連載 | #7 アニメーションズ・ブリッジ

『グッバイ、ドン・グリーズ!』監督インタビュー「人は認識されて初めて存在できる」

『グッバイ、ドン・グリーズ!』監督インタビュー「人は認識されて初めて存在できる」
『グッバイ、ドン・グリーズ!』監督インタビュー「人は認識されて初めて存在できる」

映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』いしづかあつこ監督インタビュー

POPなポイントを3行で

  • 映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』インタビュー
  • いしづかあつこ監督がネタバレ全開で解説
  • 世界への認識のズレと存在証明という哲学
ハナヤマタ』『ノーゲーム・ノーライフ』『宇宙よりも遠い場所』で鮮やかな画ときらめくような演出を見せた、いしづかあつこ監督による待望のオリジナル映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』が2月18日から公開中だ。

これといった打ち込むものもなく、漠然とした日々を暮らす少年・ロウマ(CV:花江夏樹)。医者の跡継ぎになるべく町を出て、東京の進学校に通う秀才・トト(CV:梶裕貴)。彼ら2人が結成した「ドン・グリーズ」にある夏、アイスランドからやってきた不思議な少年・ドロップ(CV:村瀬歩)が加わり、ひょんなことからひと夏の冒険の幕が上がる。

小さな町で起きた事件、そして消極的な理由からの冒険、その先に待っていたもの。この映画は、数々の事象が連鎖してかけがえのない青春模様を形づくっていく、至高のジュブナイルアドベンチャーだ。

今回はいしづか監督にインタビューを実施。公開後だからこそ話せる「ネタバレあり」の状態で、制作秘話や演出意図、表現したかったものに至るまで、監督自ら“答え合わせ”をしてもらった。少年たちの発見と喪失を通じて、いしづか監督が描きたかった人生の哲学とは。

※本記事には『グッバイ、ドン・グリーズ!』のネタバレが含まれます。より楽しみたい場合は、映画鑑賞後をおすすめします。

取材・執筆:太田祥暉(TARKUS) 編集:恩田雄多

目次

『グッバイ、ドン・グリーズ!』での挑戦

──およそ4年前のインタビューで、いしづか監督は「やったことがなかったからやる」という要素がこれまでの作品にあったと語られています。『グッバイ、ドン・グリーズ!』におけるやったことがなかった要素とは何だったのでしょうか?

いしづかあつこ 男の子を主人公に据えて青春ものをやる、というのは過去にもやっているんですが、それを原作ファンがいないオリジナル、かつターゲットを広く見据えた状態でやるのはかなりチャレンジだなと感じていました。

最近だと、女の子主人公でヒットする法則はなんとなく掴んでいたので、それならば男の子主人公のみで映画を1本つくってみたい。そこが「やったことがなかったからやる」要素だったと思います。

そもそも、私自身が女性なので本当に男の子の魅力を出し切れるのか、そして女性ファンだけをターゲットにせず、それこそ大人から子どもまで広く観られる物語にできるのか。そこが『グッバイ、ドン・グリーズ!』での挑戦でした。

手前からロウマ(鴨川朗真)、トト(御手洗北斗)、ドロップ(佐久間雫)

——ロウマとトトが結成したドン・グリーズにドロップが加わってひと夏の冒険に繰り出す……という構成に、以前いしづか監督もお好きと語られていた『大長編ドラえもん』のような雰囲気を感じました。

いしづかあつこ たぶん『ドラえもん』のエキスみたいなものは意識していないつもりでも入っていたのかもしれません。企画会議のときにも、「『大長編ドラえもん』の冒頭みたいなすこし不思議な出来事が起きて……」みたいな感じで話していたんですよね。ひと夏の冒険といったら『大長編ドラえもん』、という気持ちがどうしてもあるので(笑)。

──アイスランドの黄金の滝にある電話ボックスというのも、どこか“すこし不思議”な要素ですよね。

いしづかあつこ 電話ボックス自体は、実際にアイスランドを調べていく中で偶然見つけたものをモデルにしています。ただ、映画の特報でロウマが「世界につながる扉があった」と電話ボックスのことを言っていて。

特報は私が編集しているわけじゃないんですが、それを観たときに思わず電話ボックスは「もしもボックス」か「どこでもドア」のどちらなのだろうって考えちゃったんですよ。
映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』特報
いしづかあつこ 考えてみると、ドロップからすれば電話ボックスは「どこでもドア」のような役割になっていて、実際にロウマやトトといった遠くに住んでいる人をつなぐ道具になっています。そして、彼が求めていた人生の宝物を手に入れるきっかけにもなっているから、「もしもボックス」でもある。

私自身意図していたわけではないですけど、自然とそういう物語になっていったのかなと思いますね。

──アイスランドに関しては今回コロナ禍という情勢の影響もあり、ロケハンができなかったとうかがいました。

いしづかあつこ そうですね。でも、どうせ現地に行けないのであれば、もうこの物語にふさわしい舞台ビジュアルをつくってしまえとばかりに、黄金の滝は完全オリジナルです。

現地の滝を何個か調べながら、それを参考に創作して……。でも、逆にそういった想像からつくったからこそいい舞台になったんじゃないかなと思います。もしロケハンに行けていたら、再現しようとしてしまったかもしれません。

人に認識されることで初めて存在が証明される

──この作品の特徴といえば、最初に観ているときはロウマの視点で物語を追い、2回目以降は「ドロップの言葉は実はこういう意味だったのか!」と腑に落ちながら楽しめる構成にもあると思います。

いしづかあつこ まさに狙い通りです(笑)。これは個人的な好みなんですが、映画を観に行ったのであればじっくりと泣きたいし笑いたい、何かいい疲れを持って家に帰りたいんですよ。いい経験をしたなとか、いいものを観たな、何か得るものがあったなと余韻に浸りながら帰る感覚がとても好きで。

なので、『グッバイ、ドン・グリーズ!』ではその感覚を再現できるような物語にしようと思っていました。それが最後の電話ボックスのシーンに集約されています。現実に考えたらそんなのありえないよねって突っ込まれるようなことだけど、映画だからできる。そういう心地よさをつくることが今回の狙いのひとつでした。 ──オリジナル作品というと『宇宙よりも遠い場所』がありましたが、やはりTVシリーズと映画ではつくり方が異なりましたか?

いしづかあつこ 映画の場合、キャラクターの1人ひとりを説明することが難しいんです。なので、今回はロウマの主観に絞りました。ロウマが体験したことしか描かれないので、ドロップに関する説明がほとんどないんです。

ロウマはドロップと知り合ったばかりですし、その家の事情にも深入りしていない。いきなり重い話をされてもそれ以上は聞けない。もしこれがTVシリーズだったなら、どこかでドロップ回みたいなものを用意して、メタの目線からそれぞれの人生を捉えて、最終的に3人がつながりましたという非常に客観的な描き方にすると思うんです。

でも、その尺がないならばいっそのこと「ない場面」を「ある前提」で描くという、洋画などでよく目にする映画ならではの描写にしようと。それをどう描いていくかはかなり頭を使いましたね。

──ロウマ視点の中で時折挿入されるドロップの哲学も、本作を語る上では欠かせないキーワードだったと思います。ドロップがいきなりドン・グリーズからいなくなったとき、何気なく保存しておいたように見えた菓子の空き袋が、ロウマにはかけがえのないようなものに見えたと感じました。

いしづかあつこ 人は実際にそこにいたということを認識されて、初めて生きていたことになる、そう考えているドロップの感覚をロウマたちに伝えたかったんです。それは巡り巡って「認識している/していない」という概念に変わっていきます。

ロウマは冒険の前まで、自分が住む小さな町が世界のすべてだと思っていた。その外のことは認識していなかったから、町が世界のすべて。そこから出る勇気もないので、トンネルの向こう側はもう世界の果てという意識でした。だからトトのように東京に行こうともしなかったわけです。

けれどドロップは、自分がここで生きていても誰にも知られないままならば、生きていたという事実すらなくなってしまう。大海に落ちるひとしずくになってしまう。それなら、ちゃんと自分という存在を認識してくれて、未来永劫それを忘れないでいてくれる人たちを探したい──そう考えていたんですね。それが電話ボックスで偶然つながったあの会話に結びついて、この物語が生まれました。

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作品情報

映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』

公開
2022年2月18日(金)
配給
KADOKAWA
キャスト
花江夏樹 梶 裕貴 村瀬 歩
花澤香菜 / 田村淳(ロンドンブーツ 1号 2号) 指原莉乃
監督・脚本
いしづかあつこ
キャラクターデザイン
吉松孝博
美術監督
岡本綾乃
美術ボード制作協力
山根左帆
美術設定
綱頭瑛子、平澤晃弘
色彩設計
大野春恵
撮影監督
川下裕樹
3D監督
廣住茂徳、今垣佳奈
編集
木村佳史子
音楽
藤澤慶昌
音響監督
明田川 仁
音響効果
上野 励
アニメーション制作
MADHOUSE
主題歌
[Alexandros] / 「Rock The World」(ユニバーサル J / RX-RECORDS)

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毎クールごとに膨大な量が放送されるアニメ。漫画やライトノベルを原作としたもの、もしくは原作なしのオリジナルと、そこには新たな作品・表現との出会いが待っている。 連載「アニメーションズ・ブリッジ」では、数々の作品の中から、アニメライター兼ライトノベルライターである筆者が、アニメ・ラノベ etc.を橋渡しする作品をピックアップ。 「このアニメが好きならこの原作も」、そして「こんな面白い新作もある」と、1つの作品をきっかけにまだ見ぬ名作への架け橋をつくり出していく。

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