前回は『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』では、なぜいま「特撮」の映画史だったのかを語ってもらった。 今回は、昭和ウルトラシリーズの変遷を紐解き、昭和ウルトラシリーズの初期の作品たちが持ち合わせた「両義性」について語ることで現代のインターネットカルチャーに欠けたものを浮かび上がらせていく。
対談構成:佐藤賢二 リード:和田拓也
現代のネットカルチャーに欠けた、初期・昭和ウルトラシリーズの「両義性」
福嶋亮大(以下 福嶋) 繰り返すと「戦後サブカルチャーの美学的な二重人格」とは、テクノロジーが生み出すものとそのテクノロジーの理想を裏切るアクシデントが生み出すもの、その双方を複眼的に見ようという話です。そもそも「特撮」そのものがジャンルの名前である以前にテクノロジーの名前である。昭和ウルトラシリーズでは戦争やテクノロジーへの批評性が強く意識されていたように思いますね。宇野常寛(以下 宇野) 今のネットカルチャーは、そういう両義性・二重性を完全に見失っているんだよね。自分の欲望に無自覚ゆえに、自分たちの分裂に気づかず、いつの間にかその分裂自体を忘れてしまってると思う。
スティーブ・ジョブズのようなシリコンバレーの第一世代(1990年代)は、1960~70年代のアメリカ西海岸で広まったニューエイジ思想(*1)の影響を受けて、境界のない世界を実現する理想を考えていた。そして現在、グローバルな都市の情報産業従事者はたしかにみんなつながったかもしれない。
*1:霊的復興思想。前世代が盲信してきた近代的合理主義や伝統的キリスト教への反発として生まれた、東洋思想や神秘主義などを積極的に採り入れ、内面世界を追求してゆく大衆運動。 宇野常寛(以下 宇野) けれど、アメリカの「ラストベルト(※2)」のように、20世紀の工業社会に取り残された人々との新しい境界が生まれるという皮肉な現実がある。
その分裂に対して、円谷英二の技術主義に対する円谷一の批判的技術主義(第1回参照)のようなものが必要なんだけど、残念ながら今のインターネットテクノロジーにはその批判的技術主義のきざしが感じられない。
だから、これは戦時中と1960年代を結ぶ話でありながら、じつは1990年代のインターネットの黎明期と、現在を結ぶ話でもあると思う。
※2:「錆びついた工業地帯」の意。米国中西部から北東部の石炭・鉄鋼・自動車などの主要産業が衰退した工業地帯を指す
福嶋 1960年代後半と1990年代~ゼロ年代は意外に近い流れがあるということですよね。今足りていないものを検証するには、過去を現代にオーバーラップさせるのが有効です。
どちらの時代にもテレビないしネットのような新しいメディアが出てきて、既存の体制や文化生産のシステムが混乱して、メディアアートが出てきて、セカイ系的な表現もある。そういう意味で、1960年代の文化現象をゼロ年代に重ね合わせると、ゼロ年代がまたよく見えてくる気もする。
ちなみに2019年で平成は終わるけれども、仮に平成を前期と後期に分けると、2005年前後くらいまでの約15年が前期になりますね。で、日頃文章を書いていて思うけれども、表現の領域で面白いものは平成前期でだいたい尽きてしまっていて、それ以降は余韻というかパターンにすぎないという感じがする。平成後期の文化状況は、ただソーシャルメディアの支配が深まっていく一方だった。
もちろん僕はインターネットは素晴らしいテクノロジーだと思うけれど、それをいちばんつまらない形でパッケージ化してしまったのが、平成後期の大失敗だと思うんだよね。だからこそ、『ウルトラマン』のような前向きな批判的技術主義の再評価が必要になってくる。
宇野 『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』は、1970年の大阪万博前後の日本が持っていた、ある種の牧歌的なコスモポリタニズムの批評的で良質な表現者としてたとえば金城哲夫を位置づけていると思うんですね。 宇野 戦後、アメリカ占領下の沖縄で育った金城には、当時の戦後民主主義とコスモポリタニムを基本的には肯定しながらも、それは当然アイロニカルなものを含んでいたわけですよね。それが結果的に円谷英二の世代の特撮が持っている両義性を引き受けることにつながったと思うんです。
こうした態度が、昭和ウルトラの批評性を生んでいたわけだけど、それが昭和ウルトラの第一期(1966~1968年)と、第二期(1971~1974)の間に行われた万博のころを境目にどんどん抜け落ちていった。1971年以降の第二次怪獣ブームというのは、金城たちが抱えていた両義性が抜け落ちていく過程でもあったはずで。
戦後サブカルのターニングポイント 大阪万博と『仮面ライダー』
福嶋 1971年には東映の『仮面ライダー』シリーズが始まりますが、こちらは剣豪が敵を倒すチャンバラ時代劇のフォーマットなんですね。宇野 要するに消費社会に近づくとともにポストモダン化(※3)が始まって、みんな自分たちが乗っかっているテクノロジーの両義性を忘れてしまう。1970年代にはそのターニングポイントとして万博があり、半世紀を経て今回それが反復されようとしている。
※3:「近代(モダン)以後」を意味する。進歩主義や主体性を重んじる近代主義を批判し、そこから脱却しようとする思想運動
ただ前回と違って今回は、1964年の東京オリンピックの当時の日本や金城哲夫が掲げていたようなアイロニカルな両義性が最初からないので、この段階で危うい。
この本は、ウルトラ第一期の1960年代まではかろうじて保たれていた批評性や両義性への意識が、万博後のウルトラ第二期や『仮面ライダー』の時期には崩壊してしまったという話だと思うんですね。 一方で、『ウルトラマンA』(1972年〜1973年)のシナリオを担当した市川森一(1941~2011年)などが、その崩壊した時代なりのアプローチをいろいろ試していたことが書かれている。
それが現在、反復されようとしているのだけれど、今度は万博の前の東京オリンピックの段階ですでにつまずいちゃってる。
福嶋 そうだと思います。『ウルトラマン』を作ったのは、先に触れた金城哲夫や上原正三など、1938年前後の生まれの人が中心でした。彼らは1945年に戦争が終わったときは小学生で「少国民世代」と言われ、戦時中は軍国主義的な教育を受けたのに、戦後は突然それがガラッと変わって民主主義的な教育を受けて、いわば二重人格にならざるを得なかったんですね。
この世代は、日本のサブカルチャーの基礎を作った人たちでもある。漫画では石ノ森章太郎(1938~1998年)、赤塚不二夫(1935~2008年)らのトキワ荘世代、梶原一騎(1936~1987年)、映像作家では高畑勲(1935~2018年)、大林宣彦(1938年~)などもそうです。
彼らの多くは、たとえどれだけ美しい言葉でも単線的なメッセージは絶対信じない。分裂的というか、何かを信じることが同時に何かを信じないことでもあるといった、そういう両面性を常に持っている。
だからこそ、彼らの作品では、大人の世界はリニア(直接的)なメッセージで構築されているけど、子供の世界はメッセージ自体が複雑化していくというビジョンを常に出していた。そういう深みのある作品が万博の前後くらいに作られていたのは、文化的にはとても豊かだったと思うんです。
宇野 これは結局、イデオロギー(※4)を相対化するためのテクノロジーか、イデオロギーへの没入を支援するためテクノロジーを利用するかの違いだと思う。
※4:人間の行動を左右する根本的な物の考え方の体系 宇野 いろんな人の回顧録にあるように、1945年8月(終戦)を転換点にして社会そのものが変質し、それまで日の丸を振っていた人間がいきなり民主主義者に変わる風景を、少国民世代は子どものころに見ている。このとき、人間のメッセージやイデオロギーは簡単に入れ替え可能だけど、テクノロジーは不変だと学んだんだと思う。
だから、昭和ウルトラシリーズの作り手や大林宣彦の作品では、テクノロジーへの「萌え」がありつつ、それがイデオロギーを相対化するものとして機能している。
ところが、世代が下ると、むしろテクノロジーへの「萌え」がイデオロギーへの没入を正当化するものになっている。今のTwitterのアーキテクチャを疑わず、フェイクニュースや陰謀論をリツイートしてる人たちは完全にそうだね。
オタクジャーナリズムの元祖・大伴昌司が発揮したアイロニー
福嶋 まさにそうだね。それに関連して言うと、この本の最後で大伴昌司(1936~1973年)について触れました。大伴さんはオタク系の編集者の元祖みたいな存在で、ある意味では怪獣ネタのフェイクニュースを作っていたともいえる。宇野 読者向けに説明すると、大伴昌司は怪獣図鑑を手がけた人で、存在もしない怪獣の解剖図を描いて、「レッドキングの脳は小さい」とか「この怪獣の胃は牛を一頭まるごと溶かせる」なんて架空の設定を広めた。
福嶋 彼はそういうフェイク記事を作っていたけど、同時にジャーナリスティックな感覚も持っていて、大学時代はドキュメンタリー映画にハマり、死ぬ直前には、アメリカの写真雑誌『LIFE』みたいなものを日本でもやりたいと述べていた。僕はこの本で彼を「ジャーナリスティックなオタク」と呼んでいます。
オタクというと、虚構の世界に閉じこもってフェイクニュースをばらまく人みたいになりがちですが、大伴はそうではなく現実の問題を取材して、それを社会に広めていくジャーナリズムの要素も同時に持っていた人なんですね。そういう意味で、後のオタクが忘れていってしまった視点をオタクの元祖の彼は濃厚に持っていたと思う。
宇野 大伴的な「ジャーナリスティックなオタク」の視線はどこまで生きてたんだろうね。たとえば編集者としての僕は、『月刊OUT』(1977~1995年刊行)の編集長だった大徳哲雄さんの流れを汲んでいるという意識があるんですよね。
1980~90年代のアニメ雑誌では、『アニメージュ』(徳間書店)が王道の立場で、一方には活字の素人評論を多く載せている『アニメック』(1978~1987年)があり、記事はともかく描き下ろしビジュアルが充実した新興勢力が1985年創刊の『月刊ニュータイプ』だった。その中で『月刊OUT』は、真面目な批評はそんなに載せないけど、80年代のサブカルらしいパロディと遊び心で作品やシーンへの態度表明をしていた。 宇野 たとえば、大徳編集長が富野由悠季監督のコスプレをして、「『機動戦士Ζガンダム』のあと『機動戦士Oガンダム』という新作が始まります」なんてフェイクニュースを載せたりしてる。
同じフェイクニュースでも、大伴は現実の日本社会ではなかなか機能しない科学的なジャーナリズムの見せ方を虚構の世界で実現して、ちょっと読者を啓蒙する意識があった。
でも、80年代にはそういう感覚はすでに摩耗していて、北田暁大が『嗤う日本の「ナショナリズム」』で書いたような、消費社会のアイロニカルな自意識の表現みたいなものに制圧されちゃっていたと思う。
では、大伴的な方法論の遺伝子は、その後、どこにあるんだろうと思うわけだよね。
「心の時代」の先駆者としての市川森一と『ウルトラマンA』
福嶋 大伴さんみたいにジャーナリズムと虚構を橋渡ししていく見せ方は、その後は支配的にはならなかったですね。昭和ウルトラに即しても、この本でも書いたように、1970年代以降は怪獣が心の問題とリンクするようになっていく。それまでは、たとえば核実験や公害、宇宙開発の失敗などが原因で怪獣が生まれていた。しかし、1972年放送の『ウルトラマンA』ぐらいから、人間の心の歪みが怪獣を生みだすというストーリーが強くなってくるわけです。宇野 その路線の代表格が、『ウルトラマンA』のシナリオライターを務めた市川森一ですよね。ただ、市川さんの場合は、本人がクリスチャンだったせいか、「心の歪みが怪獣を生む」というかたちを取りがちだった物語は同時に、自分はこの世界に愛されているのか、といった運命論的な葛藤が背景にあったと思うんですよね。
福嶋 市川森一は時代の流れをよく捉えていて、これから先は人間の心こそが怪獣になっていくと考えた。実際、1990年代の『新世紀エヴァンゲリオン』での人類と「使徒」の戦いも人間の心の問題だし、2018年放送の『SSSS.GRIDMAN』でも、基本的に怪獣は心の歪みの反映として描かれている。
市川さんはそういう発想の元祖みたいな存在です。子供の落書きからガヴァドンを生み出した佐々木守や、土の香りのする怨念を描いた上原正三と比べても、市川の脚本は宙に浮いた心の不安定さ、自己の内面風景への注目が、いっそう際立っている。そういうポストモダンな底抜け感覚が、宇野さんの言った運命論的なテーマとも交差するわけです。
だからこそ、この本の中では市川さんの推し進めたポストモダン的怪獣のあり方とは違う、1960年代の現実の社会や文明を批評した存在としての怪獣があったということを語ろうとしてるんですね。
宇野 初代の『ゴジラ』(1954年)は、終戦からまだ10年ぐらいの時期に作られて、監督の本多猪四郎(1911~1993年)と円谷英二は、太平洋戦争のトラウマとして、露骨に空襲のイメージで怪獣の都市破壊を描いた。 宇野 それに対し、円谷一や金城哲夫など、昭和ウルトラシリーズを作った1930年代生まれの世代は、戦後社会を反映するように怪獣のバリエーションを広げたわけです。切通理作さんが『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で分析していたように、昭和ウルトラはメインのライターによってテーマが違っていて、
金城哲夫は彼が信じていた一見すると牧歌的なコスモポリタニズムの可能性の裏側にあるひずみの部分を怪獣が引き受けていたところがあると思うし、上原正三は戦後の平和の欺瞞性を象徴する風景と対峙するような存在として怪獣を描いた。
1970年代のウルトラ第二期まで残って書き続けた市川森一さんは、1941年生まれで年齢もセンスも一番若かったんだけど、結局は、市川さんが描いたような「トラウマとしての怪獣」だけがその後も残っていったんですね。
福嶋 まさにそうだね。それは今の問題そのものという気がする。『シン・ゴジラ』はこの流れを一回断ち切って、最初に本多・円谷コンビが描いたような、戦災のような即物的な脅威としての怪獣を描くことに戻ろうとした作品と解釈できます。
第3回へ続く
日本のカルチャーを考える
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イベント情報
ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景
- 著者
- 福嶋亮大
- 発売
- 2018年12月17日
- 価格
- 2,800円+税
- 頁数
- 288頁
- 販売元
- PLANETS/第二次惑星開発委員会
PLANETS公式オンラインストアなら、脚本家・上原正三さんとの対談冊子『ウルトラマンの原風景をめぐって――沖縄・怪獣・戦後メディア』つき!(数量限定・なくなり次第終了)
全国の書店、Amazonでも発売中
福嶋亮大(ふくしま・りょうた)
文芸批評家
1981年京都市生まれ。京都大学文学部博士後期課程修了。現在は立教大学文学部文芸思想専修准教授。文芸からサブカルチャーまで、東アジアの近世からポストモダンまでを横断する多角的な批評を試みている。著書に『復興文化論』(サントリー学芸賞受賞作)『厄介な遺産』(やまなし文学賞受賞作)『辺境の思想』(共著)『神話が考える』がある。
宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家/批評誌〈PLANETS〉編集長
1978年生まれ。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『母性のディストピア』(集英社)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)など多数。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学兼任講師。
連載
昨年末に刊行された、『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』。 戦前までさかのぼった映画史における円谷特撮、そして戦後サブカルチャー史の中での「昭和ウルトラ」を位置付ける作品だ。その著者である福嶋亮大と、同書の企画者・宇野常寛による全4回の連載対談。初代の『ウルトラマン』をはじめ、戦後の特撮作品は現代に何を問いかけるのか。
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