山田尚子監督インタビュー 『きみの色』で“悪意”を描かなかった理由

異色の3ピースバンド・しろねこ堂が結成されるまで

──3人が組むバンド・しろねこ堂は、ギターボーカルとピアノ、テルミン、オルガンというバンドものとしてはかなり珍しい編成です。バンドもの自体は企画の初期から構想されていたそうですが、こうした特殊な編成になることも考えられていたのでしょうか?

山田尚子 最初からこの編成ありきで考えはじめたわけではありませんでした。3人は自分の好きなものがあって、ただそれが必ずしも大多数のものと合致しているわけではない、というところから、いわゆる王道な感じにはならないほうがらしいかなという気がしていて

きみちゃんはギターの練習として「アヴェ・マリア」を弾いているんですが、いわゆる一般的に「アヴェ・マリア」として思い浮かべるのとは異なる、グレゴリオ聖歌の「アヴェ・マリア」を弾いていますよね。

きみ(CV.髙石あかりさん):トツ子と同じ学校に通っていたが、突然中退。同居する祖母に辞めたことを言えず、毎日学校へ行くふりをしながら古本屋でアルバイトをしている。担当はボーカルとギター

ルイ(CV.木戸大聖さん):離島に住む、音楽が好きで物静かな男の子。母親に家業の病院を継ぐことを強く期待され、好きな音楽の道に進みたい本心を隠している。担当はテルミン・オルガン

山田尚子 それはきみちゃん自身が何か感じるものがあって、ずっと弾いているんだと思っています。彼女の「アヴェ・マリア」をきっかけに、トツ子とルイ君とも繋がる。

3人がバンドを結成した後、ルイ君がテルミンで同じフレーズを演奏するんですが、そうやって大多数とは違うところで通じ合うってことはあると思うんです。

元々感性が合う3人が出会ったというわけでもなくて、きっとあのタイミングだったからという偶然の中の奇跡もあると思います。そうした登場人物たちの関係についていろいろ話し合っているうちに、バンドの編成も決まっていきました。

──バンドの編成としては特殊でしたが、楽曲は実際に高校生が演奏できるくらいのクオリティラインを意識されていたそうですね。

山田尚子 トツ子ときみはこれまでずっと楽器の演奏に打ち込んできたわけではないので、ひとつのコードを練習していたら一曲弾けるようになったみたいな流れは目指したかったので、どの曲もあまり展開の無い構成になっていたりします。

シンプルで無骨にも見えるけど、逆にそれがカッコいいというか、私のイメージする高校生オルタナバンドのカッコよさを表現できたかなとは思いつつ、「水金地火木土天アーメン」のギターリフはちょっと難しめかもしれません(笑)。

劇中歌「水金地火木土天アーメン」ダンスPV

──しろねこ堂の音楽ジャンルはテクノと表現されることもあるようですが、監督のイメージとしてはオルタナなんですか?

山田尚子 この作品をはじめる時にあったイメージは「俺の考えた最強のオルタナバンド!」でした(笑)。でも音楽チームはニューウェーブと言っていたので、いろんな捉え方があっていいと思います。

「山田監督はしろねこ堂のバンド構成について、どうお考えか?」

──『きみの色』では、プロデューサーの川村元気さんとご一緒するのも初めてだったかと思いますが、今回のバンド編成も含め、何かオーダーはあったのでしょうか?

山田尚子 川村さんについて今回ご一緒して感じたことは、何か特別なことをするというよりは、その場にあるパレットの中からより良い色を選ぼうとする人なのかなということでした。なので、特別に形式的なことをオーダーされたというよりは、この作品の持つムードを大切に考えておられる印象でした。

ただ「山田監督はこのバンド構成について、どのようにお考えか?」と聞かれました(笑)。しろねこ堂はドラムもいないし、一般的なバンド編成ではないので、かなりアバンギャルドな音楽になるんじゃないかというところを心配されたんじゃないかと思います。

でも、「ルイ君がパソコンで音楽をつくれるし、音楽も牛尾(憲輔)さんに頼むので大丈夫だと思います」と伝えました。

川村さんとしても別にそこを修正したかったとかではなくて、「わかりました」と言ってくれましたし、「共犯関係だけは結んでおこうと思って」とのことだったので、この企画を進めていくための確認だったんだと思います。

──奇しくも様々なバンドアニメが群雄割拠するタイミングでの公開となりましたが、そもそもバンドものについてはどのような魅力を感じてらっしゃるのでしょう?

山田尚子 企画を考えはじめた頃はバンドアニメが少なかったので、今描いたら珍しく思ってもらえるんじゃないかと。まさかこんなにバンドアニメがたくさん出ているタイミングで公開になるとは思っていませんでした(笑)。

私自身バンドが好きというのもありますが、そもそも楽器を演奏するという時点ですごいのに、それを誰かと一緒に合わせてやるとなると、もう想像もできないような高度なことだと思っています。

そんなバンドに対する憧れや尊敬を持ちつつ、私も作品づくりを通じてその魅力の源泉を知りたいなという気持ちもあって今回の制作に取り組みました。

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