野崎まど劇場』『野崎まど劇場(笑)』、講談社タイガからは『バビロン』シリーズなどを刊行。
2020年には講談社から最新作『タイタン』を刊行した。
映像作品にも携わり、2017年に放送されたテレビアニメ『正解するカド』では脚本・シリーズ構成を、2019年に劇場版アニメ『HELLO WORLD』では脚本・ノベライズ執筆を手がけた。また、『バビロン』も2019年にはテレビアニメ化されている。
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