KADOKAWAとはてなが共同開発したWeb小説サイト「カクヨム」。
小説投稿サイトと言えば「小説家になろう」一強だった時代も今は昔、『VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた』『スーパーカブ』など、アニメ化もされた人気小説を「カクヨム」は輩出し続けている。
その新ブランドとして、2024年3月13日に月額980円(税込)の小説のサブスクリプションサービス「カクヨムネクスト」が立ち上がってから1年。
無料で読める「カクヨム」と違って毎月お金を払ってまで小説を読みたい人なんているの? どんな作家さんがどんな作品を連載するの? そんな当初の疑問や不安を振り払うように、大勢の作家が毎日小説を発信し、購読者も増え続けている。
月額980円の読書サブスクリプションサービス「カクヨムネクスト」トップページ
「カクヨムネクスト」が予想を超えた好スタートを切れた理由とこれからの展開を、KADOKAWAデジタル戦略局IPプラットフォーム開発部の部長兼出版事業推進局カクヨム企画室室長の河野葉月さん、カクヨムネクスト・事業運営課課長として「カクヨムネクスト」を担当している松崎夕里さんに聞いた。
取材・文:タニグチリウイチ 編集:新見直
目次
「カクヨムネクスト」の成功 毎月新刊1冊分の収入を得る作家も
──2024年3月13日に「カクヨムネクスト」をリリースして1年が経ちました。振り返っていかがですか?
松崎夕里 想像以上にうまくいったというのが実感です。詳細なユーザー分析はこれからですが、やっぱり30〜40代が多く、「カクヨム」に比べて年齢層はやや上の方が多いのが現状です。
当初、「目標さえ達成できないのでないか」という社内からの声もありましたが、収益/読者数共に目標の3倍以上の数字をすでに達成して、1年目を良い形で終えることができました。
これまでも、Web小説で収益をあげるようなサービスに挑戦する企業はありましたが、うまくいっているというイメージがありませんでした。
コミックアプリなら単話に課金をするような世界が確立されていますが、小説ではやはり難しいと社内でも思われていた中、想像以上にうまくいきました。
──小説アプリ「LINEノベル」が1年で撤退したのが2020年のことでした。音楽や映像と違って、小説は自分から読みにいく能動的なアプローチが必要で、サブスクには向かないのではといった予想もありました。
松崎夕里 無料だからこそWeb小説は読まれると考える作家さんもやはりいらっしゃいます。
たしかに、音楽や映像のように“ながら聴き”や“ながら見”はできません。でも1冊まるまるの本とは違って、Web小説は1回の更新が2000文字から3000文字程度。通勤の間や昼休みといった習慣に組み込まれた時間で読んでもらえます。ちょっとスナックカルチャー的なものとして読まれているところがありますね。
しかし、実際に「カクヨムネクスト」では、月額980円という料金の半分ほどを作家さんに還元できています。「カクヨム」でギフト(投げ銭)を贈るより、「カクヨムネクスト」の方が大きな額を作家さんに渡せるため、推し活のような意識で課金されている方も多いかもしれません。
──「カクヨムネクスト」に作品を提供しても、読者が読んでくれないのではといった不安が作家さんにはあると思いますが、これを聞けば安心して作品を提供できますね。
松崎夕里 思っていた以上に「カクヨムネクスト」という挑戦を買ってくださって、「そういう試みは大事ですね、力を貸します」と言ってくださった作家さんが多かったです。
もちろん「カクヨム」のようなUGC(ユーザー生成コンテンツ)をベースに考えている作家さんには、そこで可視化されているPVやフォロワーの数と比べて物足りないと思われている人もいるでしょう。
ただ、還元となると「カクヨムネクスト」は課金ユーザーが結構な人数になって、そこから読まれた分のパーセンテージを作家さんに戻しています。
作家さんからも、「こんなにもらえるとは思わなかった」と言っていただけることが増えてきました。それを聞いた他の作家さんのモチベーションが上がるといった好影響も生まれています。
カクヨムネクスト・事業運営課 課長の松崎夕里さん
──どれくらいの還元があるのですか?
松崎夕里 作家さんごとにバラつきがありますが、最近で言うと4、5人の方には、新刊を1冊出した時の印税くらいになる金額を、毎月お渡しできています。つまり、毎月新刊を出すのと同じくらい稼いでいる方が、1人ではなく複数人いるということです。
課金ユーザーは増え続けていますし、エピソードの方も積み上がっていきますから、ガタッと下がることは基本的にありません。波に乗れば安定的な収入が得られて、作家としての生活基盤が整います。
「小説はWebを押し広げなければ生き延びられない」作家と編集者の思い
──スタートが好調だったのは、作家さんから提供された作品の力もあると思います。前例のない小説のサブスクリプションサービスから、どのような作品を発信していこうと考えたのでしょうか? UGCである「カクヨム」でも多い異世界ものでしょうか?
松崎夕里 バリエーションはすごく意識しました。UGCにベースがある作家さんや異世界ものはスタートダッシュが効きやすいだろうという予想はあって、実際にそうした傾向は出ています。
一方で、2024年の秋くらいから急成長しているのは、月汰元先生の武侠小説に連なる『不死を求める者、これを道士と呼ぶ』なんです。従来の「カクヨム」ではおそらくトップに来るようなジャンルではないので意外でした。
そういったこれまでのUGCとは違う、いくつもの小さな流れが徐々に生まれ、現在では大きな川になりつつあります。「カクヨムネクスト」は、いろいろなジャンルの小説にスポットが当たるプラットフォームになっていきたいと思います。
──人気が出たからそのジャンルを一気に広げる、といった戦略ではないのですね。
松崎夕里 人気が出たものと同工異曲の作品が増えることには、少し危機感を持っています。そのジャンルが飽きられてしまった時に、プラットフォームごと廃れてしまうようなことが起こりかねませんから。
あと、UGC型のサービスの場合は、今は日の目が当たっていないけれど実は実力がある作家さんだったり、これから来るかもしれないジャンルだったりを取り上げるような人為的なテコ入れが難しいんです。
「カクヨムネクスト」なら上昇気流に乗っているものを取り上げつつ、一方でこれからというものにも目配りできます。両輪で回していくのが理想ですね。
── そういう話を聞くと、新しいチャレンジをしてみたい作家さんにも作品を提供してみたいといった思いが湧いてくるかもしれません。
松崎夕里 「カクヨムネクスト」がうまくいくのかわからない中で、最初は了解を得られなかった作家さんが、よく考えてみてこれなら書いてみたいといった作品を挑戦として出してくださったものもあります。
ただ、作家さんの中には、自分の一番得意なジャンルの球を投げるという方もいます。読者に課金をしていただく以上は自分の一番良いものを出したい、と。それも歓迎です。
──執筆すれば還元されるプラットフォームは、書店での紙の書籍の販売が減り、連載できる雑誌も減っている中で、新しい収益源として作家には魅力的に映りそうです。
松崎夕里 私自身、編集としてはこれまで紙の本を扱ってきたので、その点については忸怩たる思いもありますが、紙という媒体にこだわっていると小説という陣地がどんどんと狭まっていきます。
Webを押し広げなければ生き延びられないという思いは、作家さんにも編集者にも確固としてあるでしょう。
今は書き下ろしで勝負しているライトノベルの作家さんが、「カクヨムネクスト」のような媒体にも作品を提供することで、精神的に支えられて生活の心配がなくなり、作品の執筆に打ち込める環境を手にできる。
カクヨム企画室室長の河野葉月さん
河野葉月 例えば、デビューから20年以上経って初めてWebで小説を公開された竹岡葉月先生は、次々と作品を読んでもらえてギフトまでもらえたことに新鮮な喜びを示されておりました。
そういう経験は先生にとって初めてで、「どうしたら良いんですか」とおっしゃっていました。
河野葉月 もともとWebで書いていた作家さんと違って、書き下ろしのライトノベルを書く作家さんは別の世界の人たちのように思えていましたが、ただWebを使ったことがなかっただけで、嬉しい気持ちは同じでした。

この記事どう思う?
関連リンク
0件のコメント