タイトルは『めくらやなぎと眠る女(Blind Willow, Sleeping Woman)』。
村上春樹さんによる6本の短編──「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「めくらやなぎと眠る女」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」──を原作とした、村上春樹作品初のアニメ映画だ。
各短編の物語や登場人物を下敷きにしつつ1本の群像劇的に描かれた本作は、3月22日(水)まで開催中の「第1回新潟国際アニメーション」の3日目、3月19日に上映。
当日の上映前には制作会社のプロデューサーが登壇し、「村上春樹さん側に監督のこれまでの仕事が評価されたことで実現した」と経緯を明かした。
フランス人監督による村上ワールド全開な長編アニメ
映画祭の長編コンペティション部門にエントリーした『めくらやなぎと眠る女』は、2022年にフランス、カナダ、オランダ、ルクセンブルクの4か国によって共同制作された作品。監督・脚本は、映画監督・作曲家・画家として活躍するマルチアーティストのピエール・フォルデさん。コンピューターアニメーションのパイオニアとして知られるピーター・フォルデさんを父に持つ人物だ。
物語の舞台は2011年の東日本大震災から数日後の東京。地震の幻影に囚われたキョウコ、コムラ、カタギリの3人が、記憶と夢と幻想の世界での出来事を通じて、本当の自分を再発見しようとする。
邪悪な柳や巨大なミミズ、東京を救おうとするカエル、秘密の誓い、謎の箱、暗く果てしない廊下など、現実とも妄想ともおぼつかない対象が登場し、アニメでありながらも村上ワールド全開な作品だ。
現実と妄想が交錯する捉えどころのない群像劇
少しでも村上春樹さんの作品に触れたことがある人なら、「まごうことなきアニメ版村上春樹作品だ」と思うはず。現地で鑑賞して、どこか捉えどころのないまま核心へと進む展開にそう感じた。原作である6本の短編の要素を随所に反映・融合しながらも、オリジナルの脚本に基づき、基本的に3人それぞれの物語が描かれる群像劇に仕上がっている。
現実と幻想が交錯しながらも、淡々と展開される物語は村上春樹作品らしさを感じさせる。一方で、観る人によっては、「何を表現したいのかわからない」という感想を抱くこともありそうだ。
【『めくらやなぎと眠る女』主な登場人物】
キョウコ:
コムラの妻。震災関連のニュースを毎日のように見続けていたある日、家を出てコムラの元を離れる。
コムラ:
銀行員。目的意識もないまま過ごす中で、妻が出ていく。同僚から謎の荷物を運んでほしいと頼まれ北海道へ。
カタギリ:
コムラと同じ職場で働く銀行員。ある日帰宅すると人のようにしゃべるカエルから、一緒に巨大ミミズと戦ってほしいと頼まれる。
アヌシーで審査員特別賞、新鮮な日本の風景描写
海外作品における日本の風景描写の不自然さはたびたび指摘されるが、『めくらやなぎと眠る女』の描写もなかなかに新鮮。新宿のビル群の背景に、富士山が顔をのぞかせる。
とはいえ、トンデモ映画によくある「日本的要素を全部入れました!」というほどではなく、絶妙というわけではないものの、その塩梅は奇妙な作品性との親和性が高い。
アニメ映画祭の頂点ともいわれる2022年のアヌシー国際アニメーション映画祭では、長編コンペティション部門にノミネートされ審査員特別賞を受賞(外部リンク)。同年のトロント国際映画祭でも上映された。
村上春樹から評価され実現、日本での公開は「交渉中」
3月19日、「第1回新潟国際アニメーション映画祭」内での上映前、制作を担当したフランスの代表的アニメスタジオ・Miyuプロダクション(Miyu Production)のプロデューサー2人が登壇した。スタジオ設立者でもあるエマニュエル=アラン・レナールさんによれば、『めくらやなぎと眠る女』はピエール・フォルデ監督が村上春樹さんの大ファンだったことから生まれた企画。
「村上春樹さん側に映画化を打診したところ、今までアニメ化の権利を渡したことはないと言われた。でも、ピエール・フォルデ監督のこれまでの仕事を評価していただき、短編小説であればということで許可を得た」
そこでピエール・フォルデ監督は、2つの短編集から6つのエピソードをセレクトし、それら融合しながらオリジナルの脚本を書き上げたという。
制作に7年間を費やしたという作品について「フランス人が日本のカルチャーや日本人を描いた特殊な作品ですが、楽しんでもらえたら」とコメント。
気になるのは日本での公開だが、もう一人のプロデューサーであるピエール・ボサロンさんによれば、現在交渉中。「日本でも公開したい」と願いを込めた。
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連載
アジア最大の長編アニメーション映画祭として開催される「第1回新潟国際アニメーション映画祭」。 2023年3月17日〜22日までの期間中、これまで多かったアート寄りの短編アニメを扱う映画祭とは異なり、長編商業アニメーション部門にフォーカス。 審査委員長を押井守監督がつとめ、世界15ヶ国から10本の作品がエントリーしたコンペティションのほか、大友克洋監督の作品を特集するレトロスペクティブ、りんたろう監督、永野護監督、片渕須直監督、磯光雄監督らが登壇するイベントを実施。 現地取材を交えながら、世界を見据えるアニメ映画祭の模様をレポート。
6件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:9619)
なんか、日本の独創、古事記の修理固成はものづくりの原点と思えてきた。
匿名ハッコウくん(ID:9556)
あるだろ最高峰の白熱授業が。
匿名ハッコウくん(ID:9544)
アルゴリズム革命は黒船だとかいっている。司馬遼太郎の花神のような技術者は日本にいるのか、いないのか。