「ー読む劇薬ー」あまりに衝撃的な作風から、そう称される天才小説家・野﨑まど。
その才能を世に知らしめた2009年のデビュー作『[映]アムリタ』(メディアワークス文庫)や、日本SF大賞にノミネートされた『know』(ハヤカワ文庫JA)に加え、初の脚本を手がけたオリジナルアニメ『正解するカド』など、作家として様々な角度から世界に問いを投げかけてきた野﨑まど。
2019年は、初の劇場アニメ作品『HELLO WORLD』脚本、そして原作小説の初アニメ化となる『バビロン』も放送中だ。それらによってさらに、その才能が広く世に知られようとしている。 奇想天外という言葉では現しきれないほどの異才、それでも確かに読むものの心を掴む不可思議な魅力の根源を辿るべく、これまで様々なメディアが接触を試みた。しかし、超一流のエンターテイナーにしてひねくれ者の野﨑まど、取材についてもまともに受け答えをしたことはほとんどない。
そこで今回は、『バビロン』TVアニメの放送記念として、野﨑まどの活動を支える各出版社の編集担当に話を聞くことにした。普段から多くの接点を持つ三人の証言があれば、野﨑まどという謎に迫ることができるはず。
……そう考えていた我々がいかに浅慮であったかを思い知るのは、そう遠くない未来の話。
取材・編集:新見直 文:オグマフミヤ
※本稿では、アニメ『バビロン』1~3話及び小説『バビロン』1巻の内容に触れる部分がありますのでご注意ください
まず原作小説の映像化という意味では初のアニメ作品『バビロン』の放送が開始しましたが、皆さんご覧になった印象はいかがでしたか?アニメ「バビロン」
講談社タイガ編集 河北壮平 『バビロン』の担当編集としては、何はともあれ、声優さんに申し訳ないというか…この場を借りてお詫びしたいです。
──まさか、いきなりの謝罪から座談会がスタートしました。それは巷で言われている、登場人物がバタバタと“退場”していくことについてのお詫びでしょうか?
河北 そうですね。“声優さんの贅沢な無駄遣い”は申し訳なくて心が痛いです。小野賢章さん、ステキでした。 メディアワークス文庫編集 湯浅隆明 全然無関係な僕の立場としては、原作のスリリングな面白さがしっかり表現されていましたよね。先も気になるつくりになっていましたし、視聴者として楽しく見れました。
早川書房 外部編集 高塚菜月 『バビロン』は結構ショッキングな内容だと思うんですが、正面から映像化されていて感動しました。野﨑さんの作品は台詞が面白いのですが、アニメでもしっかり取り入れられていましたね。
原作1巻分がアニメ3話までに収まっていましたが、そのスピード感も驚きでした。 ──確かにここまで一気にやるのかと驚きました。しかし描写が足りないわけではなかったですし、各話がきっちり次に興味を持つクリフハンガー手法にもなっていて、良い収まり方をしていましたね。
河北 当初のシリーズ構成案としては、原作1巻の内容を4~5話かけて放送しようという案もあったのですが、1巻の終わりまではなるべくスピーディーに見せたいという気持ちもあり、最終的にはまどさんのアドバイスや鈴木監督の判断もあって各話の収まりを考え直し、あのスピード感になりました。
用語の説明などどうしても尺が必要なシーンも多いのですが、要点をおさえることができたので3話目までかなりのクオリティですよね。最初の盛り上がりである「F」が出てくるまで6分くらいなのですが、このスピードでいけるんだって僕自身も驚きました。製作スタッフのみなさんに感謝です。 しかしアニメはこんなにスピーディーなのに、なぜ原稿はスピーディーにあがらないんだろう…。
一同 (笑いながらも深く頷く全員)
湯浅 デビュー当時はそこまでではありませんでしたね。なので、皆さんがそう思ってるということは、遅くなったというのが正しいのかもしれません。 河北 自分の中での作品へのハードルが高くなっているんだろうなと想像はできます。
あとは取材や調べものに時間がかかっているんでしょうね。
『バビロン』の時に資料集めお手伝いしますと申し出たら、聖書と仏教の教典、あと『お姫様大全 100人の物語』(講談社)という本をリクエストされたんです。
頼まれた時は不思議でしたが、作品を読んでみるとどれも確かに活かされているんですが、原稿がない状態だと、この人はどんな物語を書くつもりだ!? と。
──お姫様大全…?
河北 そう、『バビロン』のヒロインのキャラクター造形に、どういうお姫様像を当てはめようか、と考えられたはずなんですよね。アニメでも上手く描かれていますが、やはり女性が重要なキーであることは間違いない作品なので。
──なるほど。それが魔性の女である「曲世愛」の描写にもある意味、活きているのかもしれませんね。アニメの2話でも、すごい力を入れて描かれていました。 高塚 『know』の時は、京都のお土産でいきなり京都大学のクリアファイルをいただいたことがありました。一切内容は知らされていなかったので、その時は不思議でしたが、そういうのちのち作品に反映されるらしい謎の調べものはよくされています。 ──『know』もそうですが、『HELLO WORLD』でも京都が舞台になっていましたね。そうした取材には編集者さんを伴う作家さんもいらっしゃいますが野﨑さんはお一人で行かれることが多いのでしょうか?
高塚 そのときはお一人で京都に取材に行かれたようです。プロットもほとんどなく「京都で起こるマルドゥック・スクランブルみたいな話」としかうかがっていなかったので、完成形でようやく全体像を知ることができました。
──「京都で起こるマルドゥック・スクランブルみたいな話」、確かに間違ってはいませんよね…。基本的にはプロットがないんですか?
湯浅 見せてもらえる時でも3行くらいしかないんですよ。もっとないんですか? と要求しても、これ以上言えないって言われてしまいます。
──プロットと呼べるかも怪しい文量なんですね。たとえばどんなものなのでしょうか?
湯浅 『パーフェクトフレンド』の時のプロットは、「ちっちゃい女の子が出てくる友情のお話です」くらいのシンプルなものだったと思います。 河北 文章になってるだけいいな…。初めての仕事は痺れました…。
『バビロン』は講談社の新たな小説レーベル「講談社タイガ」を創刊する際の創刊ラインナップ4作品のうちの一作で、こういった場合、書店さんやメディアに事前に作品を紹介することがあるので、早めに原稿が必要だったんです。
森博嗣さん、西尾維新さん、野村美月さんというそうそうたる執筆陣の中で、デビューが一番若いまどさんの原稿だけあがってこなかったんです。
さすがに、「もう限界です。せめてどんな内容なのか教えてください、あらすじさえいただければギリギリまで待ちますから!」といった旨をお伝えしたんです。それでようやくきた作品内容に
「女が悪い」
とだけ書いてあったんです。4文字じゃないですか!
──3行ですらない。
高塚 具体的にどれくらい締切をオーバーしたかは覚えていないのですが、原稿入稿から刊行まで×××××くらいでした。
※原稿入稿後も、編集や校閲、レイアウトなど、書籍の刊行までには当然ながら様々な作業が発生する。そのため、入稿日は通常3ヶ月前、遅くとも2ヶ月前が習わし
──尋常じゃないですね…。
河北 部数決める時にも原稿がなかった?
高塚 なかったです。とりあえず「すごい作家さんなんです!」しか言うことがなかったですね。
企画会議でもプロットも何もなくて、『know』の時は、作家性は全く違うのですがわかりやすいように「将来は西尾維新さんみたいになりますから! 作品を読めばわかっていただけます!」というようなことを熱意だけを込めてプレゼンしました…。
──「読めばわかる」っていうプレゼン、企画会議の意義が根底から問われてますね…。
※何の書籍を刊行するかを決めるのが企画会議。その書籍を何部刷るかを決めるのが部数会議。営業は、自社の本を一冊でも多く書店に置いてもらうため、その書籍の資料を揃えて時には書店員にプレゼンする必要がある
河北 うちの場合は編集長と担当で直接話して決めるので比較的やりやすいのですが、おなじく事前に説明できることが"野﨑まど"しかないんですよね。
──締め切りをぶっち切り、プロットもほぼない。心中お察しします。書籍も発売日などを告知されますよね。落としたら大変なことですよね。
河北 僕はもう、発売日を告知しなくなりました(笑)。
湯浅 もっと書けばいいのにって思うんですけどねえ。
河北 うちの原稿に時間をとられて他社さんに迷惑をかけないようにと思って、必死にスケジュールをきっているんですけど…なんでしょうね。軽やかに飛び越えてきますね(笑)。
『バビロン』ではないのですが、次回作も、お盆には原稿があがるはずでしたが、今、もう10月ですね…。
──いかに原稿を待ちわびているか、だけで何時間でもお話をうかがえそうですが、それでも、やはり「野﨑まど」の原稿を待ち続けるわけですよね。
湯浅 プロットは短いですし、筆も遅いですが、それでもあがってくる作品がとてつもなく良いので、次もおねがいしますということになるんです。
──圧倒的な才能で屈服させると。
河北 ずっと才能は信じてますからね。才能"は"! みんなまどさんの作品の圧倒的な力を信じてますから。
湯浅 電撃大賞にご応募されたのが野﨑さんの作家デビューでしたので、編集部にお呼びして会ったのが最初だったと思います。
第一印象は穏やかでしたし、デビュー前だったので今ほど破天荒な感じでもなく、やり取りもある程度スムーズだった気がしますね。ただ、やはりどこか飄々とされてて、よくわからないことを口にするスタンスはブレてないですね。
高塚 大学生の頃に『[映] アムリタ』を読んだのが野﨑さんを知るきっかけで、はじめてお目にかかったのは2012年でした。
作風からいろいろ想像して勝手に緊張していたんですが、思っていたより雰囲気が柔らかい方で、とてもお話しやすかったです。
河北 僕も直接お会いしたのは5年くらい前ですが、読者として作品を知ったのは同じく『[映] アムリタ』でした。作風からして相当“危険”な人なんだろうなと思っていたんですが、実際は腰が低い方だなと思った記憶はあります。
──作品もそうですが、インタビューなどを読んでもまともに受け答えされているものが見つからなかったので、狂気溢れる方なのかと思っていました。
河北 本当にタガが外れている人って、一見人当たりが良いというじゃないですか。野﨑さんはそのタイプなのかもしれません(笑)。 河北 メールのやりとりも不可思議なことが多いですよ。
──不可思議なメール、とはどういうものなんですか?
河北 メールのタイトルが、謎の文章になっているんです。最近だと『バビロン』のアニメに関するコメントをくださいというメールに対しての返事のタイトルが「コズミックコメントガールコメントさん」でした。
編集として野﨑さんの才能とノリについていこうとして、こっちも返信タイトルを必死に考えていた時期もあったんですが、それでは話が進まないので最近ではスルーするようにしてます。
──作品の中ではボケやツッコミの役割が明確なキャラが多いですが、野﨑さん自身はボケのタイプなんですね。
湯浅 そうですね、完全にボケです。
河北 でも、ツッコミも求めてないんだと思います。
最近の他のメールをみても「一子相伝のCIA剣術奥義を正崎に授けて死ぬ」でしたし、もうどこをつっこめばいいかわからない。
湯浅 私のところには「大自然のUSB障害の前に人間は無力だ」なんてものがありました。…USBの不具合で原稿がとんだってことなんですよ多分。
他の人はさぞかしウィットに富んだやりとりをしてるんだろうなとも思ってましたが、やっぱりスルーせざるをえないんですよね。
河北 こうして担当編集が集まる機会ははじめてですが、みんなスルーしてると知って安心しました。
高塚 全然わかんないですね。
湯浅 ブラックボックスです。
河北 実は『バビロン』は、テーマを最初にご提案していました。
僕がお声がけした当時はメディアワークス文庫さんでたくさん作品を書かれ、ハヤカワ文庫さんでも仕事をされていたタイミングで、まどさんの才能にみんな注目していて、その時点で既に何社からも声をかけられていました。
その時に僕は、「究極の悪ってなんなのかを考える小説はいかがでしょう」って話をご提案して。まどさんの中でそれは面白いと思っていただけて、『バビロン』に繋がったんです。……こんな話になるとは想像もできませんでしたが。
湯浅 僕も一度、刊行を続ける中でもっと広めたいという思いがあって、メディアワークス文庫の読者は女性が多いというデータがあったので、女性でも手にとりやすいものはいかがでしょうと提案したことがあります。
そしたら「うさぎのはなし」というプロットをいただいて、できあがったのが『なにかのご縁』です。
高塚 私の場合は最初にお会いした時に『銀河ヒッチハイク・ガイド』の話で盛り上がったのと、早川書房から刊行させていただくということもあり、SFでいくことは野﨑さんからご提案がありました。
──SFの場合は世界観設定などの資料が必要になってくると思いますが、他にもキャラクター設定やプロット以外の資料をご覧になったことはありますか?
湯浅 ないですね!
河北 見たことない!
高塚 ないです!
──他の作家さんと比べてもそれはやはり異質なのでしょうか?
高塚 作家さんによりますが、事前の情報は極端に少ない方ですね。
湯浅 編集の我々にさえも、どんでん返しとかをなにも情報がない状態でくらわせたいんだと思います。
──メディアワークスさんから刊行された一連の『[映]アムリタ』から『2』までの作品群には、あるギミックが存在しますが、担当編集の湯浅さんもそれを全くご存知なかった?
湯浅 全く知りませんでした。本人も、いつから考えてたかのわからない。読んで初めてわかった時には、「こう来るのかあ」と驚くばかりでした。
──とにかく読んでる人を楽しませたい、エンターテイナー気質な方なんですね。
河北 エンターテイナーなのは間違いありません。僕らを振り回して遊んでるんじゃないかと感じなくもないですが、そういうところも含めてどうすれば人の心を揺さぶれるかを常に考えている方なんだと思います。
河北 当時メディアワークス文庫が創刊されたのは出版界でも大きなニュースだったので、受賞者はどんな人なんだと思ってチェックしたのが『[映]アムリタ』だったんですが、とてつもない才能だなと思わされましたね。
高塚 私は当時まだ学生だったんですけど、一生作品を追いかける作家の一人になるだろうなと直感しました。
河北 「一生追いかける」が、まさか編集者になって締め切りを追いかけることになるとはね…。
一同 ……。
──では気を取り直して、そもそもいつどうやって執筆しているのかはご存じですか?
河北 漫画喫茶でよく書いてるとは聞いたことがあります。でもよくいく漫画喫茶がつぶれてしまって、悲しかったそうです。
湯浅 家とは別に仕事場を持っていて、一時期はそこで書いていたらしいとも聞いています。あとは調べものは図書館でよくしているそうですが、そのままそこで執筆までするかは謎ですね。
──一層謎が深まってしまいました。
河北 でも、わからないほうが野﨑まどらしいんじゃないでしょうか。
湯浅 そもそも書いてる姿が想像できないですしね。
河北 書いてないかもしれないです。
──原稿を書かれてる姿を見たこともないのでしょうか?
高塚 ペンを持っている姿を拝見できるのは、サインをするときぐらいなので……。
湯浅 かといってノートパソコンでパチパチしてる姿も想像できません。
──では、編集として野﨑さんの原稿に赤入れなどはされますか?
河北 僕は比較的原稿に赤入れをする方ですが、まどさんに関してはほぼないです。
湯浅 僕も多少調整はしますが、大きく直しをした覚えはないですね。
高塚 同じくほとんどないです。なにか指摘をしても、説明していただくと納得がいくので、私たちの疑問も想定して書かれているんじゃないかとも思います。それほど原稿の完成度は高いです。
河北 修正はないですが、『バビロン』2巻のラスト、とあるシーンが衝撃的過ぎて、無理とはわかっていても「ここの結末って変わらないですか?」とただの願望を伝えたことはあります。
──わかります。2巻のあそこですよね…
河北 はい…ですが、すごい良い笑顔をするだけでまったく受け入れていただけませんでした(笑)。
──読者の予想を裏切る衝撃的な展開は、野﨑さんの代名詞的なものにもなっているように思います。
河北 どうすれば面白く伝わるかを意識しているんだと思います。衝撃を与えるためにどうすればいいかを常に考えている。
──だからこそ人に勧めるのが難しいという問題もありますよね。ネタバレを避けて、何も知らずに読んだ方が面白いんだけど、かと言ってどこまでを説明したものかと。
河北 我々が教えられるのは、最良の順番だけです。ぜひメディアワークス文庫さんから刊行中の新装版を“正しい順番”で読んでほしい!
その才能を世に知らしめた2009年のデビュー作『[映]アムリタ』(メディアワークス文庫)や、日本SF大賞にノミネートされた『know』(ハヤカワ文庫JA)に加え、初の脚本を手がけたオリジナルアニメ『正解するカド』など、作家として様々な角度から世界に問いを投げかけてきた野﨑まど。
2019年は、初の劇場アニメ作品『HELLO WORLD』脚本、そして原作小説の初アニメ化となる『バビロン』も放送中だ。それらによってさらに、その才能が広く世に知られようとしている。 奇想天外という言葉では現しきれないほどの異才、それでも確かに読むものの心を掴む不可思議な魅力の根源を辿るべく、これまで様々なメディアが接触を試みた。しかし、超一流のエンターテイナーにしてひねくれ者の野﨑まど、取材についてもまともに受け答えをしたことはほとんどない。
そこで今回は、『バビロン』TVアニメの放送記念として、野﨑まどの活動を支える各出版社の編集担当に話を聞くことにした。普段から多くの接点を持つ三人の証言があれば、野﨑まどという謎に迫ることができるはず。
……そう考えていた我々がいかに浅慮であったかを思い知るのは、そう遠くない未来の話。
取材・編集:新見直 文:オグマフミヤ
※本稿では、アニメ『バビロン』1~3話及び小説『バビロン』1巻の内容に触れる部分がありますのでご注意ください
野﨑まど、欠席裁判の開廷
──今回は各出版社で野﨑まどさんを担当する編集者さんに集まっていただきました。結果的に本人不在の欠席裁判になりかねないのですが、「野﨑まど」という天才によって編集者がどう振り回されているのかを通してその“ヤバさ”の一端に触れたいと思っています。まず原作小説の映像化という意味では初のアニメ作品『バビロン』の放送が開始しましたが、皆さんご覧になった印象はいかがでしたか?
──まさか、いきなりの謝罪から座談会がスタートしました。それは巷で言われている、登場人物がバタバタと“退場”していくことについてのお詫びでしょうか?
河北 そうですね。“声優さんの贅沢な無駄遣い”は申し訳なくて心が痛いです。小野賢章さん、ステキでした。 メディアワークス文庫編集 湯浅隆明 全然無関係な僕の立場としては、原作のスリリングな面白さがしっかり表現されていましたよね。先も気になるつくりになっていましたし、視聴者として楽しく見れました。
早川書房 外部編集 高塚菜月 『バビロン』は結構ショッキングな内容だと思うんですが、正面から映像化されていて感動しました。野﨑さんの作品は台詞が面白いのですが、アニメでもしっかり取り入れられていましたね。
原作1巻分がアニメ3話までに収まっていましたが、そのスピード感も驚きでした。 ──確かにここまで一気にやるのかと驚きました。しかし描写が足りないわけではなかったですし、各話がきっちり次に興味を持つクリフハンガー手法にもなっていて、良い収まり方をしていましたね。
河北 当初のシリーズ構成案としては、原作1巻の内容を4~5話かけて放送しようという案もあったのですが、1巻の終わりまではなるべくスピーディーに見せたいという気持ちもあり、最終的にはまどさんのアドバイスや鈴木監督の判断もあって各話の収まりを考え直し、あのスピード感になりました。
用語の説明などどうしても尺が必要なシーンも多いのですが、要点をおさえることができたので3話目までかなりのクオリティですよね。最初の盛り上がりである「F」が出てくるまで6分くらいなのですが、このスピードでいけるんだって僕自身も驚きました。製作スタッフのみなさんに感謝です。 しかしアニメはこんなにスピーディーなのに、なぜ原稿はスピーディーにあがらないんだろう…。
一同 (笑いながらも深く頷く全員)
編集泣かせの、野﨑まど
──皆さんが共感してしまうほど、野﨑さんは原稿をあげられるのに時間がかかるのですか?湯浅 デビュー当時はそこまでではありませんでしたね。なので、皆さんがそう思ってるということは、遅くなったというのが正しいのかもしれません。 河北 自分の中での作品へのハードルが高くなっているんだろうなと想像はできます。
あとは取材や調べものに時間がかかっているんでしょうね。
『バビロン』の時に資料集めお手伝いしますと申し出たら、聖書と仏教の教典、あと『お姫様大全 100人の物語』(講談社)という本をリクエストされたんです。
頼まれた時は不思議でしたが、作品を読んでみるとどれも確かに活かされているんですが、原稿がない状態だと、この人はどんな物語を書くつもりだ!? と。
──お姫様大全…?
河北 そう、『バビロン』のヒロインのキャラクター造形に、どういうお姫様像を当てはめようか、と考えられたはずなんですよね。アニメでも上手く描かれていますが、やはり女性が重要なキーであることは間違いない作品なので。
──なるほど。それが魔性の女である「曲世愛」の描写にもある意味、活きているのかもしれませんね。アニメの2話でも、すごい力を入れて描かれていました。 高塚 『know』の時は、京都のお土産でいきなり京都大学のクリアファイルをいただいたことがありました。一切内容は知らされていなかったので、その時は不思議でしたが、そういうのちのち作品に反映されるらしい謎の調べものはよくされています。 ──『know』もそうですが、『HELLO WORLD』でも京都が舞台になっていましたね。そうした取材には編集者さんを伴う作家さんもいらっしゃいますが野﨑さんはお一人で行かれることが多いのでしょうか?
高塚 そのときはお一人で京都に取材に行かれたようです。プロットもほとんどなく「京都で起こるマルドゥック・スクランブルみたいな話」としかうかがっていなかったので、完成形でようやく全体像を知ることができました。
──「京都で起こるマルドゥック・スクランブルみたいな話」、確かに間違ってはいませんよね…。基本的にはプロットがないんですか?
湯浅 見せてもらえる時でも3行くらいしかないんですよ。もっとないんですか? と要求しても、これ以上言えないって言われてしまいます。
──プロットと呼べるかも怪しい文量なんですね。たとえばどんなものなのでしょうか?
湯浅 『パーフェクトフレンド』の時のプロットは、「ちっちゃい女の子が出てくる友情のお話です」くらいのシンプルなものだったと思います。 河北 文章になってるだけいいな…。初めての仕事は痺れました…。
『バビロン』は講談社の新たな小説レーベル「講談社タイガ」を創刊する際の創刊ラインナップ4作品のうちの一作で、こういった場合、書店さんやメディアに事前に作品を紹介することがあるので、早めに原稿が必要だったんです。
森博嗣さん、西尾維新さん、野村美月さんというそうそうたる執筆陣の中で、デビューが一番若いまどさんの原稿だけあがってこなかったんです。
さすがに、「もう限界です。せめてどんな内容なのか教えてください、あらすじさえいただければギリギリまで待ちますから!」といった旨をお伝えしたんです。それでようやくきた作品内容に
「女が悪い」
とだけ書いてあったんです。4文字じゃないですか!
──3行ですらない。
河北 その後も#女#最後まで聴けるか#バイノーラル#イヤホン推奨#ヘッドフォン推奨#ラストの衝撃#まどがヤバい#バビロン
— アニメ「バビロン」公式 @ 第5話は11/4放送 (@babylon_anime) September 28, 2019
⚠本映像はフィクションであり、登場する人物、場所、団体、および法律等は実際のものとは関係ありません。
また、特定の思想、信条を肯定・否定する内容ではありません。 pic.twitter.com/gavO36I1SB
と、そんな丁々発止なやりとりがあったので、プロットについてはとても思い出深いです。 高塚 ただ、締め切りに関してはもう少し話がありまして、今回の対談についてまどさんにお伝えしたところ、「今まで一番締め切りひっぱったのは『ファンタジスタドール イヴ』だから、高塚が優勝だよ」って仰ってました。 ──なにが優勝なのかは謎ですが、実際どれくらいひっぱられたのでしょう?河北「いくらなんでもこれじゃどうにもできません」
野﨑「河北さんは優秀な編集者だから、行間読めるじゃないですか」
河北「“行”がねぇよ!」
野﨑「じゃあ字間で」河北さんの回想より
高塚 具体的にどれくらい締切をオーバーしたかは覚えていないのですが、原稿入稿から刊行まで×××××くらいでした。
※原稿入稿後も、編集や校閲、レイアウトなど、書籍の刊行までには当然ながら様々な作業が発生する。そのため、入稿日は通常3ヶ月前、遅くとも2ヶ月前が習わし
──尋常じゃないですね…。
河北 部数決める時にも原稿がなかった?
高塚 なかったです。とりあえず「すごい作家さんなんです!」しか言うことがなかったですね。
企画会議でもプロットも何もなくて、『know』の時は、作家性は全く違うのですがわかりやすいように「将来は西尾維新さんみたいになりますから! 作品を読めばわかっていただけます!」というようなことを熱意だけを込めてプレゼンしました…。
──「読めばわかる」っていうプレゼン、企画会議の意義が根底から問われてますね…。
※何の書籍を刊行するかを決めるのが企画会議。その書籍を何部刷るかを決めるのが部数会議。営業は、自社の本を一冊でも多く書店に置いてもらうため、その書籍の資料を揃えて時には書店員にプレゼンする必要がある
河北 うちの場合は編集長と担当で直接話して決めるので比較的やりやすいのですが、おなじく事前に説明できることが"野﨑まど"しかないんですよね。
──締め切りをぶっち切り、プロットもほぼない。心中お察しします。書籍も発売日などを告知されますよね。落としたら大変なことですよね。
河北 僕はもう、発売日を告知しなくなりました(笑)。
湯浅 もっと書けばいいのにって思うんですけどねえ。
河北 うちの原稿に時間をとられて他社さんに迷惑をかけないようにと思って、必死にスケジュールをきっているんですけど…なんでしょうね。軽やかに飛び越えてきますね(笑)。
『バビロン』ではないのですが、次回作も、お盆には原稿があがるはずでしたが、今、もう10月ですね…。
──いかに原稿を待ちわびているか、だけで何時間でもお話をうかがえそうですが、それでも、やはり「野﨑まど」の原稿を待ち続けるわけですよね。
湯浅 プロットは短いですし、筆も遅いですが、それでもあがってくる作品がとてつもなく良いので、次もおねがいしますということになるんです。
──圧倒的な才能で屈服させると。
河北 ずっと才能は信じてますからね。才能"は"! みんなまどさんの作品の圧倒的な力を信じてますから。
本当にタガが外れている人って…
──そもそも野﨑さんと最初にお会いしたのはいつでしたか?湯浅 電撃大賞にご応募されたのが野﨑さんの作家デビューでしたので、編集部にお呼びして会ったのが最初だったと思います。
第一印象は穏やかでしたし、デビュー前だったので今ほど破天荒な感じでもなく、やり取りもある程度スムーズだった気がしますね。ただ、やはりどこか飄々とされてて、よくわからないことを口にするスタンスはブレてないですね。
高塚 大学生の頃に『[映] アムリタ』を読んだのが野﨑さんを知るきっかけで、はじめてお目にかかったのは2012年でした。
作風からいろいろ想像して勝手に緊張していたんですが、思っていたより雰囲気が柔らかい方で、とてもお話しやすかったです。
河北 僕も直接お会いしたのは5年くらい前ですが、読者として作品を知ったのは同じく『[映] アムリタ』でした。作風からして相当“危険”な人なんだろうなと思っていたんですが、実際は腰が低い方だなと思った記憶はあります。
──作品もそうですが、インタビューなどを読んでもまともに受け答えされているものが見つからなかったので、狂気溢れる方なのかと思っていました。
河北 本当にタガが外れている人って、一見人当たりが良いというじゃないですか。野﨑さんはそのタイプなのかもしれません(笑)。 河北 メールのやりとりも不可思議なことが多いですよ。
──不可思議なメール、とはどういうものなんですか?
河北 メールのタイトルが、謎の文章になっているんです。最近だと『バビロン』のアニメに関するコメントをくださいというメールに対しての返事のタイトルが「コズミックコメントガールコメントさん」でした。
編集として野﨑さんの才能とノリについていこうとして、こっちも返信タイトルを必死に考えていた時期もあったんですが、それでは話が進まないので最近ではスルーするようにしてます。
──作品の中ではボケやツッコミの役割が明確なキャラが多いですが、野﨑さん自身はボケのタイプなんですね。
湯浅 そうですね、完全にボケです。
河北 でも、ツッコミも求めてないんだと思います。
最近の他のメールをみても「一子相伝のCIA剣術奥義を正崎に授けて死ぬ」でしたし、もうどこをつっこめばいいかわからない。
湯浅 私のところには「大自然のUSB障害の前に人間は無力だ」なんてものがありました。…USBの不具合で原稿がとんだってことなんですよ多分。
他の人はさぞかしウィットに富んだやりとりをしてるんだろうなとも思ってましたが、やっぱりスルーせざるをえないんですよね。
河北 こうして担当編集が集まる機会ははじめてですが、みんなスルーしてると知って安心しました。
ブラックボックスすぎるぞ野﨑まど
──野﨑さんは、そもそもなにをモチベーションに執筆されているのでしょうか? どういう時にインスピレーションがわくのか。高塚 全然わかんないですね。
湯浅 ブラックボックスです。
河北 実は『バビロン』は、テーマを最初にご提案していました。
僕がお声がけした当時はメディアワークス文庫さんでたくさん作品を書かれ、ハヤカワ文庫さんでも仕事をされていたタイミングで、まどさんの才能にみんな注目していて、その時点で既に何社からも声をかけられていました。
その時に僕は、「究極の悪ってなんなのかを考える小説はいかがでしょう」って話をご提案して。まどさんの中でそれは面白いと思っていただけて、『バビロン』に繋がったんです。……こんな話になるとは想像もできませんでしたが。
湯浅 僕も一度、刊行を続ける中でもっと広めたいという思いがあって、メディアワークス文庫の読者は女性が多いというデータがあったので、女性でも手にとりやすいものはいかがでしょうと提案したことがあります。
そしたら「うさぎのはなし」というプロットをいただいて、できあがったのが『なにかのご縁』です。
高塚 私の場合は最初にお会いした時に『銀河ヒッチハイク・ガイド』の話で盛り上がったのと、早川書房から刊行させていただくということもあり、SFでいくことは野﨑さんからご提案がありました。
──SFの場合は世界観設定などの資料が必要になってくると思いますが、他にもキャラクター設定やプロット以外の資料をご覧になったことはありますか?
湯浅 ないですね!
河北 見たことない!
高塚 ないです!
──他の作家さんと比べてもそれはやはり異質なのでしょうか?
高塚 作家さんによりますが、事前の情報は極端に少ない方ですね。
湯浅 編集の我々にさえも、どんでん返しとかをなにも情報がない状態でくらわせたいんだと思います。
──メディアワークスさんから刊行された一連の『[映]アムリタ』から『2』までの作品群には、あるギミックが存在しますが、担当編集の湯浅さんもそれを全くご存知なかった?
湯浅 全く知りませんでした。本人も、いつから考えてたかのわからない。読んで初めてわかった時には、「こう来るのかあ」と驚くばかりでした。
──とにかく読んでる人を楽しませたい、エンターテイナー気質な方なんですね。
河北 エンターテイナーなのは間違いありません。僕らを振り回して遊んでるんじゃないかと感じなくもないですが、そういうところも含めてどうすれば人の心を揺さぶれるかを常に考えている方なんだと思います。
書いてる姿も見たことない
──はじめて野﨑まど作品を読んだときのことは覚えていますか?河北 当時メディアワークス文庫が創刊されたのは出版界でも大きなニュースだったので、受賞者はどんな人なんだと思ってチェックしたのが『[映]アムリタ』だったんですが、とてつもない才能だなと思わされましたね。
高塚 私は当時まだ学生だったんですけど、一生作品を追いかける作家の一人になるだろうなと直感しました。
河北 「一生追いかける」が、まさか編集者になって締め切りを追いかけることになるとはね…。
一同 ……。
──では気を取り直して、そもそもいつどうやって執筆しているのかはご存じですか?
河北 漫画喫茶でよく書いてるとは聞いたことがあります。でもよくいく漫画喫茶がつぶれてしまって、悲しかったそうです。
湯浅 家とは別に仕事場を持っていて、一時期はそこで書いていたらしいとも聞いています。あとは調べものは図書館でよくしているそうですが、そのままそこで執筆までするかは謎ですね。
──一層謎が深まってしまいました。
河北 でも、わからないほうが野﨑まどらしいんじゃないでしょうか。
湯浅 そもそも書いてる姿が想像できないですしね。
河北 書いてないかもしれないです。
──原稿を書かれてる姿を見たこともないのでしょうか?
高塚 ペンを持っている姿を拝見できるのは、サインをするときぐらいなので……。
湯浅 かといってノートパソコンでパチパチしてる姿も想像できません。
──では、編集として野﨑さんの原稿に赤入れなどはされますか?
河北 僕は比較的原稿に赤入れをする方ですが、まどさんに関してはほぼないです。
湯浅 僕も多少調整はしますが、大きく直しをした覚えはないですね。
高塚 同じくほとんどないです。なにか指摘をしても、説明していただくと納得がいくので、私たちの疑問も想定して書かれているんじゃないかとも思います。それほど原稿の完成度は高いです。
河北 修正はないですが、『バビロン』2巻のラスト、とあるシーンが衝撃的過ぎて、無理とはわかっていても「ここの結末って変わらないですか?」とただの願望を伝えたことはあります。
──わかります。2巻のあそこですよね…
河北 はい…ですが、すごい良い笑顔をするだけでまったく受け入れていただけませんでした(笑)。
──読者の予想を裏切る衝撃的な展開は、野﨑さんの代名詞的なものにもなっているように思います。
河北 どうすれば面白く伝わるかを意識しているんだと思います。衝撃を与えるためにどうすればいいかを常に考えている。
──だからこそ人に勧めるのが難しいという問題もありますよね。ネタバレを避けて、何も知らずに読んだ方が面白いんだけど、かと言ってどこまでを説明したものかと。
河北 我々が教えられるのは、最良の順番だけです。ぜひメディアワークス文庫さんから刊行中の新装版を“正しい順番”で読んでほしい!
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