連載 | #30 KAI-YOU COMIC REVIEW

薄場圭『スーパースターを唄って。』レビュー 今一番面白い漫画が描く暴力と詩

薄場圭『スーパースターを唄って。』レビュー 今一番面白い漫画が描く暴力と詩
薄場圭『スーパースターを唄って。』レビュー 今一番面白い漫画が描く暴力と詩

漫画『スーパースターを唄って。』1巻の書影/画像はAmazonから。本文中の画像はすべて薄場圭さんのXから。

あ、これは絶対に面白い

そう直感する作品に出会える幸運な瞬間が、生きていると稀にあります。漫画『スーパースターを唄って。』もそうでした。

タイトルを見た瞬間にピンときました。1話冒頭の見開きを見た瞬間に勝ってました。すぐ分かりました。

断言します。今一番面白い漫画は『スーパースターを唄って。』です。

目次

薄場圭の衝撃の連載デビュー作『スーパースターを唄って。』

『スーパースターを唄って。』は、2月に『月刊!スピリッツ』(小学館)で連載開始。作者・薄場圭(うすばけい)さんの連載デビュー作です。

10月30日に待望の1巻が刊行。2巻が12月27日(水)に刊行されます。

主人公の大路雪人。半グレに借金を返すためにストリートで売人をしている。

主人公は17歳の青年・大路雪人(おおじゆきと)。

薬物中毒の母親の元に育ち、貧困にあえいでいた幼少期。それでもたくましく生きていた雪人は、どんな時も自分を守ってくれた姉・大路桜子に先立たれてしまいます。

母親も姉がこの世を去る2年前に薬物が原因で亡くなっており、天涯孤独の身に。唯一残ったものが借金。母親の最低な置き土産でした。それを半グレに返すため、大阪の路上で売人をやっています。

薄給でこき使われている雪人は、いつ借金を返し終えられるか分からない毎日に感情を殺して耐え忍んでおり、いつしか人生を諦めていました。

しかし、そんな希望のない毎日でも、ノートに書きなぐるようにして感情=詩(リリック)を書き溜めることだけはずっと続けていました。

本作は、そんな雪人が、新進気鋭のビートメイカーであり親友の益田メイジのトラックに希望を見つけ、彼にフックアップされストリートを駆け上がっていく物語です。

何かむかつくことがあってもやり返さず、ノートを手に取る雪人。

ANARCHY、Awich、SEEDAらの楽曲をサンプリング

本題に入る前に一つだけ言及しておきたいのが、『スーパースターを唄って。』が題材にしている、ラップ/ヒップホップシーンへのリスペクトについてです。

例えば各話のタイトル。

1話は、作者が「ニートtokyo」出演時に自分のヒーローだと語ったANARCHYさんの「Fate」。
ニートtokyoに出演した薄場圭さん 『スーパースターを唄って。』が生まれた経緯を語る
2話はAwichさんの「Shook Shook」。3話はTHA BLUE HERBの「AME NI MO MAKEZ」……と、ヒップホップアーティストの名曲が続きます。

各話の内容も大なり小なり曲に関連しており、読みながら楽曲を聞くと味わい深い。

加えて、主人公・雪人の境遇は、作者・薄場圭さんとの対談インタビュー(外部リンク)が公開されているSEEDAさんの「花と雨」を彷彿とさせます。

本作には「花と雨」をモチーフにしたであろう背景が描かれているコマもあるので、探してみてください。

克明に描かれる暴力 絵が語る主人公・雪人の諦念

では本題。

本作でまず目を引くのが絵です。フルアナログで描かれる線の濃淡と強弱にじみ出る迫力に惹き込まれます。

全編に渡って背景も細かく描き込まれており、何よりストリートの質感がリアルです。作品の世界観を言葉で説明するのではなく、絵で語る。これができる作家はそういません。

表通りと薄暗い裏通りが対比され、次のページでぽつんと佇む雪人が描かれる。彼が表通りを歩けない人間であることがでよくわかる。

この絵は、主人公の雪人をがんじがらめにしている暴力も克明に描写します。

その象徴が、生傷が絶えない雪人の顔です。

雪人は1話だけで3回も殴られており、顔に傷が無い方が珍しいぐらい。1話以降も、事あるごとに流血しています。

しかし殴られてもへらっと笑って受け流す雪人。彼にとっては殴られることが当たり前なのです。

雪人の姉・桜子の死に関わっていることが示唆される芦谷。雪人の先輩。

怒りを噛み殺し、笑うことで心を守っている。それでなんとか精神の均衡を保っていることが、絵を見ているだけで伝わってくる。

この絵で語る表現が『スーパースターを唄って。』の核です。雪人のモノローグと詩は、この絵に乗ることでより際立つ。各話のタイトルを楽曲から引用していることもあって、それぞれのエピソードが一編の詩のように感じられる──。

雪人がため込んでいた感情を炸裂させる第6話「悪党の詩」は、最初から最後まで鳥肌が立つ腕で読み進めました。最高でした。

『スーパースターを唄って。』におけるハッピーエンドとは

前述した作者・薄場圭さんとSEEDAさんの対談では、本作はハッピーエンドで終わると明言されています。

本作におけるハッピーエンドとは何でしょうか?

最愛の姉を亡くし、働けども働けども減らない借金に苦しみ、将来への希望を見い出せない雪人は、物語の開始時点で最底辺にいます。

本作におけるハッピーエンドとは、単純に考えれば底辺から成り上がり、ヒップホップスターとしてFlexすることでしょう。あるいはその先で、諦めていた人生に希望を見い出し、自分は生きていていいと実感することでしょうか。

路地裏に投げ捨てていた人生を、マイクを握り、取り返す。

その日まで俺は、想像すらしてなかった。このクソみたいな世界に復讐するために、いつか諦めたこの人生を変えるために、戦ってもいいんだと。 1話「Fate」から

しかし雪人を縛る暴力的な環境が、それを簡単には許してくれそうにありません。

雪人が借金を返しているからこそ、メイジら周りの友人には手を出していない半グレたち。彼らとのトラブルが起こらない方がむしろ不思議です(1巻ではその端緒が描かれてもいます)。

気になるのが、上にある画像の見開き(筆者はこれでクラいました)です。雪人の右耳に光るピアスは、本来メイジが付けていたものにも見えます(桜子の付けていたピアスを、雪人とメイジで受け継いでいるっぽい)。これが何を意味するのか……。

また、そもそも雪人自身が、不本意とはいえ半グレの一員であることの負い目も見過ごせません。

幼い頃からの付き合いがあるメイジはともかく、これから出会う人々やリスナーが、諸手を挙げて雪人を歓迎してくれるとは限らないでしょう。

何にせよ、険しい道のりになることは間違いない彼の戦いが、どのような結末を迎えるのか。しっかり追っていきたいと思います。

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なお、現在小学館のWeb漫画サイト「ビッコミ」で、1〜3話、7話〜最新12話まで無料で公開されています。

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