それでも働く現代人へ 小説家・野﨑まどが解き明かす「仕事」の真実

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現代における真実の価値

──話を『タイタン』に戻させてください。

本作では多くの参考文献を挙げられています。先ほどの三宅さんの著書もありましたし、『宮沢賢治全集』や『地球の歩き方』、さらには『ヘシオドス』まで、多くの参考文献を挙げられています。宮沢賢治は、彼の作品が作中に登場するのでわかりますが、それぞれどういった点を参考にされたのですか?


野﨑 宮沢賢治全集は単純に面白かったですし、ヘシオドスはギリシャ神話をモチーフにしたキャラクターの名前を考えるのに重宝しました。

あとは、海外を旅する展開を書くにあたって『地球の歩き方』はとても参考になりました。アラスカもロシアも実際に行けませんでしたし……。

──直接取材には行きたかった?

野﨑 行きたかったんですが、余暇と金銭の問題で行けませんでした。なので地図帳が大変参考になりました。実際に歩けないところを歩いてしまうと嘘になってしまうので。

──調べながらイメージを固められていったんですね。

野﨑 インターネットで多くのことが調べられるので、昔よりは大分楽になったと思いますが。

同時にちょっとネットで調べた程度の知識で書いてしまうと、もっとすごい知識の人に簡単に嘘を言い当てられる時代でもあります。専門家とまではいかなくとも、ある程度丁寧には調べないといけないとは意識しています。

──なるほど。『タイタン』の話からはまた逸れてしまって恐縮なのですが、今やネットでなんでも調べられる時代になりました。しかし同時に真偽不明の情報もたくさんあるので、信頼できる情報を得るなら時間をかけて調べないといけない。それなら最初からちゃんとした専門書を1冊読んだ方が早い、という意見もありますね。野﨑さんは、情報とどのように向き合っているのでしょうか?

野﨑 たとえばTwitterでは同じ話題について話をしていても、それが専門家の意見なのか専門家を自称している人の意見なのか一見で区別をつけるのが難しいです。アカウントは平等で、各個人が同じウェイトで扱われています。無垢の一次情報であるためファクトチェックのコストも高くなります。

またTwitterはその書き込み易さからか、情念やメンタルが直結したメディアになってるように感じます。真偽は二の次で、感動的な話や怒りの告発などが拡散しやすい。嘘であっても耳障りのいい話であればどんどん広まってしまい、その後に事実に基づいた訂正情報が出ても、そちらはまったく見向きもされないこともあります。

真実でなくても価値が認められる場所は、それもまた一つの価値を有しているとは思います。ただそれを情報源として使用するのは難しい、というか用法違いだろうと考えています。

──フィクションとして楽しむ分にはいいけれど、それがフィクションかどうかの判断もしないまま真実のように飲み込んでしまい、実際に行動に影響し始める危険性もあると。

野﨑 キャッシュカードの信用情報機関みたいに、Webのファクトチェック機関ができたりしていくかもしれないですね。

真偽をある程度の信頼性で教えてくれて、それをなんとなく信じながら判断に活かすような時代になるのかもしれません。

──『タイタン』の中で、「本当と嘘が混じっているかもしれない、けれど私にとってだけは事実よりもなお真実に迫る」という作中の一節はメタ的なフィクションへの言及にもなっていますが、「嘘にしか描けない真実」の価値はどんな未来になっても廃れない、という意味にもととれたのですが、いかがでしょう?

野﨑 現代は、嘘よりもまだ事実の方が強い時代ですよね。嘘に価値がないからこそ「嘘の上になりたった真実」に価値が出る。

ですがこれからは嘘に価値があって、真実は価値の低いものとして扱われる時代がくるかもしれません

──真実は価値の低いもの?

野﨑 嘘がいけないこととされているのは、現代社会においては嘘によって信頼を損なったり、法律などの社会基盤が崩壊してしまったりするからです。

ですが、社会の基盤がAIによって成立するようになり、現在の政府や警察がすべてAIに代わられてしまうと、逆に嘘が駆逐され、世界から嘘が消えてしまう状態が訪れる可能性もあり得ます。

そうすると、世界の中でその存在が希少になった嘘の価値は高まり、嘘の方が尊ばれる時代がくるのかもしれない。

真実なら完全に無料で、信頼性も完璧に担保されたものが手に入るからこそ、そうではない嘘の方が貴重──未来世界ではまさにそんな考えが普通になっていることもあり得ます。

「雨ニモマケズ」は仕事なのか

──最後に、『タイタン』において、クライマックスで「仕事」を定義するくだりがありました。あの定義は、野﨑さんご自身の仕事観と重なっているものなのでしょうか?

野﨑 私個人が考えうる仕事の定義として今出せるものはそれなので、自身が考える定義としてもそうです。

ですが現実にはそこまで純化して考えられてもいません。恋愛とはこういうものだと辞典に書いてあるからその通りに恋愛するかというとそうではないように、仕事の定義があるからといって、完全にその通りにはいかない。

ただ定義としては作品の舞台である200年後でもたぶんこうだろうとは思いますが、別の定義や反論があった方が面白くなるとも思っています。しかし、かなり広い幅をとって定義してしまったので、反論は悪魔の証明に近くなってしまって難しいかとも感じます

──たとえば『タイタン』で引用されている宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は、今でこそ教科書に載っていて誰でも知っているような詩として有名ですが、作品として発表されたものではなく、賢治の死後に発見されたメモ書きでした。

もしあの詩が発見されなかったとしたら、『タイタン』での定義においては、「『雨ニモマケズ』は仕事ではない」ことになるのでしょうか?


野﨑 そうですね。仕事にはならなかったと思います。本人も仕事として書いてないとは思いますが、そもそも仕事を定義したところで仕事かそうでないかを分けられるようになっただけで、あの詩の価値が変わるわけではありません

──『タイタン』では、超高度な情報化社会が舞台になっている一方で、宮沢賢治の詩も然りですが、単なる電子情報に変換できないものがいくつも登場します。

「アナログがデジタルに移行する過渡期」ととることもできますが、ある種、あれで完結した一つのハイブリットな調和した時代と僕は受け止めました。


野﨑 時代というものは、特に何かを目指しているわけではない。ですが時間が流れる限りにおいて、「今」は必ずなにかの途中ではあります

時代には明瞭な傾向性や指向性は薄く、そして途中である。その中で残っていくものもあるし、失われたものもある。さいころ次第でどうとでもなるのだと私は思っています。

「今日も働く、人類へ」

──改めて『タイタン』は、今読んでほしい大作に仕上がっていると感じました。

野﨑 図らずもですが、「仕事とはなにか」を考えるには、これ以上ないタイミングで皆さんにお届けすることになってしまいました。ぜひこの機会にお読みいただければと思います。

──本当に「良い仕事」をしていただき、ありがとうございました。

野﨑 ところでずっと気になっていたんですが、それはいったい。 ──うわぁ!!

講談社編集 河北 なんだこれ!!

野﨑 知りませんよ。

 ヴ……ヴォヴォ……。

──喋った!!

講談社編集 河北 これはいったい!?

野﨑 貴方達が持ってきたんですよね。

 ヴォヴォ……ワ……。  ワタシノ……ナ ハ……ノザキ……マド……。

インタビュー後編に続く

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野﨑まど

小説家

小説家。麻布大学獣医学部卒。

2009年、執筆した小説『[映] アムリタ』で、「電撃小説大賞」の部門として新設された「メディアワークス文庫賞」の初代受賞者として作家デビュー。

メディアワークス文庫から『舞面真面とお面の女』 『死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~』 『小説家の作り方』『パーフェクトフレンド』『2』という一連の作品を刊行する。

また、ハヤカワ文庫からは本格SF小説『know』や『ファンタジスタドール イヴ』、電撃文庫からは奇想天外の短編集『野崎まど劇場』『野崎まど劇場(笑)』、講談社タイガからは『バビロン』シリーズなどを刊行。

2020年には講談社から最新作『タイタン』を刊行した。

映像作品にも携わり、2017年に放送されたテレビアニメ『正解するカド』では脚本・シリーズ構成を、2019年に劇場版アニメ『HELLO WORLD』では脚本・ノベライズ執筆を手がけた。また、『バビロン』も2019年にはテレビアニメ化されている。

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