ボールを思い切り蹴飛ばしたい、サウジアラビアの少女
「サッカーボールを蹴飛ばす日」の主人公は、病院で事務をしている母と医者の父との幸せな家庭で、金銭的に不自由のない生活を送る10歳の少女・サルマです。
ミサンガづくりに熱中しているサルマは、父から「良い先生がいる」ということで、アミーラなる女性を紹介されます。アミーラは颯爽と車を運転し、孤児院のボランティアで子どもたちのお世話をしている女性でした(サウジアラビアでは2018年6月に女性の自動車運転が解禁)。
アミーラに好印象を抱いたサルマは何度か彼女に会いに行くうちに、母の様子が少しだけおかしいことに気づき、やがてアミーラが父の第一夫人で、母が第二夫人であることを察します。父が週末にしか帰ってこないのは、アミーラに会いに行っているからだ、と。
その後、サルマは母に「アミーラのことが嫌いか」と問います。すると母は、サルマに語るのでした。
父とアミーラとの結婚は、2人の親同士が決めたこと。父がアミーラの素質を見抜いて、大学進学と留学の費用を出したこと。
父とアミーラの間に子どもができなかったため、アミーラの進言もあり自分が第二夫人として迎えられたこと(サウジアラビアでは、不妊を理由に第二夫人を迎えるのは一般的な感覚だそう)。
最初の結婚が破談して途方に暮れていた時に、父との縁談をもらったのはとても幸運だったこと。アミーラが離婚を望まなかったのは、離婚すると暮らしに困り、孤児院のボランティアが続けられないという理由があったこと。
そして、今はサルマもいて不自由もなく幸せに暮らせている、と──。
サルマは母とアミーラの境遇を聞いて、「わたしたちは結婚しないと生きていけないの ママ?」と胸の内で問いかけるのでした。
友人の女の子は結婚に焦り、男の子とは話すこともできない
「サッカーボールを蹴飛ばす日」では、サウジアラビア人女性にとっての結婚の重要度が端的に描写されています。
前段では触れていない場面でも、友人の女の子が「結婚相手がいない」と焦っていることや、昔よくサッカーをして遊んだ男の子の友人と今では気軽に話すことさえできない現実(サウジアラビアでは親族以外の男女は親しくできない、そもそも恋愛結婚ができない)に、サルマは悩んでいます。
そして終盤、いつか父の勧めるアメリカへの留学を果たしたら、彼の地ではヒジャブ(髪に巻くスカーフ)で顔を隠さなくても、サッカーボールを蹴って男の人にパスを出しても誰にも非難されないのだろうかと、サルマが物思いにふけるところで幕を閉じます。
10歳の少女が抱える悩みとしては大きすぎるし、悩みの根本はサルマが女性であることに起因しているのですから、なおさら重い。サルマはあくまでフィクションの存在ですが、サウジアラビアのどこかに似た悩みを抱える現実のサルマがいるのだろうかと思うと、胸が塞がる気持ちです。
と、そんな感想を抱くに留まらないのが「サッカーボールを蹴飛ばす日」という短編です。それも、サルマの父にフォーカスを当てると、違った側面が浮かび上がります。
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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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