「夢は人を殺しかねない」──穏やかではありませんが、今回はそんな話です。
年に数百以上の漫画を読む筆者が、時事とリンクするタイトルを紹介する本連載「漫画百景」。
第一五景目は、『夢なし先生の進路指導』です!
2024年もあっという間に3月、卒業シーズンを迎えました。これまでの生活に別れを告げ、新しい出会いに胸をはずませ、夢や目標に邁進する方も多いかと思います。
だからこそ、あえて今回は、「夢は無慈悲で残酷です」と警鐘を鳴らす教師が主人公の本作を紹介します。
笠原真樹による漫画『夢なし先生の進路指導』
『夢なし先生の進路指導』は、小学館の漫画誌『週刊スピリッツ』で連載中。小学館のWeb漫画サイト「ビッコミ」でも配信中で、既刊は2巻。
かつて『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で、『リビドーズ』『群青戦記 グンジョーセンキ』を連載していた笠原真樹さんによる作品です。
夢の功罪がテーマで、これまでに声優、アイドル、鉄道運転士、保育士が作中で扱われています。
声優やアイドルは個人事業主でなおかつ狭き門であるため、それ一本で食べていくのが難しい不安定な職業であるとはよく言われることですが、鉄道運転士と保育士はどうでしょうか。どちらも一般的で堅い職業であるように感じます。
しかし、実際になってみなければわからない苦労があり、思わぬ落とし穴にはまってしまうキャラクターたちが本作では描かれます。
緻密な取材を感じさせるリアリティによって、どの職業のエピソードも迫真の内容。当事者が読むと「うっ」と心に来るものがあるかもしれません。
「夢は人を殺しかねない」と警告する教師
そんな『夢なし先生の進路指導』の主人公は、高校で教鞭をとる数学教師・高梨。
元キャリアコンサルタントである彼の目に覇気はなく、深いクマがあり、寝癖がはねて、服はシワだらけ。授業は心地よい眠りに誘うタイプ。決して生徒の人望を集める人物ではありません。
高梨は、自身が受け持つクラスの生徒に「夢は無慈悲で残酷です」「夢は人を殺しかねない」と教師らしからぬ言葉を投げかけ、それぞれの夢のリスクを懇切丁寧に伝えます。
VUCA(ブーカ=「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」)と呼ばれる日本社会の厳しい現状を伝え、徹底して現実的に、理路整然と夢の再考を促してくるその進路指導は、生徒たちに“夢なし先生の進路指導”と揶揄されています。
本作は、この進路指導に抗い、夢を追いかけた生徒たちの手痛い失敗を通して夢の怖さを、夢破れても前を向く生徒たちの姿から再起の図り方を学ぶ作品です。
高梨が行う“夢を諦めるための授業”
例えば1話〜2話に当たる声優編。将来の夢に声優を挙げていた生徒の下積み時代と、志半ばで心身ともにボロボロになってしまう顛末が本当に痛々しいエピソードです。セクハラや業界の歪なパワーバランスも描写されます。
3話〜5話に当たる鉄道運転士編は、幼い頃からの夢を見事に叶えるも人身事故に遭遇して精神を病み、大好きだった電車が嫌いになりそうになる生徒の涙が辛い。毎日のように起こっている人身事故の捉え方が変わるかもしれません。
他のエピソードでも失意のどん底に立たされる生徒が描かれ、そして彼らの前に高梨が現れます。夢を捨てきれない彼らに高梨は、夢を諦めるための授業を行うのです。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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