山田尚子監督インタビュー 『きみの色』で“悪意”を描かなかった理由

山田尚子監督インタビュー 『きみの色』で“悪意”を描かなかった理由
山田尚子監督インタビュー 『きみの色』で“悪意”を描かなかった理由

映画『きみの色』が公開中の山田尚子監督

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新作を発表する度に世界に衝撃を与えてきた気鋭のアニメーション監督・山田尚子さんの最新オリジナル長編アニメーション映画『きみの色』が公開中だ。

映画 聲の形』『リズと青い鳥』など、劇場監督作品5本目となる今作は、脚本に吉田玲子さん、音楽に牛尾憲輔さん、プロデューサーに川村元気さんと強力な布陣が集結。

人が「色」で見える高校生・トツ子が、美しい色を放つ同級生・きみ、音楽を愛する心を持つ少年・ルイと出会い、バンドを組んで音楽を楽しむ中で心を通わせていく様子を描いている。

『きみの色』予告

「色」を敏感に捉えるトツ子の視点と重なるように淡くも豊かな色彩で描かれる作品世界は、登場人物たちの心の機微を細かに掬い上げながらも、敵意や妬みといった負の感情とは丁寧に距離を取ることで、神聖なまでの清廉さと鼓動を感じさせる。

そんな独自の視聴感覚を生み出す『きみの色』について、山田尚子監督にインタビューを実施。作品に丁寧にまっすぐ向き合い続けるという基本に忠実に従いながら、その道の先で独自の作家性を確立したアニメーション監督には、この世界はどう見えているのだろうか。

取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多 写真:宇佐美亮

※本記事は映画『きみの色』本編ラストのネタバレが含まれます。

山田尚子『きみの色』に負の感情が登場しない理由

──公開から2週間がたち様々な反響も受け取られているかと思いますが、現状の手応えとしてはいかがでしょうか?

山田尚子 『きみの色』が映画では5本目の監督作品になるんですが、毎度初見じゃよくわからないというか、「何度も見て少しずつ好きになった」みたいに言っていただくことがあって、今回もそんな流れを感じています。

実際にもう何度も観ていただいている方もいるみたいで、すごくありがたいです。今回はオリジナル作品なので、何も知らない状態で観ていただけるようにはなっていると思いますが、見る度に視点や色味も変わってくると思うので、何回でも観ていただきたいです(笑)。

『きみの色』のメインキャラクター。左から影平ルイ、日暮トツ子、作永きみ

──今作でもそうですが、山田監督作品の中では「キャラクターの尊厳を踏みにじらない」というこだわりが見られるのが特徴的です。それはどういった意識の変遷のもとで生まれたのでしょうか?

山田尚子 何か特別な出来事があったというよりは、これまでものづくりをしてきた積み重ねだと思います

人生の半分くらいアニメーションの仕事をしているので、もう切り離して考えられないというのもありますが、作品をつくるごとに考え方も変わってきたし、その時々で経験してきたことにも影響を受けて、徐々に培われていったという感覚でしょうか。

今作に取り組むにあたっては、人の心ってものすごく傷つきやすいものだと思うからこそ、大切に扱いたいという思いがありました。一人ひとりが持っている美学や、隠したい気持ちに真摯に向き合いたい

でもそれは、それぞれの秘密を明らかにするということではなくて、秘密は秘密のままで抱えつつ、「そういう気持ちになっているのは自分だけかも?」と思ってしまう悩みや葛藤がちょっと楽になってくれたらいいなとか、そんな風に考えていました。

──特に『きみの色』は登場人物たちの悪意や敵意、妬みなどが描かれていない点も特徴的です。

山田尚子 人と人が感情をぶつけ合ったり、そこで生まれる嫌な気持ちや怖い気持ちだったり、自分の中の傷や後悔みたいなものは、皆さんもう経験されているんじゃないかと。それらがリフレインされるような感覚は、今回の作品では表現したくなかったんです

自分の中の傷や過去の失敗にフォーカスするんじゃなくて、そうした経験があってもちゃんと他にも道があるってことを描けた方がいいと考えました。『きみの色』の表現の根底には、そういった意識があったと思います。

トツ子(CV.鈴川紗由さん):全寮制の学校に通う女子高校生。子供のころから人が「色」で見えるが、唯一自分自身の「色」だけは見えない。担当はピアノ

──負の感情から湧き上がる反骨精神などがキャラクターの原動力となる場合もありますし、そこを描いた方が物語を動かしやすい面もあると思います。特にそうした描写と相性のいいバンドを題材とした『きみの色』で、そこに踏み込んでいかないという意味では、監督なりの反骨精神の現れだったとも言えるのでしょうか?

山田尚子 そこはあえて逆を行きますとかでは全くなくて、ただ真っ直ぐやっただけという気持ちです。

ただ、今っていろんな気持ちや考え方に名前がついちゃって、本当は自分の思っていることは微妙に違っても、大きなひとくくりにされちゃうことがあるなと思っていて。

そうやって便利な言い方に巻き込まれてしまうことに対しての歯がゆさとか、怒りみたいな気持ちはありました。それを直接キャラクターたちに言ってもらったりしたわけではないですが、私の中にあった反骨精神の一つではあったと思います。

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