キミノベル楽曲にみるカンザキイオリの別の表情
筆者が「それを世界と言うんだね」を聴いてまず驚いたのは、これまでネガティブなテーマやムードに包まれていたカンザキイオリさんの楽曲が、一転して明るく、ポジティブなメッセージを表現し伝えていたことにある。2021年12月、『第72回NHK紅白歌合戦』に歌い手/アーティスト・まふまふさんが初出場。その歌唱曲として代表曲「命に嫌われている。」が発表され、大きく注目を集めることになったカンザキイオリさん。
その初期の作風といえば、自棄になって荒んだ心模様そのもの。生と死と孤独感に苛まれて口にする希死念慮や脅迫観念を、ギターをグシャグシャと搔き鳴らした音楽へと昇華していた。刺々しく毒々しい言語表現は、閉塞感を抱えるリスナーの心を震わせた。
一方、そういった個人の心境を打ち明けるような自白的な口調ではなく、物語やストーリーを語るようにして、その心の手触りや機微を言葉巧みかつ豊かな文章表現で描いてみせようと試み続けてきた。 「それを世界と言うんだね」では、これまでの大きな特徴だったネガティブさの代わりに、子どもたちのピュアな言葉やイメージをパッチワークのように繋ぎ合わせた歌詞が並ぶ。そこには「自分はこの世界の中心にいる」という自覚があり、自身の人生を進めていこうという意志がある。
未来の自分がタイムスリップして過去の自分に語りかけようとする様は、タイムリープもの/パラレルワールドものを感じさせる。
そんなストーリーラインを下敷きに、様々な未来を想像して選びとろうと願い、大好きなあの子を守ろうとする人物を綴っていく。MVを見ればよりそのイメージを受け取りやすいだろう。
そのポジティブな言葉遣いは幼き匂いを残しながら、これまでカンザキさんの奥深いところに眠っていた「困難を克服する」というタフさや勇気を前面に描いているようでもある。もしも私が主人公なら
夢を描いた自分を追って
タイムスリップそして言うんだ
後悔するよ 勇気を出して
怪盗になってみたい
猫になってみたい
ハッカーになってみたい
魔族になってみたい
時間をとめて 神様になって
流れ星になって 世界を歩きたい
(中略)
もしも僕が主人公なら
ハッピーエンドにする力で
悪役だと罵られても
好きなあの子だけを守りたい
紙飛行機で君と語り合う
駆け引きの日々 君に恋をする
流れ星になって空を落ちて
君と出会う 「それを世界と言うんだね」歌詞より
花譜さんの歌声も、これまでの作品のように切実さを訴えるのではなく、どこか柔らかさあるテンションに整っている。 必要以上に言葉が詰め込まれていないメロディラインや、どことなく漂う全能感・てらいのない感覚・ポジティブな視線には、もちろん「キミノベル」の読者に向けた楽曲だからという狙いもあるだろう。
しかし、それまでカンザキさんが描いていた自傷や自虐のようなイメージから離れ、自分に自信をもった人物像が届けられているのもまた事実。
この変化は、カンザキさんの言葉を借りるなら「自分の感情を余すことなく伝えるための手段」から「ただ自分が楽しむための新たなおもちゃ」へ、物語に対するスタンスがそもそも変わったことに遠因がありそうだ。
それ故に「それを世界と言うんだね」は、これまでのカンザキイオリさんや花譜さんとは別の表情を引き出し、印象的な楽曲となったのだ。
KAMITSUBAKI STUDIOの深淵へ探る
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カンザキイオリ
ボカロP/アーティスト
2014年、ボカロPとしてアーティスト活動を開始。数々の人気曲を発表し、「命に嫌われている。」で初の殿堂入りを果たす。2019年には1stアルバム「白紙」を発表。大人気バーチャルシンガー花譜の全楽曲の提供や映画、ゲームの主題歌など活躍の場を広げる。2020年、大ヒット曲「あの夏が飽和する。」を元にした同名小説で作家デビュー。2021年夏からセルフボーカル活動も本格化する今最も注目のアーティスト。
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