連載 | #53 漫画百景 いま読むべき漫画たち

山田尚子『きみの色』漫画版は雄弁に物語る──補完で終わらない、もう一つの物語

あえて語らない原作映画と雄弁に語る漫画 トツ子、きみ、ルイの生々しい内省

まず前提として、『きみの色』の主役となるトツ子、きみ、ルイは誰にも言えない悩みを抱えています。

他者には理解できない感覚なこともあって、トツ子は人が色で見えることを打ち明けられません。きみは家族の祖母はおろか、誰にも理由を話さず学校を退学しています。ルイは母や島民の期待を一身に背負っているため、音楽への興味関心を誰にも明かせない。

それぞれに、心に秘めたものがある。

偶然の出会いからバンドを組むことになる3人は、お互いの悩みに無遠慮に踏み込むことはありません。何かしら察してはいるのですが、絶妙な距離感で付き合っていきます。

なぜか自分の色だけは見えないトツ子/画像はAmazonから

この“絶妙な距離感”を表現する演出は、山田尚子監督の本領です。

些細な表情の変化、目の瞬きや輝き、揺れ動く髪、手足の繊細だったり大胆だったりする動き……様々な方法で登場人物たちの感情を表現してきました。

感情を言葉で語らせるのではなく、アニメーションの真骨頂である動きで露わにしてきた。そういう作家性の監督だと思います。

映画『きみの色』×主題歌「in the pocket」スペシャルムービー

さらに『きみの色』では、言葉で何かを定義することとは極力距離を取る作風が意識されていたそうです。

キャストとスタッフへの取材によって『きみの色』を紐解く公式ガイドブック『きみの色 アニメーションガイド tri-angle』に掲載されたインタビューには、以下の一節があります。

「どんな人たちのどんな映画にしようかなって考えていた時に、目標にしたいと思ったのは、それをあまり言語化しない、ということでした。気持ちに名前をつけたくなかったんですね。」

出典:ニュータイプ編集部/KADOKAWA『きみの色 アニメーションガイド tri-angle』収録 山田尚子監督へのインタビュー(147ページ)より

『きみの色 アニメーションガイド tri-angle』書影/画像はAmazonから

こうした方針もあって、映画の劇中ではトツ子、きみ、ルイの懊悩がはっきりと言語化されることはほぼありませんでした。

その分、漫画版での生々しい内省が際立ちます。漫画版では映画とは対照的に、3人の感情が明確に言語化されているのです。

特に祖母や校長、学友や後輩からの期待を重荷に感じていたきみの「期待しないで!」(1巻収録 第2話-90P)という心の叫びには、そんな風に思っていたのか……と、ちょっとした衝撃すら受けました。

これはきみが体育の時間に、トツ子の顔面にボールをぶつけてしまうシーンで出てくる言葉なのですが、映画と同じシーンでも違った印象を大きく受ける演出になっています。

自分の住む離島にトツ子、きみが来たことを喜ぶルイ/画像はAmazonから

映画で受けた印象が変わるのは、きみと同じように周囲(親や島民)から大きく期待されているルイもそうです。半ば決められた医者という将来と、音楽への憧憬に揺れる葛藤が、母や島民との些細な会話で浮かび上がるように描かれていきます。

漫画版について山田尚子監督は、「映画の裏側にある彼らの想いにどうしても惹きつけられてしまいます」と、1巻の帯にコメントを寄せました。まさにその通りで、あえて多くを語らない映画の裏側にある想いに焦点を当て、本編を丁寧に補完しているのです。

バンドの結成をアシストしていた、きみの兄の言葉

上で見てきた副読本的な側面だけで語るには惜しいのが、この漫画版です。原作をリスペクトしつつ、もう一つの『きみの色』と呼ぶべき充実の内容になっています。

その理由として本稿でピックアップしたいのが、映画にはなかった、きみの兄が妹の真面目でしっかり者な性格を慮ってかけた「ほどほどにな」という言葉。

これはトツ子からの唐突すぎるバンド結成の誘いを受けた時に、きみが迷いなく飛び込んだシーンに繋がります。

あの時きみが、“一度は全部から逃げてしまったけれど、一から“ほどほどに”新しいことをはじめてみよう”と、前向きに考えていたのだと描かれる。兄の言葉が優しくきみの背中を押して、バンドの結成をアシストしていたことがわかります。

また、この「ほどほどにな」という言葉と、ほぼ後ろ姿のみの絵という最小限の描写で、兄がきみのことをよく分かっている、良き兄であることを伝える演出がめちゃくちゃ良かったです。

『きみの色』2巻の書影/画像はAmazonから

最後に、漫画版ならではの要素として挙げたいのが、漫画のモノクロ表現で生きるトツ子の色彩感覚です。

漫画版では、トツ子の感情が高ぶる重要なシーンがカラーページに切り替わります。モノクロのページが続く中で、時折、読者の目にハッと飛び込んでくるカラーページの水彩画のような鮮やかな色。

これはトツ子の感動が、映画とはまた違う形で読者に伝わる、ならではの体験で面白さです。

トツ子がきみの色を見つけて感動する印象的なシーン/画像はAmazonから

なお余談。単行本は電子版と紙版で異なる要素がいくつかあり、まず連載時のカラーページを電子版はすべて再現しており、紙版は一部のみの再現です。

電子版1巻にはトツ子ときみが登場する前日譚が掲載されており、紙版の1、2巻にはどちらにも非売品のイラストカードが付属しています(店舗で要確認)。

購入を検討している方がいれば、どちらにするのか参考になればと思います。

©2024「きみの色」製作委員会

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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。

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