『【推しの子】』は、芸能界への問題提起を成せたのか?
新見 これは作品にとっては不幸なことと言う他ないけど、結局、フィクションである『【推しの子】』が描いてきた芸能界の闇は、もうリアルの方がとっくに追い越しちゃってるじゃん。
現実世界でも、故・ジャニー喜多川氏やショーン・コムズ氏、最近だと中居正広氏といった権力者たちによる性加害問題とその隠蔽が次々に白日のもとに晒されて社会問題になっている。
新見 『【推しの子】』でも第9章「映画編」で同じ題材を扱っているけど、最後、もう一人の主人公である星野ルビーの、辛いことや悲しいことがあっても嘘をつきながら、このステージで輝くんだ、みんなに夢を見せるんだ、闇を照らしていくんだという話で締めくくられてしまっている。
作者が意図しているとは思わないけど、作品という表象を考えるなら、あの物語構造は結果的に、旧態然としたアイドル業界への現状追認になってしまってもいるんじゃないかな。
星野ルビー/画像はAmazonより
都築 そうですね。その通りだと思います。正直、俺は“赤坂アカ”という天才が、性加害問題に対してどのようなアンサーを出すのか期待していた節があったので、「映画編」については、肩透かしを食らったことは否めないです。
とはいえ、少なくとも芸能界の性加害問題への問題提起にはなっていたとは思いますが……。
うぎこ 私も問題提起にはなってると思う。「こういうのってよくないよね」って。
新見 その問題提起はこの時代にあっては、有効性としては薄れてしまっていると思うんすよね。
なぜなら、極論だけど本当に性加害問題について真面目に考えたいんだったら、『【推しの子】』を読んで心を痛めた気になってる場合じゃなくて。少なくとも現在進行形で、日本のメディアや芸能産業を巻き込んだ深刻な事案が起こっていて、しかも自分たちも結果的に黙認することで加担し続けてきてしまった一連のジャニー喜多川氏や「中居正広氏・フジテレビ問題」に向き合う方が先決じゃないですか。
被害者たちの会見とか海外での報道とか、第三者委員会から出ているレポートとかを読み込み、それでもなお二次加害、三次加害が目の前で繰り返されている中で、補償を行うために設立されたSMILE-UP. 社が結局のところ補償の内実だったり、それこそ第三者委員会を設立もせず、またかつての事情を詳しく知るはずの人物たちが説明責任を果たさず、雲隠れし続けてることを問題視するべきであって──。
ちゃんよね なるほどね。そういう意味でも『【推しの子】』はティーン向けなんじゃないかって。多くの学生は、そんなレポートとか詳細には読み込まないでしょう。
ただ結構重要なことがあって。作画の横槍メンゴさんは、「掲載誌は青年誌ですしターゲット層的に過激描写もあります」ってXで発言していて。つまりティーン向けではないと。そこで正直、僕は『【推しの子】』がわからなくなっちゃった。
都築 うーん、横槍メンゴさんのその発言の意図は、過激なシーンがあるから子どもが見るときは注意してほしい、ということだとは思いますが……。
うぎこ そもそも、赤坂アカさんは、『推しの子』でそこまで高尚なことを描きたかったわけじゃないと思うんですよね。
恐らく『【推しの子】』は、「推しが結婚したから、今死んだら推しの子に転生できるぜ」みたいな、SNSやインターネット掲示板でよく書き込まれているようなネタが着想元じゃないですか。
うぎこ だから、かなりオタクドリーム的というか、「俺が推しの子に転生したら」みたいな、本当にライトノベル的なノリというか……。
みんな、作品にエンタメ以上の意味を求めすぎなんじゃないか、って私は思うんです。別に軽い感じで読める、ライトノベル的な作品があってもいいと思うんですよね。
私は『【推しの子】』を「これは夢小説ならぬ夢漫画だな」って思いながら読んでましたよ、ずっと。
新見 それで言うと、『【推しの子】』は、物語としてずっと「嘘・虚構」と「本当・現実」が二項対立として描かれてきていたじゃないですか。
「華やかで、煌めいていて、いつも笑顔を振りまく虚像としてのアイドルは、本当に全く取りに足らない虚構なのか?」というのが作品の命題の一つだったと思うんですよね。
新見 だからこそ秀逸だったのがクライマックスだと思って。
第163話「君」でツクヨミが、星野アクアの死の間際に「その全てが『君』で、『星野アクア』だったよ」って語りかけて。あそこである意味、そのすごく単純な二元論をむしろ覆して、「実は夢や虚構も、生活や現実とも地続きなんだ」というテーマが立ち上がってくる。
新見 そのテーマにおいて、確かに芸能界という、読者にとってあまりにファンタジックな舞台はおあつらえ向きではあったよね。
しかしその虚構で踊る人物たちにも生活があって、感情や葛藤があって、それを奥に押し込めた笑顔もまたそれらと同様に本物なんだと。だからそれは単に「オタクの夢小説」とするのも、俺は違うと思うんです。
でも、そのテーマを描くためには、これは作品のせいばかりではないけど、このタイミングにあっては性加害問題が手に余る題材だったなって。
都築 そもそも、あれだけ社会現象になった『【推しの子】』で性加害問題を取り上げるにしては、踏み込みが浅かったなと。
たとえば、第141話「連鎖」では、結局、権力による圧力やメディアの忖度などにはそこまで触れられず、なぜ芸能界で性の問題が起きやすいのかを整理し、注意喚起するだけにとどまってしまっていた。
都築 これだけ現実で問題になってるからこそ、もうちょっと頑張ってほしかったのが正直なところです。
少なくともプロモーションとしては「芸能界の光と闇を描く衝撃作」という、現代社会に警鐘を鳴らす社会派漫画として世間に打ち出されていたので。
ちゃんよね なるほどね。
うぎこ いや、それは読み方が違う。私はエンタメ作品として、「オタクの夢」を描いた漫画として、『【推しの子】』はすげえ面白かったなって思いましたよ。
「恋愛リアリティショー編」「ファーストステージ編」「2.5次元舞台編」……とどんどん話が展開していって、16巻で話がまとまっていて。それこそ、赤坂アカさんの得意とする『かぐや様』みたいなラブコメディ要素もあったじゃないですか。
赤坂アカさんの漫画『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』1巻/画像はAmazonより
新見 それこそ『【推しの子】』は、『かぐや様』と真逆のテーマだと俺は読み取りました。完全に『かぐや様』と合わせ鏡になってるんですよ。
ちゃんよね 真逆のテーマなんだ。

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その時々のエンタメ業界に現れた覇権コンテンツについて編集部が議論する連載。コンテンツ自体はもちろん、そのコンテンツが出てきた背景や同時代性、消費のされかたにも目を向け、ネタバレ全開で思ったことをぶつけ合っていきます。
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