瞬間を記録するカメラと“世界”の認識のズレ
──ロウマが持っているカメラも生きていたこと、その瞬間に存在したことを認識させるアイテムですよね。チボリ(CV:花澤香菜)の撮った写真もそのキーワードに結びついてくる。いしづかあつこ その瞬間に、実際に存在していたものを目で見た証明として、写真というアイテムがあります。それってすごいことだね……っていう写真の魅力をチボリが話しているんですけど。
それに加えて、自分が見ている世界の色と他者が見ている世界の色が違う可能性があるじゃないですか。もし同じ場所を見ていても、まったく違うように映っているかもしれない。
それをビジュアルで示すことができたら、また異なる共感が生まれそうだなと思っていました。なので、世界の認識が変わっていく様子を象徴するアイテムとして、カメラを使いたかったんです。
──確かにカメラは何かを証明する存在として、劇中の随所で登場していました。ドロップの哲学とチボリの写真によって、徐々にロウマが認識を変えていくのが興味深かったです。
いしづかあつこ 自分の住んでいる町が世界のすべてだったという認識は、ドローンで撮られた映像を見て一変しますよね。こんなに小さかったんだ……と。
普通に生きていたら、自分の家の屋根にピザが乗っていたとしても気づかないじゃないですか。でも、ドローンを飛ばして上から見ることで、それに驚くかもしれない。そういう出来事を何か体験してみるのっていいなと思うんです。
──それこそ、物語の後半でロウマとトトはアイスランドを訪れていますが、冒頭の時点では現地に行こうだなんて言わなかったと思います。ドロップがアイスランドに住んでいたと知ったときの「すごい」という一言に、物語序盤のロウマという人間の世界観が集約されていました。
いしづかあつこ そのロウマが発した「すごい」はとても大事にしていた言葉なんですよ。ドロップから見たら、アイスランドは人々が生活する場所として当たり前に存在しているのに、ロウマからすれば完全に未知の国でとんでもない場所だと思っている。
いくら海外には人が住んでいるし、自分のいる場所と地続きでつながっていると頭で理解していても、実際に海外にいたことがあると言われたら「すごい」と思っちゃうんですよね。その世界に対する認識のズレを表現したかったのが、あの「すごい」なんです。 ──成長でいえば終盤、ロウマとトトの2人がヘアドネーションをします。最初はあんなに髪型に気を使っていたトトが髪を切る。そこにはやはりドロップの影響は大きかったと思います。
いしづかあつこ 男の子がヘアドネーションをやるのって、勇気がいることなんじゃないかなと想像したんですよ。ドロップ自身はもう自分の見た目も全然気にしないって生き様の子なので、髪を伸ばすことには抵抗はなかったと思います。
ただ、ロウマは学校に通いながら伸ばさなきゃいけないんですよね。ただでさえクラスメイトに白い目で見られているのに、その中でロン毛キャラを目指しているみたいにいじられる。
それでも、ドロップに教えてもらったヘアドネーションという行為をやり遂げたい。その一心で男気を見せるんですよね。トトもあんなにこだわっていたのにあっさり髪を切るってかっこいいじゃないですか。2人が冒険から帰ってきて何か変わったことを描きたいと思っていたので、決意というか成長の証として入れました。
ロウマ、トト、ドロップ──3人の宝物の正体
──少し作画の話にもなりますが、『グッバイ、ドン・グリーズ!』では漫画的表現といいますか、アニメらしいコミカルな表情の場面が多いように感じました。これはどういう演出的意図だったのでしょうか?いしづかあつこ 確かにデフォルメは積極的に使っていますね。言ってしまえば、アニメのいいところって極端に表現できることなんですよ。だからそのメリットをできる限り活かしたかったんです。
ともすれば、このお話は実写でもいいじゃんと言われるジャンルの物語。なので、アニメキャラでしか絶対にできない表現の幅みたいなものを探りたかったんです。
──アニメらしさでいえば、滝が滑り台のようになっていて元の場所に戻る、そしてずぶ濡れになりながら3人で歌うというシーンはとても鮮やかに映りました。
いしづかあつこ 滝のアクションは(絵コンテ・演出を担当された)松村政輝さんのセンスが溢れている部分ですね。そういえばあのキャンプシーンでは、トトが本音を吐露していますけど、実は彼の宝物って作中だとそんなにわかりやすく可視化していないんです。
ドロップの宝物は最後の電話ボックスでテキストとして表れていますよね。ロウマの宝物はといえば、自分の世界を広げて「僕は浦安さんに会ってもいい人間なんだ」と自信を見せたカットに表れています。 ──では、トトの宝物は明示されていない……?
いしづかあつこ いや、実は彼もちゃんと宝物を手にしています。でも、それを宣言していない。これは2回目以降を観るときに注目してほしいんですが、その宝物を描いているのは秘密基地を壊した後のシーンです。
コーラを飲みながら彼は独りごちているんですけど、それが彼の決意であり未来で手にするものだとさりげなく描いています。ですので、そのへんのドラマもぜひ押さえていただきたいですね。
──つまり3人が世界の広さを知り、生き方を変えていく。それが本作のテーマということですね。
いしづかあつこ そもそも、(前作の)『宇宙よりも遠い場所』では最初から遠い場所(南極)を目指していたので、遠くに何かがあることを知っている状態でのスタートでした。
キマリたちはそこに可能性が落ちていることを認識していたわけですが、本作のロウマたちは何も知らない状態でのスタートにしたかった。そうしないと広げ続けられないんですよね。そう考えていたら自ずとこの舞台が出来上がり、徐々に世界の大きさを知っていく展開になりました。
いしづかあつこ 自分で世界を変えたいと思って冒険に出る人は、もうそもそも一歩を踏み出しているんですよ。ただそうなれない人がたくさんいて、もうとりあえず行くしかないきっかけがあり、嫌々でも進んでみたら意外とすごいものが待っているかもしれない。
それをきっかけと捉えられるかどうかは、ものの見方のひとつかなと。ドロップにしても、ロウマやトトにしても、些細なきっかけで人生が変わっているんですよね。
──『グッバイ、ドン・グリーズ!』は『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』に次ぐいしづか監督の劇場第2作となりましたが、制作を終えて何か手応えは感じられましたか?
いしづかあつこ 意外と頑張ればできるんだなって(笑)。だってオリジナルで、物語の世界観を考えて、大勢と共有しながら映画をつくるって、さあやろう! と思ってできるものではないじゃないですか。
それでもできたので、実際つくれるんだと感じたことが一番の手応えかもしれません。なので、今後またチャンスがあるのなら、このできるんだという経験を積み重ねていきたいです。
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アニメの楽しみ方いろいろ
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作品情報
映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』
- 公開
- 2022年2月18日(金)
- 配給
- KADOKAWA
- キャスト
- 花江夏樹 梶 裕貴 村瀬 歩
- 花澤香菜 / 田村淳(ロンドンブーツ 1号 2号) 指原莉乃
- 監督・脚本
- いしづかあつこ
- キャラクターデザイン
- 吉松孝博
- 美術監督
- 岡本綾乃
- 美術ボード制作協力
- 山根左帆
- 美術設定
- 綱頭瑛子、平澤晃弘
- 色彩設計
- 大野春恵
- 撮影監督
- 川下裕樹
- 3D監督
- 廣住茂徳、今垣佳奈
- 編集
- 木村佳史子
- 音楽
- 藤澤慶昌
- 音響監督
- 明田川 仁
- 音響効果
- 上野 励
- アニメーション制作
- MADHOUSE
- 主題歌
- [Alexandros] / 「Rock The World」(ユニバーサル J / RX-RECORDS)
関連リンク
連載
毎クールごとに膨大な量が放送されるアニメ。漫画やライトノベルを原作としたもの、もしくは原作なしのオリジナルと、そこには新たな作品・表現との出会いが待っている。 連載「アニメーションズ・ブリッジ」では、数々の作品の中から、アニメライター兼ライトノベルライターである筆者が、アニメ・ラノベ etc.を橋渡しする作品をピックアップ。 「このアニメが好きならこの原作も」、そして「こんな面白い新作もある」と、1つの作品をきっかけにまだ見ぬ名作への架け橋をつくり出していく。
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