TikTokをはじめとしたSNSやストリーミングサービスの爆発的な普及により、若年層の音楽に対する向き合い方は以前とは違う様相を呈している。
ボカロPという出自に持つ米津玄師やYOASOBIらを筆頭に、「香水」が爆発的にヒットした瑛人、シンガーソングライター・あいみょんの楽曲提供で話題を呼んだDISH//。
最先端のトレンドであるTikTokでの人気が火付け役となり、楽曲がLINE MUSICなどのストリーミングサービスでランキング上位になることも珍しくない。
彼らのような若い世代に聴かれているアーティストを並べてみると、その音楽に共通点を見出すことができる。今の世代に聴かれる音楽が持つものとは一体何なのか。
若者がどのように音楽と向き合っているかも考えながら紐解いていく。
文:安藤エヌ 編集:小林優介
目次
ボカロ曲とTikTok、聴かれる音楽に共通する要素
TikTokにおいて、近年注目を集めているジャンルがある。人工音声ソフト・ボーカロイド(VOCALOID)を用いた楽曲、いわゆる“ボカロ曲”といわれるジャンルだ。もともとニコニコ動画で流行したボカロ曲は、なぜ、TikTokでも注目を集めているのか?
それには大きく分けて2つの理由がある。ひとつは15秒~30秒という尺でも充分にキャッチーとみなされる中毒性を帯びたメロディ。そして、歌詞にパンチラインがあることである。
両方とも、短い秒数で記憶に残る楽曲が人気とされるTikTokでは、特に強く印象づけられる。
昨今では、単に「何度でも聴きたくなるメロディ」だけにとどまらず、歌詞もメッセージ性の高さや心情に寄り添うものであることなど、切ない気持ちをリスナーの間で共有できる楽曲が支持される傾向にある。
こういった感傷的な気持ちになることを表す「エモい」という言葉には、単純に心を締め付けられるというだけではなく、ロジカルに思考すれば、なぜ心を動かされるのかがわかる構造を有していることが多い。
少年少女の不安や葛藤をメインに、大人になるにつれ取捨選択される感情や失速した動機などに対するアンチテーゼを織り込む。
ボカロ曲にはこういった思春期や若い情動を歌った曲も存在し、TikTokでボカロ曲がより多くのリスナーに聴かれ愛されている理由は、上に記した「短い秒数でリスナーの心を掴む要素」や「エモさ」を併せ持っているところにある。
TikTokとボカロ曲との親和性の高さ
唯一無二といえる独自の世界観を展開する彼/彼女らは、前述したようにTikTokで繰り返し再生されるような楽曲を多くリリースしている。
多くの情報に囲まれ、興味関心が移ろいやすく、分散しがちな若者世代にとって、SNSは「飽きない娯楽」としての立ち位置を確立した。SNSを通じて、好きなタイミングで新たな音楽と出会えるこの構図は、ファスト的に音楽とコネクトするという意味で最も理にかなった形なのではないだろうか。
時間の流れが速く、刹那的に生きる若年層にとって、素早く好みの音楽に触れられることは何よりも合理的かつ、自分のスタイルに合っていると感じることだろう。
音楽を好きになる「15秒~30秒」。たったそれだけ、と思うかもしれないが、若者にとってはたかが15秒、されど30秒なのだ。1つの動画を見たことがきっかけで、ヘビロテするほど好きな音楽と出会う。今の時代には充分に起こりえる現象だ。
ボカロやTikTokの文脈を有する「mzsrz(ミズシラズ)」
音楽との出会いの場であるTikTok、そこで人気を集めるボカロ曲──現在のシーンを象徴するかのような文脈を有して活動を開始したのが、女性5人組ボーカルコレクティブ「mzsrz(ミズシラズ)」だ。彼女たちをプロデュースしているのは、キャッチーかつポップな世界観と耳に残る歌詞が、TikTokをはじめとしたSNS上で人気を誇っているDECO*27。ボカロPとして、「愛言葉」や「毒占欲」「二息歩行」など11曲が、100万回再生を突破するなどの記録を打ち立ててきた。
通常、アーティストの公式サイトやMVには、TwitterやInstagramといったSNSアカウントが掲載される。
しかし「mzsrz」メンバーが個々で所有しているアカウントを見てみると、TikTokとInstagramのみ。多くのユーザーが使用しているTwitterは存在しない。ここが、他のアーティストとの明確な違いの1つだ。
「mzsrz」の曲には、「TikTokで再生するのに向いている曲」という前提があり、その上で彼女たちはパフォーマンスしている。
実際に聴くとわかるのだが、感情を矢継ぎ早に詰め込みスピーディーに吐露するサビ前や、サビの疾走感など、「聴くと思わず自分も歌いたい、挑戦したい」と、ボカロ曲に通じる自分なりに表現してみたくなる魅力がある。 1月11日にリリースされたデビュー曲のタイトルは「夜明け」。鬱屈した心を抱え込みながらも、一筋の光が差し込むことを望みながら夜明けを迎えていこう、というメッセージが歌われた楽曲は、今を生きる若者にSNSというコネクタを通して響き、共振していく。
では、その共振の核となる若者たちが抱える苦悩とは何か。そして、「mzsrz」の楽曲はその苦悩にどう寄り添っているのだろうか。
デビュー曲「夜明け」は生きづらさを抱く者を照らす「救済」
コロナ禍で家にこもらざるを得ない状況によって、現代人の心が以前より内省的に向き始めた。若者たちは息苦しさを感じたり「生きる意味」や「自分自身の存在意義」を模索している。アイデンティティの確立や個性の尊重が重んじられる社会へと移り、よりいっそう「自分は何者なのか」という問いが深く胸に刺さり、さ迷い、苦悩する若者が増えてきた。
そんな彼らが夜になり、暗い自室に帰ってきて、まず見るのがSNSだ。自分の存在を確かめたい、ないし自分の存在を意図的にかき消したい。切迫した感情が巡る中、自分の思いを受け止めてくれる場所として、最も繋がりやすいSNSを見つめる。
そして「mzsrz」と出会う。 今すぐにでもこの暗い夜を乗り越えたい、光の差す場所へと行きたい。刹那的な衝動に「mzsrz」の「夜明け」は応えていく。
朝を迎えて自分をリセットし、もう一度上を向いて生きて行きたいという感情をミクロな距離で、まるで今そこにいるかのようなリアリティで歌い上げるのが「mzsrz」というアーティストなのである。
一息で吐き出される歌詞は、ボカロ曲でもしばしば見受けられる。生身の人間ではなく人工音声ソフトが歌うことで、極限までリリックを詰め込み、聴く者にメッセージを伝える。 「mzsrz」はそんな歌詞を、自分たちの肉声で歌っている。そうすることで、ボーカロイドを通して歌われる「切実さ」と、生身の人間が持つ「温度」を併せ持つことを可能にしている。最初の一歩踏み出せない 夢を閉じ込めていたくはない
でもどうしたらいいのかわからない こんな世界なら見たくはない
限界にいるなら 目をそらせばいい
突き抜ける歌声はダイレクトに、リスナーの感情とリンクしていく。彼女たちが歌詞を追いかけるとき、同じ呼吸でリスナーも音楽を聴いている。
「泣いていい」「違ってもいい」現代人の1万通りの闇に寄り添う
サビの「肯定」は、夜の真っ只中にいるリスナー1人ひとりに用意された「肯定」だ。ここで泣いていいよ 違ってもいいよ
出会っていく反対側も きっと悪くはないはずさ
mzsrzの「夜明け」は、真っ暗闇だったり行き止まりだったり、それぞれに形の違う1人が感じる10,000通りの「夜」に対して、「mzsrz」は10,000通りの「夜明け」を提示している。自分の居場所も存在も見失ってしまった暗闇の中の若者は、彼女たちの歌に救いという名の光を見出す。
自分たちのことを歌ってくれているアーティストを見つけ出すのがリスナーであり、そして「夜」の中で「光」を見つけるために必要なのがSNSという場所だ。
「生きづらさの救済」という現代が抱える課題において、SNSの存在は必要不可欠であると言っていい。なぜならスマートフォンが現代人にとって必携であり、同時にSNSと自分とを繋げる手段だからだ。現代の象徴としてスマートフォンがあり、SNSがある。 より「個人的」に、それぞれ違った苦しみに苛まれる若者を「救済」することができるのは、今という時代だからこそ可能なのかもしれない。
この「救済」は、ミクロな世界を圧倒的に等身大な楽曲性で歌うミクロ・ミュージックとも言え、「mzsrz」が成そうとしている「1人ひとりに音楽を届けること」にも通じている。
それぞれの「夜」に「夜明け」を差し出すというのは、不特定多数に向けて音楽を放つのではなく、あくまで対話、対面の形として音楽を届けたいという確固たるスタンスになりうる。
TikTokをはじめとしたSNSは手段を選ぶためのツールなのであって、彼女たちはそれを「選び取った」のだ。そうすることで届く音楽に、リスナーは「この歌の主人公は私だ/僕だ」と気づき、曲を「知らなかった」から「好きになる」というプロセスを歩んでいく。
刹那を生きる人々へ「mzsrz」が届けるもの
DECO*27が「mzsrz」を通して放った音楽は、揺るがない1つの光となって、刹那を生きる若者たちを照らしていく。その足掛かりとしてSNSがあるということ、リスナーとアーティストを繋げる1本の糸が無数に重なって強固なネットワークとなり今の時代に存在していること、5人の歌う「夜明け」が、今も誰かを救いたいと願っていること。
そういった明確なコンセプトに裏付けされた彼女たちの音楽は、夜に光を差し込ませ、届かないと思っていた暗闇の底にいる若者に手を差し伸べていくだろう。
若者と向き合う音楽性
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安藤エヌ
ライター
20代のフリーライター。日本大学芸術学部文芸学科卒。音楽、マンガ、映画など主にエンタメ分野で執筆活動中。直近では「ROCK'IN ON JAPAN 2020年7月号」にてシンガーソングライター・あいみょんのコラムを寄稿。過去に同メディアのWebでもコラムを執筆しているほか、様々なエンタメメディアに記事を寄稿している。「今」触れられるカルチャーについて、新たな価値観と現代に生きる視点で文章を書くことを得意とする。
Twitter:@7th_finger
安藤エヌ // あんどうえぬ
ライター
20代のフリーライター。日本大学芸術学部文芸学科卒。音楽、マンガ、映画など主にエンタメ分野で執筆活動中。直近では「ROCK'IN ON JAPAN 2020年7月号」にてシンガーソングライター・あいみょんのコラムを寄稿。過去に同メディアのWebでもコラムを執筆しているほか、様々なエンタメメディアに記事を寄稿している。「今」触れられるカルチャーについて、新たな価値観と現代に生きる視点で文章を書くことを得意とする。
Twitter:@7th_finger
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