作品の「周縁」に向けられた怒りと弱体化する批評
ここまで主に作品に添いながら、斎藤氏の議論に基づいて『ルックバック』の修正が妥当とは思えないという考えを述べてきた。ただ繰り返すように、斎藤氏による批判そのものは極めて有用であり、自分の議論が展開できたのも斎藤氏の記事が存在するおかげだ。作品に対する修正は過剰であるという結論は変わらないものの、それでも批判点としては重要だと思う。むしろ、本当に懸念するべきは、このような『ルックバック』を巡って様々な価値観を持つ人々が、作品が提示した創作への希望と絶望、不条理への抗いをすっかり忘れ、斎藤氏や描写に批判した人々に対して暴言を吐く(吐かれる)、あるいは「所詮○○だから」というステレオタイプを拡散するなど、作品の外側で二項対立的な憎悪をぶつけ合うことではないだろうか。
実際、斎藤氏がnoteに書かれた懸念には『ルックバック』だけでなく、その作品の外側に対...
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