7月19日から公開中の大ヒット劇場用アニメ作品『天気の子』。今や、世界的に注目される新海誠監督、待望の最新作だ。
国内での興行収入が250億円を超えた前作『君の名は。』から3年、最新作では、天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女を美しい色彩と繊細な言葉で描き出す。
公開25日間で動員584万人、興行収入78億円突破が発表。日本中で再び新海旋風が巻き起こっているといっていいだろう。映画『天気の子』スペシャル予報
キャラクターデザインは『君の名は。』から田中将賀さんが続投、作画監督はスタジオジブリ出身の田村篤さんが担当している。
前作に引き続き、劇中全ての音楽を担当するのはRADWIMPS。本作では前作以上に、ストーリーづくりの場に参加し、ビデオコンテ作業に並行して音楽をつくるという新たな試みが行われたという。
本インタビューでは、前作『君の名は。』のヒットを受けて、否が応でも生じる『天気の子』への観客の期待と監督の重圧。制作段階で語った「賛否を生む」発言の真意についてその全貌を探っていく。
新海誠(以下、新海) ムーブメントと呼べるものかはわかりませんけども、ひとまず正直な気分として安心しました。
実際、映画をつくるときに「いくら以上があなたの仕事ですよ」って言われるわけではないですが、製作会社全体の空気として「当然大ヒットだよね」みたいなことをやっぱりみんなにじませるわけですよね(笑)。映像制作のスタッフはそんなことないんですけど。
すごく宣伝してくれていたことも知っていたので、公開後はどうも落ち着かない気分が続いていました。それでもヒットという数字がでているのであれば良かったです。
僕の仕事はヒットさせることとは少し違って観客の気持ちに何をどう届けるかだとは思うのですが、単純にホッとしたなって。 ──幅広い層に人気があるように思いますが、監督ご自身はどう受け止めていますか?
新海 実際映画館の正確な分布までは出ていないとは思うんですけど、やっぱり夏休みですから一番多く観てくれているのは10〜20代のような気がしています。
僕のことを昔から追ってくださっている30〜40代の僕と同い年くらいのファンの方がいると思うんですけど、そこは人口が多いから幅広い層に人気があると思われているのかもしれません。
それよりもう少し上の50〜60代の方っていうのはまだ『天気の子』はアクセスできてないのではないか、という感覚ではあります。 ──みんながアクセスしやすいような工夫はされましたか?
新海 さほど意識的にしたりはしませんでした。『天気の子』が“若い2人のラブロマンス”っていうつもりもなかったですし。
もう少し大きなテーマとして、疑似家族──家出した少年が東京で人と出会って疑似家族のようなものを形成していって。そこで出会った相手がたまたま異性でしたが──一人のすごく大切なヒロインと大きなことを乗り越えるっていう話にしようと思っていました。
「告白できるか」とか「恋が実るか」とかは、この映画のテーマにはしていないと思うんですよね。
随分テイストは違うし『天気の子』より遥かに社会派ではあると思うんですけど、僕は『万引き家族』(是枝裕和監督の映画)を見たときに、ちょっとだけやりたいと思ってることは近いな、と感じたんです。子供がいてお姉ちゃんがいておばあちゃんがいて少年がいて。
是枝さんほど幅広い層に届くとは思っていませんが、小学生から子供がいる年代まで見てもらえたら良いなって思っていました。
新海 製作中や脚本を書いてるときは特になかったです。完成したのが7月7日だったので、制作が終わってから世間を見渡してみたら宣伝が始まっているのに気づいて…。それから、こんなに宣伝してくれているんだってちょっと変なプレッシャーは出てきました。
──街を歩いたら、色んなところにポスターがありますよね?
新海 そうなんですよね。もうそこら中にあって電車、駅、バス、コンビニ、テレビをつけたらCMがやっているし。ちょっとやだなと思ってました(笑)。
──重圧は感じなかったんでしょうか?
新海 あんまり覚えていないだけかもしれないんですけど、でも脚本を書き初めのときは数字は想定しようがないわけですよね。もしかしたら海外でつくっているような方々には10億、20億、30億売れるっていうノウハウがあるのかもしれませんが、少なくとも国内映画でそのノウハウを持っている監督はいないと思います。
じゃあプロデューサーや配給会社にはそのノウハウがあるかと言えば、それもないと思います。本作のプロデューサーの川村元気にしても非常に優秀な人ですけれど、これをやっておけば売れるというスタイルの仕事をする人ではありませんし。
数字を最初に考えてもしかたがないというのは、最初からありました。とにかく面白い映画をつくって、それが数字に結びついていけば理想だと。 ──「とにかくいい映画をつくる」ということはプレッシャーにはならなかったんでしょうか?
新海 それが大きな課題でした。自分には良い悪いの判断はできないので。いい映画か悪い映画かは観客の判断だと思います。
でももう少し客観的な指標として、面白いっていうのはあると思うんですよ。「嫌いだけど悔しいけどおもしろかった」「退屈はしなかった」「意味がわからなかったけど泣いちゃった」、そういうのって全部面白さだと思うので。
そういう意味で面白さをどうやって達成しよう、というのはひたすら考えていました。
新海 「賛否両論があるんじゃないか」という意味は、単純に、帆高という少年が大事な人のために法にそむく行動もとるんですね。
社会のルールを犯すような人をとにかくそれだけで許せないっていう人もたくさんいると思います。
そういう意味で帆高を許せないし、彼が叫んだあるセリフを受けて、この主人公には全く感情移入できないという人もいっぱい出てくるであろうと思ってました。
それはもう、そういう話なんだから(そういう人が)出てくるのはしょうがないと。
あのセリフ、彼の選択を、政治家がやったら叩かれるでしょう。けれど、エンタメならば叫べるわけじゃないですか。
エンタメとして文句なく面白いといって言ってもらえれば、この映画を嫌いな人にとっても面白いと感じてしまう瞬間があるんだとしたら、1900円払ったけどそんなに損したと思わせないんじゃないかと。
逆に言うと、そこまでは持っていける映画にしないとっていうのはすごく考えました。覚悟というほどでもないんですけど、でもそうしなきゃっていうのはずっと考えていて。
「観なければよかった」とまでは思われないようにするためには、どういう強度を映画の中に注いでいけば良いんだろうっていうのはずっと考えてきました。 ──社会のルールを犯す帆高について、企業さんとのタイアップとか大変だったのでは? という心配もありました。
新海 意外だと思われるかもしれないんですけど、(タイアップ企業も)みんな好きでこの作品にのってくださってるんですよ。
製作委員会に参加していただいた企業の方々はもちろん脚本も事前に読んでいるし、あとから「公序良俗に反するものはできません」って言ってくるわけではないんです。
一緒にやりたいです、こっちもやってみたいですっていうのが一致した人達で。
だからタイアップ先がこうしてくれなきゃ困るっていうのは全くなかったんですね。物語の結末も「わかっていてやりたい」と言ってくださってるわけで。
結構、映画づくりの現場ってお客さんが思うよりずっとピュアなんです。
例えば、タイアップ先の都合でこうなりました、プロデューサーの都合でこうなりましたってよくネットの噂では聞きますよね。そういう邪推をするのもお客さんとしてはきっと楽しいですから。それは全然OKなんですけど(笑)。
少なくとも僕たちのチームはちょっとでも面白い映画にするためにこうしましょうっていうっていう考えが行動原理で。だから特に気遣いはなかったですね。もちろん、僕の知らないところですごく苦労してる人がいっぱいいるのかもしれないですけど(笑)。
僕からは寛容さも持った上でみなさん担当してくださってる風に見えてました。
新海 結構並行して進めました。10ヶ月くらいかかるんですけど、ビデオコンテまでは僕が家で一人で集中して描くんですね。
一人というかビデオコンテと並行して音楽をつくってもらうので、僕とRADWIMPSの野田洋次郎さんたちの共同作業に近いです。
ただビデオコンテをつくり終えるまで制作チームが待機していたら、本編制作が間に合わなくなるのでビデオコンテが7〜8割終わった時点で、本編の制作がスタートするんです。
映像制作にはいろんな段階があるんですが、作画レイアウトという、コンテよりもっと詳細な、一カット一カットの基本的なアングルであったりとかを決める設計図を、映画の必要カット分チェックしたあとで、小説を書き始めました。
レイアウトの後には、原画、動画、仕上げ、撮影とたくさんの工程があるのですが、スタッフがそれを手掛けてくれている合間を縫って週に1日か2日、家で小説を書く日をもらっていました。 ──新海監督にとって小説はやはり必要な工程なんでしょうか?
新海 実は『君の名は。』のときは、嫌々書き始めたんですよね(笑)。映画をつくりながら同時で書くなんて出来ないと。
抵抗して揉めたのですが、最後に、「新海さんが書くか、ゴーストライターが書くかどっちか」という話になり、さすがに「ゴーストは嫌なんで書くしかないと」(笑)。
やっぱり映画制作でいっぱいいっぱいになっちゃうから、小説を書く時間はあまりないんですけど、『君の名は。』は同時進行で小説を書いてみて、それが経験としてすごくよかったんですね。本編に持ち帰れるものがいっぱいあって。
もう物語は決まっちゃってるから話が変わることはないんですけど、細かなことで言うと、『君の名は。』でいうと彗星のディティールだったりとか、出版社の校閲や専門家の監修が入ると、映画制作とは違う視点での整合性みたいなものが一段上がります。
あと何よりも、僕がアフレコでキャストに向き合うときに、「このキャラクターはこのときこういう気分なんですよ」っていうことをよりはっきり言えるようになるんです。
小説はやっぱり気持ちを描写していくものなので、脚本を書いてるときにはそこまで考えていなかったキャラクターの気持ちみたいなものが自分の中で答え合わせ出来て、僕としてはキャストへのディレクションを、より自信を持ってできるんです。
あとは、『君の名は。』の時は、読者からの反応も実はすごく大きかったんです。子供向けにふりがなをふって、さし絵も入った児童向け文庫もでたのですが、小学生がたくさん読んでくれて、娘の友だちも「読んでるよ」って言ってくれたりすると、こういう面白さもあるんだって。そんなこともあって、小説を並行して書くのも悪くないなと。
だから今回の『天気の子』は、小説を書くことを前提に、最初のスケジュールを決めていたので楽しく取り組めました。
新海 実はそれほど深い意味はないんです。東京五輪に限らず日本中の風景が、ここ10年でだいぶ大きく変わってしまいました。
僕は昔、千駄ヶ谷に住んでいて、『君の名は。』でも千駄ヶ谷駅を書いてるんです。しかし今、千駄ヶ谷駅は五輪に向けて拡張工事をしていて、もうあの風景はないんですよね。
僕は都心なのにぽつんと改札がひとつしかない千駄ヶ谷の風景が好きでしたし、思い入れはあったんです。 変わっていくのは当然ですが、「街がどんどん良くなっていく」というポジティブな高揚感はあまりないと感じます。街は変わっていっちゃうけど、良くなっていくのか悪くなっていくのかは分からない。むしろ、どちらかというとちょっと悪くなっていくんじゃないか、それもまあ仕方ないな、そんな諦念のような感覚が今は共有されているような気がします。
ちょっと後ろ向きではあるんですけど、僕の気分はやはりそれです。いずれ来るであろう災害への恐れも相まって、東京の明るい未来像というものは今はちょっと抱きにくくなっている。
でもどうせ変わってしまうのであれば、突きぬけた変化を描きたい。そんな気持ちが『天気の子』のベースにはありました。
(c)2019「天気の子」製作委員会
後編に続く
国内での興行収入が250億円を超えた前作『君の名は。』から3年、最新作では、天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女を美しい色彩と繊細な言葉で描き出す。
公開25日間で動員584万人、興行収入78億円突破が発表。日本中で再び新海旋風が巻き起こっているといっていいだろう。
前作に引き続き、劇中全ての音楽を担当するのはRADWIMPS。本作では前作以上に、ストーリーづくりの場に参加し、ビデオコンテ作業に並行して音楽をつくるという新たな試みが行われたという。
本インタビューでは、前作『君の名は。』のヒットを受けて、否が応でも生じる『天気の子』への観客の期待と監督の重圧。制作段階で語った「賛否を生む」発言の真意についてその全貌を探っていく。
『天気の子』で描きたかったテーマ
──現時点での興収40億円が明らかになりましたが、ここまで『天気の子』がムーブメントになってることに関して、率直な感想をお聞かせください。新海誠(以下、新海) ムーブメントと呼べるものかはわかりませんけども、ひとまず正直な気分として安心しました。
実際、映画をつくるときに「いくら以上があなたの仕事ですよ」って言われるわけではないですが、製作会社全体の空気として「当然大ヒットだよね」みたいなことをやっぱりみんなにじませるわけですよね(笑)。映像制作のスタッフはそんなことないんですけど。
すごく宣伝してくれていたことも知っていたので、公開後はどうも落ち着かない気分が続いていました。それでもヒットという数字がでているのであれば良かったです。
僕の仕事はヒットさせることとは少し違って観客の気持ちに何をどう届けるかだとは思うのですが、単純にホッとしたなって。 ──幅広い層に人気があるように思いますが、監督ご自身はどう受け止めていますか?
新海 実際映画館の正確な分布までは出ていないとは思うんですけど、やっぱり夏休みですから一番多く観てくれているのは10〜20代のような気がしています。
僕のことを昔から追ってくださっている30〜40代の僕と同い年くらいのファンの方がいると思うんですけど、そこは人口が多いから幅広い層に人気があると思われているのかもしれません。
それよりもう少し上の50〜60代の方っていうのはまだ『天気の子』はアクセスできてないのではないか、という感覚ではあります。 ──みんながアクセスしやすいような工夫はされましたか?
新海 さほど意識的にしたりはしませんでした。『天気の子』が“若い2人のラブロマンス”っていうつもりもなかったですし。
もう少し大きなテーマとして、疑似家族──家出した少年が東京で人と出会って疑似家族のようなものを形成していって。そこで出会った相手がたまたま異性でしたが──一人のすごく大切なヒロインと大きなことを乗り越えるっていう話にしようと思っていました。
「告白できるか」とか「恋が実るか」とかは、この映画のテーマにはしていないと思うんですよね。
随分テイストは違うし『天気の子』より遥かに社会派ではあると思うんですけど、僕は『万引き家族』(是枝裕和監督の映画)を見たときに、ちょっとだけやりたいと思ってることは近いな、と感じたんです。子供がいてお姉ちゃんがいておばあちゃんがいて少年がいて。
是枝さんほど幅広い層に届くとは思っていませんが、小学生から子供がいる年代まで見てもらえたら良いなって思っていました。
期待と重圧
──前作『君の名は。』のヒットを受けて、やはりプレッシャーはあったんでしょうか?新海 製作中や脚本を書いてるときは特になかったです。完成したのが7月7日だったので、制作が終わってから世間を見渡してみたら宣伝が始まっているのに気づいて…。それから、こんなに宣伝してくれているんだってちょっと変なプレッシャーは出てきました。
──街を歩いたら、色んなところにポスターがありますよね?
新海 そうなんですよね。もうそこら中にあって電車、駅、バス、コンビニ、テレビをつけたらCMがやっているし。ちょっとやだなと思ってました(笑)。
──重圧は感じなかったんでしょうか?
新海 あんまり覚えていないだけかもしれないんですけど、でも脚本を書き初めのときは数字は想定しようがないわけですよね。もしかしたら海外でつくっているような方々には10億、20億、30億売れるっていうノウハウがあるのかもしれませんが、少なくとも国内映画でそのノウハウを持っている監督はいないと思います。
じゃあプロデューサーや配給会社にはそのノウハウがあるかと言えば、それもないと思います。本作のプロデューサーの川村元気にしても非常に優秀な人ですけれど、これをやっておけば売れるというスタイルの仕事をする人ではありませんし。
数字を最初に考えてもしかたがないというのは、最初からありました。とにかく面白い映画をつくって、それが数字に結びついていけば理想だと。 ──「とにかくいい映画をつくる」ということはプレッシャーにはならなかったんでしょうか?
新海 それが大きな課題でした。自分には良い悪いの判断はできないので。いい映画か悪い映画かは観客の判断だと思います。
でももう少し客観的な指標として、面白いっていうのはあると思うんですよ。「嫌いだけど悔しいけどおもしろかった」「退屈はしなかった」「意味がわからなかったけど泣いちゃった」、そういうのって全部面白さだと思うので。
そういう意味で面白さをどうやって達成しよう、というのはひたすら考えていました。
「賛否両論を生む」発言の真意
──『天気の子』は賛否両論を巻き起こす映画になると制作段階の過程で語っていますが、そういう覚悟が必要だったんでしょうか?新海 「賛否両論があるんじゃないか」という意味は、単純に、帆高という少年が大事な人のために法にそむく行動もとるんですね。
社会のルールを犯すような人をとにかくそれだけで許せないっていう人もたくさんいると思います。
そういう意味で帆高を許せないし、彼が叫んだあるセリフを受けて、この主人公には全く感情移入できないという人もいっぱい出てくるであろうと思ってました。
それはもう、そういう話なんだから(そういう人が)出てくるのはしょうがないと。
あのセリフ、彼の選択を、政治家がやったら叩かれるでしょう。けれど、エンタメならば叫べるわけじゃないですか。
エンタメとして文句なく面白いといって言ってもらえれば、この映画を嫌いな人にとっても面白いと感じてしまう瞬間があるんだとしたら、1900円払ったけどそんなに損したと思わせないんじゃないかと。
逆に言うと、そこまでは持っていける映画にしないとっていうのはすごく考えました。覚悟というほどでもないんですけど、でもそうしなきゃっていうのはずっと考えていて。
「観なければよかった」とまでは思われないようにするためには、どういう強度を映画の中に注いでいけば良いんだろうっていうのはずっと考えてきました。 ──社会のルールを犯す帆高について、企業さんとのタイアップとか大変だったのでは? という心配もありました。
新海 意外だと思われるかもしれないんですけど、(タイアップ企業も)みんな好きでこの作品にのってくださってるんですよ。
製作委員会に参加していただいた企業の方々はもちろん脚本も事前に読んでいるし、あとから「公序良俗に反するものはできません」って言ってくるわけではないんです。
一緒にやりたいです、こっちもやってみたいですっていうのが一致した人達で。
だからタイアップ先がこうしてくれなきゃ困るっていうのは全くなかったんですね。物語の結末も「わかっていてやりたい」と言ってくださってるわけで。
結構、映画づくりの現場ってお客さんが思うよりずっとピュアなんです。
例えば、タイアップ先の都合でこうなりました、プロデューサーの都合でこうなりましたってよくネットの噂では聞きますよね。そういう邪推をするのもお客さんとしてはきっと楽しいですから。それは全然OKなんですけど(笑)。
少なくとも僕たちのチームはちょっとでも面白い映画にするためにこうしましょうっていうっていう考えが行動原理で。だから特に気遣いはなかったですね。もちろん、僕の知らないところですごく苦労してる人がいっぱいいるのかもしれないですけど(笑)。
僕からは寛容さも持った上でみなさん担当してくださってる風に見えてました。
映画制作と同時進行だった小説執筆
── 今回も原作小説『小説 天気の子』のとき進められたんですか?新海 結構並行して進めました。10ヶ月くらいかかるんですけど、ビデオコンテまでは僕が家で一人で集中して描くんですね。
一人というかビデオコンテと並行して音楽をつくってもらうので、僕とRADWIMPSの野田洋次郎さんたちの共同作業に近いです。
ただビデオコンテをつくり終えるまで制作チームが待機していたら、本編制作が間に合わなくなるのでビデオコンテが7〜8割終わった時点で、本編の制作がスタートするんです。
映像制作にはいろんな段階があるんですが、作画レイアウトという、コンテよりもっと詳細な、一カット一カットの基本的なアングルであったりとかを決める設計図を、映画の必要カット分チェックしたあとで、小説を書き始めました。
レイアウトの後には、原画、動画、仕上げ、撮影とたくさんの工程があるのですが、スタッフがそれを手掛けてくれている合間を縫って週に1日か2日、家で小説を書く日をもらっていました。 ──新海監督にとって小説はやはり必要な工程なんでしょうか?
新海 実は『君の名は。』のときは、嫌々書き始めたんですよね(笑)。映画をつくりながら同時で書くなんて出来ないと。
抵抗して揉めたのですが、最後に、「新海さんが書くか、ゴーストライターが書くかどっちか」という話になり、さすがに「ゴーストは嫌なんで書くしかないと」(笑)。
やっぱり映画制作でいっぱいいっぱいになっちゃうから、小説を書く時間はあまりないんですけど、『君の名は。』は同時進行で小説を書いてみて、それが経験としてすごくよかったんですね。本編に持ち帰れるものがいっぱいあって。
もう物語は決まっちゃってるから話が変わることはないんですけど、細かなことで言うと、『君の名は。』でいうと彗星のディティールだったりとか、出版社の校閲や専門家の監修が入ると、映画制作とは違う視点での整合性みたいなものが一段上がります。
あと何よりも、僕がアフレコでキャストに向き合うときに、「このキャラクターはこのときこういう気分なんですよ」っていうことをよりはっきり言えるようになるんです。
小説はやっぱり気持ちを描写していくものなので、脚本を書いてるときにはそこまで考えていなかったキャラクターの気持ちみたいなものが自分の中で答え合わせ出来て、僕としてはキャストへのディレクションを、より自信を持ってできるんです。
あとは、『君の名は。』の時は、読者からの反応も実はすごく大きかったんです。子供向けにふりがなをふって、さし絵も入った児童向け文庫もでたのですが、小学生がたくさん読んでくれて、娘の友だちも「読んでるよ」って言ってくれたりすると、こういう面白さもあるんだって。そんなこともあって、小説を並行して書くのも悪くないなと。
だから今回の『天気の子』は、小説を書くことを前提に、最初のスケジュールを決めていたので楽しく取り組めました。
変化していく東京の街並みに思うこと
──パンフレットにある「オリンピックで東京が様変わりする前に描きたい」という言葉は、どういう意味なのでしょうか?新海 実はそれほど深い意味はないんです。東京五輪に限らず日本中の風景が、ここ10年でだいぶ大きく変わってしまいました。
僕は昔、千駄ヶ谷に住んでいて、『君の名は。』でも千駄ヶ谷駅を書いてるんです。しかし今、千駄ヶ谷駅は五輪に向けて拡張工事をしていて、もうあの風景はないんですよね。
僕は都心なのにぽつんと改札がひとつしかない千駄ヶ谷の風景が好きでしたし、思い入れはあったんです。 変わっていくのは当然ですが、「街がどんどん良くなっていく」というポジティブな高揚感はあまりないと感じます。街は変わっていっちゃうけど、良くなっていくのか悪くなっていくのかは分からない。むしろ、どちらかというとちょっと悪くなっていくんじゃないか、それもまあ仕方ないな、そんな諦念のような感覚が今は共有されているような気がします。
ちょっと後ろ向きではあるんですけど、僕の気分はやはりそれです。いずれ来るであろう災害への恐れも相まって、東京の明るい未来像というものは今はちょっと抱きにくくなっている。
でもどうせ変わってしまうのであれば、突きぬけた変化を描きたい。そんな気持ちが『天気の子』のベースにはありました。
(c)2019「天気の子」製作委員会
後編に続く
新海誠『君の名は。』インタビュー
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作品情報
天気の子
- 原作・脚本・監督
- 新海誠
- 音楽
- RADWIMPS
- 声の出演
- 醍醐虎汰朗 森七菜 本田翼 吉柳咲良
- 平泉成 梶裕貴 倍賞千恵子 小栗旬
- キャラクターデザイン
- 田中将賀
- 作画監督
- 田村篤
- 美術監督
- 滝口比呂志
全国東宝系公開中
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