「ホストは、恋愛でもひとりの女の子に固執してはいけないんです」
ホストたちの“失恋話”を集めた同人誌『失恋ホスト』が、11月24日に東京流通センターで開催の『第二十九回文学フリマ東京』で頒布された。2002年に始まって以来、文フリという場にホストたちが出展すること自体が初めてだという(身分を隠して出展していた可能性はある)。
仕掛け人であり同誌の責任編集をつとめるのは、実話誌やカルチャー誌などで編集者/ライターとして活動、最近では又吉直樹さんの『人間』で編集を担当した九龍ジョーさん。執筆陣は歌舞伎町で数多くのホストクラブを経営するgroup BJのホストたちだ。
ホストが同人誌をつくるという時点でなかなか妙ではあるが、加えて、過去の話であるとはいえ、ホストが自らのリアルな恋愛を告白することだって異例である。
果たして彼らはどのような心境でこの同人誌に臨んだのか。実際にエッセイを執筆したgroup BJ REOPARD会長のレオさん、同社長の一也さん、group BJ ONE’S CREATION社長の一条ヒカルさんの3名に話を聞いた。
取材・文:園田もなか 撮影:宇佐美亮 編集:恩田雄多
だが、意外にも客足は途絶えない。1人買って去っては、また1人立ち寄って本を手に取る。彼らの本を購入したとある女性客はこう言う。
「私は普段ホスト通いをしているんですけど、彼らのグループのクラブに行ったことはありません。今日も別の同人誌を買いに文学フリマに来ただけで、こんな本があることすら知らなくて。たまたま通りかかったら、ホストが自分たちの失恋を書いているって言うから驚きました。
いまはとにかく、怖いですね。読むのが楽しみ、ではなくて、ただただ怖い。ホストのリアルな恋愛事情なんて知ったら、夢が壊れちゃうかもしれないし」 しかし、彼女はこう付け加える。
「ただ、自分の指名ホストが書いてたとしても、やっぱり買うとは思いますけどね。普段彼らと話しているときって、楽しいけど、どこかリアルじゃない感じがするんです。好きな人のことはできる限り知りたいし、よりリアルな話が書いてあるなら、怖いけど読みたい」
彼女の言う通り、この『失恋ホスト』はかなり赤裸々でリアルな恋愛事情が描かれているのが特徴だ。
自分のお客さんと恋仲になった話もあれば、恋人を太客(多額のお金を使う客)にするためお店で大金を使わせた話、さらには仕事のために彼女に無慈悲な選択をさせた話……どれも読ませる文章で、一読者としては面白いが、ホストという彼らの仕事に何かしらの支障はきたさないのか心配になるほど、あけすけに描かれている。
そんな今、このような赤裸々な恋愛話を書くことで「やっぱりホストって……」と世間のイメージが振り出しに戻ってしまうような不安はなかったのだろうか。
『失恋ホスト』で、過去の彼女との物語「真夏の十字架」を書いたレオさんはこう答える。
レオ「そこは確かに難しいところですね。この本をどう捉えるか、さらに偏見が強まるのか、つまはじきにあうのか、それは僕らにはわかりません。ただ『嘘はつかない』って決めているんです。
これは僕たちの企業としてのポリシー。だから、今回ホストたちの失恋話を書くとなったとき、そのお題に真摯に向き合おうと思った。嘘をつかないことを突き詰めた結果こういうエピソードが集まった、という感じです」 また、9年前に、自らの彼女を太客にするため、とある“実験”を試みた物語「実験の帰結」を執筆した一也さんはこう付け加える。
一也「書くのには、すごく勇気がいりました。今でも自分の中できちんと整理がついている話ではないですから。ただ、最大の失恋を書くとなったときに、この話を避けることはできなかった。最後まで読んでもらって、それがどういう印象を受けるかは僕にはわかりません。
でも、この話が書けたのは、group BJという会社がホストたちのことを、まず1人の人間として見てくれるからだと思っています。他の会社だったら、リアルな恋愛事情をホストに書かせることなんてしなかっただろうし、たとえ同じような本をつくろうとしても、ベタなフィクションばかり集まっていたかもしれない。僕たちだからこそつくれた本だ、という自負はあります」
一也「居心地は……そりゃ気まずいですよね。東京流通センターは一度も降りたことのない駅で、普段接することのないような方々に囲まれて……もし僕が文学に携わる人間だったらきっと『遊びで来てんじゃねえよ』って思っているだろうし。
ただ、各ブースにいる方々を見ると、夢を追っているからこそ湧くような生き生きした感じがあって、ここって一種のパワースポットのような場所になっているんだなって。僕らとはまったく方向性は違うかもしれないけど、何かにひたむきに情熱を向けている姿にはかっこいいなと思いました」
パワースポットという表現はあながち間違いではない。事実、近年の「文学フリマ」は出展・来場者数ともに年々増加傾向にある。今回も6000人以上が参加して過去最高を記録している。 レオ「さっき実際にブースを見て周ってきたんですけど、どれもひとつの分野をニッチに掘り下げたようなものばかりで、その探究心をひしひしと感じましたね。これって絶対好きじゃないとできないじゃないですか。売れる/売れないに関係なく、自分たちの好きなことをやる、という情熱は僕たちにとってはすごく新鮮でしたね。
それに、そういう方々にも僕たちの本を手に取ってもらえるのは素直に嬉しいです。『ホストが失恋話をしたら面白いよね』と内輪で盛り上がっていた話が、こうやって実際に反響をもって買ってもらえている。お客様にとって文学的なメリットが少しでもあるんだって思うと、平和島まで来た甲斐がありました」
一条ヒカル(以下、一条)「当時付き合っていたこと自体は、後輩やお客様に話したこともあるけど、彼女を叩いたことは今回初めて告白しました。女性に暴力を振るうって、男性としてはもちろん、ホストという職業としてもあるまじき行為ですから。当然誰にも話すことができなかった。
そういう話を書いたのは、自分に釘をさすという意味が大きかったです。彼女に恥じないホストとして生きていくという志を、書きながら改めて思い返すことができた。
他のホストたちもそうですけど、今回の同人誌は『禊』(みそぎ)のような気持ちで書いている人が大半だと思いますよ。書いたあと、みんな憑き物がとれたような顔をしている」 それでも「最初にこの同人誌の話を聞かされたときはみんなびっくりした」という。
一条「今回の執筆陣は比較的キャリアも長くて、人生経験も豊富なホストたちですが、そんな彼らが一番言いたくないことを書くことになるわけですから。だから、こうやって本が売れていくのを見ていても、嬉しいけどちょっと不安ですね。読んだ人がどう思うんだろうって」
一条さんは、今回の同人誌に込めた想いについて「僕たちも人間なんだよっていうことは知ってもらいたい」と語る。
一条「ホストのゲスいエピソードばかり書かれていると思われがちかもしれないけど、決してそういうつもりで書いてはいないんです。そこには、共感しづらいかもしれないけど、僕たちなりの愛が確かに存在している。僕たちはいつだってガチで生きている。それを理解してもらえたら嬉しいです」
そこには「彼女」と「お客さん」の境があまり無いようにも読み取れてしまうが、一条さんはこう続けた。
一条「僕たちホストは、そもそも仕事とプライベートの境がまったくないんですよ。僕たちにとって最も重要なのは『ホストとしてどう生きるか』ということ。業界には『365日24時間ホスト』という言葉があるのですが、それは恋愛も例外ではなく、オンオフをつけないことがホストとしての生き方なんです。
ホストとして大成するためには、その生き方以外にありません。たとえば、仕事とプライベートでオンオフをつけて、1人の女性だけを愛すると決めてしまった場合、その女性に『ホストをやめてくれ』と言われたら揺らいでしまうし、本当にホストを辞めざるを得なくなってしまうかもしれない」 一条さんによれば、よくあるホストの恋愛失敗談として、1人の女の子に振り回されてしまうケースがあるという。好きな女の子にのめり込んでしまい、結果的に彼女の売り上げのみが頼りのヒモ状態になってしまう。
最初のうちはいいが、彼女が稼げなくなってしまったり、ホスト本人が30代になったときに、急にボロが出てしまうというのだ。
一条「結局、そのホストはプロ意識が低く努力をしてこなかったから、彼がホストとして通用するのは彼女だけなんです。他の女性には通用しない。それに気づかず新しいお店を開いて失敗してしまったりする。
だから僕たちは、1人の女の子には固執してはいけないんです。常に、もっとモテるために『いい男』になる努力をし続けないといけない。そもそも、ホストとして大成しなければ結局彼女のことは大切にできないし、売れてないホストってかっこよくは見えないですよね」 一条「魅力が失われれば、彼女にだって愛想をつかされてしまう。女性だって、ホストとしてきらびやかな部分に惹かれてきているはずなので。
ホスト業界に足を踏み入れる男の子たちは、みんな何かに一度挫折したことがある子ばかりです。そういう子たちが『でもやっぱり普通の男の子の人生は歩みたくない』とか『お金持ちになりたい』と思ってこの世界に入ってくる。それはもう藁(わら)をも掴むような覚悟ですし、そういう心持ちの人じゃないとやっていけない業界でもあります」
そんな売り上げ至上主義でもある彼らは、今回「同人誌」という一般流通には乗らない形で本をつくり、売れるかどうかよりもまず「好き」にこだわって本づくりをしている人たちが集まる「文学フリマ」という場にやってきた。それは彼らのスタイルに反するものにはならないのか。
一条「これはグループでの立ち位置になりますが、今の僕たちの最終目標は、ホスト業界を底上げすることです。そういう意味では、今回の同人誌も十分に意味のあることだと思っています。 ホストって、ここ10年くらいでだいぶイメージが変わってきたんですよね。歌舞伎町浄化作戦や、ホストたちのメディア露出が増えたこと、SNSによってコミュニケーションが取りやすくなったことが大きいです。でも、偏見のある職業であることは、いまだ変わりありません。
僕たちの会社は、もっとホストが憧れの職業となるように働きかけたい。だから、決して女性を裏切るような行為を推奨しないし、社会的なコンプライアンスも徹底して守るようにしています。
そういう企業が業界で勝つことで、結果的に歌舞伎町をクリーンにすることにつながると思っているから。グループのホストは、ゴミのポイ捨てもしないし、当たり前のことですけど、車が一台も通らないような道であっても、信号は絶対に守りますからね」 一条さんは「そういう僕らを通して、ホストという職業の偏見を解きたい」と語る。実際、彼らの文学フリマでの振る舞いは、他のブースの人たちと何も変わりなく、自分たちがつくった同人誌が売れれば喜ぶ普通の男性であった。
一条「本が売れていること自体が思っていた以上に嬉しいんですよね。僕たちホストは、仕事を名乗るだけでシャットアウトされてきた人間だし、近づいてもらうどころか、煙たがられてばかりだったことがずっとコンプレックスだったので」
「たまたま通りかかったら、ホストたちが失恋集を書いているというので、面白そうだなと。僕にとって、ホストという仕事は、偏見があるわけではないけど、縁遠い職業です。そもそもリアルな恋愛とも無縁の印象がある。だから、そういう彼らが『恋愛』をどう捉えて、どう描くのか、それが気になったんですよね」
一読者としては、これがホストの偏見を払拭するものかどうかは未知数だ、としか言えない。しかし、「失恋」をテーマに書こうとなり、そのお題に各々に真摯に向き合い、禊のような時間を経て生まれたエッセイは、どれも生々しく赤裸々で面白い。 単なる面白ネタでも、つかの間の遊びでもなく、ホストが常に「ガチ」であることは十分に伝わる同人誌であり、文学フリマの場にふさわしいクオリティーであることは確かだった。
今後は一部の書店でも発売予定だという『失恋ホスト』。文学フリマとはまた違い、今度はホストクラブによく通う人や、それこそ筆者を指名しているお客さんも買うことになるだろう。果たして客層が変わったときに彼らの失恋がどう受け止められるのか、それは未知数だ。
それでも、ホストとして女性に真摯に向き合おうとする彼らなら、どんな反応であっても信念は揺らがない──取材を終え、不思議とそう思えてしまった。
ホストたちの“失恋話”を集めた同人誌『失恋ホスト』が、11月24日に東京流通センターで開催の『第二十九回文学フリマ東京』で頒布された。2002年に始まって以来、文フリという場にホストたちが出展すること自体が初めてだという(身分を隠して出展していた可能性はある)。
仕掛け人であり同誌の責任編集をつとめるのは、実話誌やカルチャー誌などで編集者/ライターとして活動、最近では又吉直樹さんの『人間』で編集を担当した九龍ジョーさん。執筆陣は歌舞伎町で数多くのホストクラブを経営するgroup BJのホストたちだ。
ホストが同人誌をつくるという時点でなかなか妙ではあるが、加えて、過去の話であるとはいえ、ホストが自らのリアルな恋愛を告白することだって異例である。
果たして彼らはどのような心境でこの同人誌に臨んだのか。実際にエッセイを執筆したgroup BJ REOPARD会長のレオさん、同社長の一也さん、group BJ ONE’S CREATION社長の一条ヒカルさんの3名に話を聞いた。
取材・文:園田もなか 撮影:宇佐美亮 編集:恩田雄多
読むほうだって、怖い『失恋ホスト』
当日、ブースを覗くと、ホストたちが自ら売り子として声を張っている。黄色いカラーにポップなイラストの表紙、そして蛍光灯の下でもきらびやかなオーラを放つ男たち。どう見ても異様な空間がそこにはあった。だが、意外にも客足は途絶えない。1人買って去っては、また1人立ち寄って本を手に取る。彼らの本を購入したとある女性客はこう言う。
「私は普段ホスト通いをしているんですけど、彼らのグループのクラブに行ったことはありません。今日も別の同人誌を買いに文学フリマに来ただけで、こんな本があることすら知らなくて。たまたま通りかかったら、ホストが自分たちの失恋を書いているって言うから驚きました。
いまはとにかく、怖いですね。読むのが楽しみ、ではなくて、ただただ怖い。ホストのリアルな恋愛事情なんて知ったら、夢が壊れちゃうかもしれないし」 しかし、彼女はこう付け加える。
「ただ、自分の指名ホストが書いてたとしても、やっぱり買うとは思いますけどね。普段彼らと話しているときって、楽しいけど、どこかリアルじゃない感じがするんです。好きな人のことはできる限り知りたいし、よりリアルな話が書いてあるなら、怖いけど読みたい」
彼女の言う通り、この『失恋ホスト』はかなり赤裸々でリアルな恋愛事情が描かれているのが特徴だ。
自分のお客さんと恋仲になった話もあれば、恋人を太客(多額のお金を使う客)にするためお店で大金を使わせた話、さらには仕事のために彼女に無慈悲な選択をさせた話……どれも読ませる文章で、一読者としては面白いが、ホストという彼らの仕事に何かしらの支障はきたさないのか心配になるほど、あけすけに描かれている。
この同人誌は、嘘をつかないと突き詰めた結果
2004年の「歌舞伎町浄化作戦」(クリーンなまちづくりを目的とした積極的な店舗の摘発など)を皮切りに、最近では現役ホストがタレントとしてメディアで活躍、group BJでもハロウィン後の渋谷でゴミ拾いを実施するなど、ホストという職業への印象は変わりつつある。そんな今、このような赤裸々な恋愛話を書くことで「やっぱりホストって……」と世間のイメージが振り出しに戻ってしまうような不安はなかったのだろうか。
『失恋ホスト』で、過去の彼女との物語「真夏の十字架」を書いたレオさんはこう答える。
レオ「そこは確かに難しいところですね。この本をどう捉えるか、さらに偏見が強まるのか、つまはじきにあうのか、それは僕らにはわかりません。ただ『嘘はつかない』って決めているんです。
これは僕たちの企業としてのポリシー。だから、今回ホストたちの失恋話を書くとなったとき、そのお題に真摯に向き合おうと思った。嘘をつかないことを突き詰めた結果こういうエピソードが集まった、という感じです」 また、9年前に、自らの彼女を太客にするため、とある“実験”を試みた物語「実験の帰結」を執筆した一也さんはこう付け加える。
一也「書くのには、すごく勇気がいりました。今でも自分の中できちんと整理がついている話ではないですから。ただ、最大の失恋を書くとなったときに、この話を避けることはできなかった。最後まで読んでもらって、それがどういう印象を受けるかは僕にはわかりません。
でも、この話が書けたのは、group BJという会社がホストたちのことを、まず1人の人間として見てくれるからだと思っています。他の会社だったら、リアルな恋愛事情をホストに書かせることなんてしなかっただろうし、たとえ同じような本をつくろうとしても、ベタなフィクションばかり集まっていたかもしれない。僕たちだからこそつくれた本だ、という自負はあります」
文学に携わる人間なら「遊びで来てんじゃねぇ」って
そんな自信のある一冊が出来上がった彼らは、しかしどこか居心地が悪そうだ。一也「居心地は……そりゃ気まずいですよね。東京流通センターは一度も降りたことのない駅で、普段接することのないような方々に囲まれて……もし僕が文学に携わる人間だったらきっと『遊びで来てんじゃねえよ』って思っているだろうし。
ただ、各ブースにいる方々を見ると、夢を追っているからこそ湧くような生き生きした感じがあって、ここって一種のパワースポットのような場所になっているんだなって。僕らとはまったく方向性は違うかもしれないけど、何かにひたむきに情熱を向けている姿にはかっこいいなと思いました」
パワースポットという表現はあながち間違いではない。事実、近年の「文学フリマ」は出展・来場者数ともに年々増加傾向にある。今回も6000人以上が参加して過去最高を記録している。 レオ「さっき実際にブースを見て周ってきたんですけど、どれもひとつの分野をニッチに掘り下げたようなものばかりで、その探究心をひしひしと感じましたね。これって絶対好きじゃないとできないじゃないですか。売れる/売れないに関係なく、自分たちの好きなことをやる、という情熱は僕たちにとってはすごく新鮮でしたね。
それに、そういう方々にも僕たちの本を手に取ってもらえるのは素直に嬉しいです。『ホストが失恋話をしたら面白いよね』と内輪で盛り上がっていた話が、こうやって実際に反響をもって買ってもらえている。お客様にとって文学的なメリットが少しでもあるんだって思うと、平和島まで来た甲斐がありました」
ホストが「一番言いたくない」話を書く
同人誌『失恋ホスト』では、メディア露出などでも知名度の高い一条ヒカルさんも執筆。女性の頬を叩くという衝撃的な場面から幕が開く物語「僕をつくってくれた君へ」は、彼がホストとして駆け出しの頃から付き合い、結婚まで視野に入れていた女性との恋愛談である。一条ヒカル(以下、一条)「当時付き合っていたこと自体は、後輩やお客様に話したこともあるけど、彼女を叩いたことは今回初めて告白しました。女性に暴力を振るうって、男性としてはもちろん、ホストという職業としてもあるまじき行為ですから。当然誰にも話すことができなかった。
そういう話を書いたのは、自分に釘をさすという意味が大きかったです。彼女に恥じないホストとして生きていくという志を、書きながら改めて思い返すことができた。
他のホストたちもそうですけど、今回の同人誌は『禊』(みそぎ)のような気持ちで書いている人が大半だと思いますよ。書いたあと、みんな憑き物がとれたような顔をしている」 それでも「最初にこの同人誌の話を聞かされたときはみんなびっくりした」という。
一条「今回の執筆陣は比較的キャリアも長くて、人生経験も豊富なホストたちですが、そんな彼らが一番言いたくないことを書くことになるわけですから。だから、こうやって本が売れていくのを見ていても、嬉しいけどちょっと不安ですね。読んだ人がどう思うんだろうって」
一条さんは、今回の同人誌に込めた想いについて「僕たちも人間なんだよっていうことは知ってもらいたい」と語る。
一条「ホストのゲスいエピソードばかり書かれていると思われがちかもしれないけど、決してそういうつもりで書いてはいないんです。そこには、共感しづらいかもしれないけど、僕たちなりの愛が確かに存在している。僕たちはいつだってガチで生きている。それを理解してもらえたら嬉しいです」
「365日24時間ホスト」の恋愛事情
ホストの恋愛話が「共感しづらい」というのは確かにそうだろう。どのエピソードも1人の女性との特別な関係性を描いている点では誠実な恋愛のように思えるが、そこには必ず、他の女性客との関係や、彼らの売り上げへの貢献など、ホストという職業特有の要素が混在してくる。そこには「彼女」と「お客さん」の境があまり無いようにも読み取れてしまうが、一条さんはこう続けた。
一条「僕たちホストは、そもそも仕事とプライベートの境がまったくないんですよ。僕たちにとって最も重要なのは『ホストとしてどう生きるか』ということ。業界には『365日24時間ホスト』という言葉があるのですが、それは恋愛も例外ではなく、オンオフをつけないことがホストとしての生き方なんです。
ホストとして大成するためには、その生き方以外にありません。たとえば、仕事とプライベートでオンオフをつけて、1人の女性だけを愛すると決めてしまった場合、その女性に『ホストをやめてくれ』と言われたら揺らいでしまうし、本当にホストを辞めざるを得なくなってしまうかもしれない」 一条さんによれば、よくあるホストの恋愛失敗談として、1人の女の子に振り回されてしまうケースがあるという。好きな女の子にのめり込んでしまい、結果的に彼女の売り上げのみが頼りのヒモ状態になってしまう。
最初のうちはいいが、彼女が稼げなくなってしまったり、ホスト本人が30代になったときに、急にボロが出てしまうというのだ。
一条「結局、そのホストはプロ意識が低く努力をしてこなかったから、彼がホストとして通用するのは彼女だけなんです。他の女性には通用しない。それに気づかず新しいお店を開いて失敗してしまったりする。
だから僕たちは、1人の女の子には固執してはいけないんです。常に、もっとモテるために『いい男』になる努力をし続けないといけない。そもそも、ホストとして大成しなければ結局彼女のことは大切にできないし、売れてないホストってかっこよくは見えないですよね」 一条「魅力が失われれば、彼女にだって愛想をつかされてしまう。女性だって、ホストとしてきらびやかな部分に惹かれてきているはずなので。
ホスト業界に足を踏み入れる男の子たちは、みんな何かに一度挫折したことがある子ばかりです。そういう子たちが『でもやっぱり普通の男の子の人生は歩みたくない』とか『お金持ちになりたい』と思ってこの世界に入ってくる。それはもう藁(わら)をも掴むような覚悟ですし、そういう心持ちの人じゃないとやっていけない業界でもあります」
ホストと名乗るだけで煙たがられてきた
大成してお金持ちになることを目標としてきた彼らにとって、ずっと目指してきたものは「トップの売り上げ」であったはずだ。そんな売り上げ至上主義でもある彼らは、今回「同人誌」という一般流通には乗らない形で本をつくり、売れるかどうかよりもまず「好き」にこだわって本づくりをしている人たちが集まる「文学フリマ」という場にやってきた。それは彼らのスタイルに反するものにはならないのか。
一条「これはグループでの立ち位置になりますが、今の僕たちの最終目標は、ホスト業界を底上げすることです。そういう意味では、今回の同人誌も十分に意味のあることだと思っています。 ホストって、ここ10年くらいでだいぶイメージが変わってきたんですよね。歌舞伎町浄化作戦や、ホストたちのメディア露出が増えたこと、SNSによってコミュニケーションが取りやすくなったことが大きいです。でも、偏見のある職業であることは、いまだ変わりありません。
僕たちの会社は、もっとホストが憧れの職業となるように働きかけたい。だから、決して女性を裏切るような行為を推奨しないし、社会的なコンプライアンスも徹底して守るようにしています。
そういう企業が業界で勝つことで、結果的に歌舞伎町をクリーンにすることにつながると思っているから。グループのホストは、ゴミのポイ捨てもしないし、当たり前のことですけど、車が一台も通らないような道であっても、信号は絶対に守りますからね」 一条さんは「そういう僕らを通して、ホストという職業の偏見を解きたい」と語る。実際、彼らの文学フリマでの振る舞いは、他のブースの人たちと何も変わりなく、自分たちがつくった同人誌が売れれば喜ぶ普通の男性であった。
一条「本が売れていること自体が思っていた以上に嬉しいんですよね。僕たちホストは、仕事を名乗るだけでシャットアウトされてきた人間だし、近づいてもらうどころか、煙たがられてばかりだったことがずっとコンプレックスだったので」
つかの間の遊びではない『失恋ホスト』
当日、予想以上に男性が多く訪れていた『失恋ホスト』ブース。特にとある男性客の言葉が印象的だった。「たまたま通りかかったら、ホストたちが失恋集を書いているというので、面白そうだなと。僕にとって、ホストという仕事は、偏見があるわけではないけど、縁遠い職業です。そもそもリアルな恋愛とも無縁の印象がある。だから、そういう彼らが『恋愛』をどう捉えて、どう描くのか、それが気になったんですよね」
一読者としては、これがホストの偏見を払拭するものかどうかは未知数だ、としか言えない。しかし、「失恋」をテーマに書こうとなり、そのお題に各々に真摯に向き合い、禊のような時間を経て生まれたエッセイは、どれも生々しく赤裸々で面白い。 単なる面白ネタでも、つかの間の遊びでもなく、ホストが常に「ガチ」であることは十分に伝わる同人誌であり、文学フリマの場にふさわしいクオリティーであることは確かだった。
今後は一部の書店でも発売予定だという『失恋ホスト』。文学フリマとはまた違い、今度はホストクラブによく通う人や、それこそ筆者を指名しているお客さんも買うことになるだろう。果たして客層が変わったときに彼らの失恋がどう受け止められるのか、それは未知数だ。
それでも、ホストとして女性に真摯に向き合おうとする彼らなら、どんな反応であっても信念は揺らがない──取材を終え、不思議とそう思えてしまった。
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