『君の名は。』新海誠インタビュー後編 震災以降の物語/『シン・ゴジラ』との共時性?

『君の名は。』新海誠インタビュー後編 震災以降の物語/『シン・ゴジラ』との共時性?
『君の名は。』新海誠インタビュー後編 震災以降の物語/『シン・ゴジラ』との共時性?
新海誠監督が手掛ける映画最新作『君の名は。』。本作は、エンターテインメント性にあふれるアニメーション映画として、新世代のマスターピースになりうると同時に、「2011年以前では決して生まれることのなかった作品」(新海監督)だという。

日本人の価値観を大きく変えた出来事をモチーフの1つに、願いや祈りを物語の軸としたことで生まれた結末。

インタビュー後編では、ラストの決断に至った背景や、奇しくも同年に公開された怪獣映画との偶然についても言及する。(取材は8月13日に行ったもの)

※本稿には、物語の核心に触れる記述があるため、映画『君の名は。』および、小説版を未見の方にはネタバレになる恐れがあります。ご注意ください。

取材・文:恩田雄多 編集:新見直

『君の名は。』は震災以降でなければありえなかった作品

新海誠監督

──監督ご自身は「自然な変遷の中で生まれた作品」と語られましたが(前編)、やはり個人的には、過去作品からの明確な変化も感じました。

まず、人為の及ばない災害というのは、日本人としては(震災を)想起せざるを得ないモチーフだと思いますが、これを描くに至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?


新海誠(以下、新海) 『君の名は。』は、震災以降でなければありえなかった作品だと思います。とはいえ、物語を考える過程で、自然に出てきたモチーフでした。 新海 直接的に震災を描いてはいませんが、僕らには、知識や体験として震災がある。2011年以降、僕も含めて、多くの日本人が「明日は自分たちの番かもしれない」あるいは「なぜ(被災したのは)自分たちじゃなかったんだろう」という思考のベースに切り替わっていったように思います。

そういう意味では、2011年を境にして、僕たちは以前と違う人間になっている。変化した受け手に向けて、同じく変化したつくり手がつくる物語としては、決して不自然なモチーフではありません。

──あくまでも環境の変化という流れに沿った作品であると?

新海 僕らはその変化の上に生きているのだから、フィクションに対する想像力も変わってくる。 新海 例えば、僕は小説家の村上春樹の作品が好きですが、オウム真理教事件以降、彼が信者や被害者に取材した『アンダーグラウンド』という分厚いインタビュー集があります。いろんなことを感じる読み物ですが、僕は、そのノンフィクションではなく、それ以降に結実していった小説の方が好きです。

『君の名は。』も、あの震災を物語の中心に据えよう、真正面から向き合おうと思ったわけではありません。自分の身近な出来事として感じてもらえる物語を書こうとしたときに、フィクションでありながらも、確からしさを感じさせる舞台装置だった、というのが正直な気持ちですね。

最後は大人に向き合う、社会へコミットする『君の名は。』キャラクターたち

──一番迷ったシーンはありますか?

新海 技術的に迷ったシーンはわりとあるんでけど、一番は、三葉に起きたことを知った瀧が、再び三葉の身体に入ってしまうところ。その時の彼のテンションは、だいぶ悩みました。

三葉のことも糸守というの町のこともすべてを知って、友人たちと作戦を立てるシーンは、「なんとしても救いたい」という瀧の気持ちを汲んで、最初の段階ではシリアスなテンポで描いていました。

でも、プロデューサーの川村元気に「何かここちょっともたついている気がする」と言われて考えていたんですが、やっぱり彼は高校生なんだと。根拠のない自信もあるし、大変な場面だけど腹も減る。だから、いつまでも暗い気分のトーンに支配されていることはないんじゃないか。そう考えなおしました。

あそこで流れているのは、パーカッシブでマッドな雰囲気の、勢いある曲です。それで、展開もセリフもほぼ変えず、でもトーンをもう少し明るくと言うか、テンションがみなぎっている男の子と仲間たち、という方向に舵を切ったんです。

──そのお話ともリンクする部分もありますが、作品の内容や描写の変化という点では、例えば最初の作品である『ほしのこえ』に顕著ですが、登場人物たちは孤独で内省的だったのに対して、本作では主人公たちの周囲には友人がいて、家族がいる。快活で、外に開いているような印象です。 新海 確かに、今回の登場人物たちは、外に向いている人たちですね。でもそれは単純に、自分の制作環境の変化にあるような気がします。『ほしのこえ』は個人制作だったので、暗い部屋の中、1人で描いている当時の気持ちが、作品全体に反映されているんだと思います。

あとは、手間がかかるという意味で、登場人物を1人たりとも増やしたくない、という問題(笑)。最低限の要素で語るという手法が、結果的に、2000年代初頭の空気感とリンクしたのかもしれません。

そういう意味では、『君の名は。』を長峰美加子と寺尾昇(※『ほしのこえ』の主人公)の物語としてつくったとしても、2人は三葉や瀧と同じように行動していたでしょう。スタッフが増えた今の制作環境であれば、やっぱり同様の物語になったような気がするんです。 ──なるほど。ただ、もう少し続けさせてください。最も象徴的に思えたのが、本編のクライマックスで、三葉が父親を説得するシーンです。それまでの新海監督作品の多くは、主人公たちだけで完結する展開でしたが、『君の名は。』は異なり、三葉の成長を明確に描いているように思いました。

新海 それを指摘されたのは初めてですが、僕自身、そこから手を離してはいけないと、ずっと思っていたんです。最終的に、大人であり行政をまきこむ。そうしないと、リアリティのない、なんでもありの話になってしまいますし、三葉が自分を取り巻く父親や社会と、正面から向き合うことなく終わってしまうので。最後はどうしても、大人に向き合うようにしよう、というのは決めていたような気がします。

──新海監督の初期作品は、「君と僕」という関係性が社会といった中間を飛ばして世界(の危機)と直結している、いわゆる「セカイ系」だと定義されることが多かったかと思いますが、『君の名は。』は、社会とのつながりを意識的に描いたということでしょうか?

新海 定義によりますけど、確かに『ほしのこえ』はセカイ系でした。ただ、前作『言の葉の庭』でも学校という社会が出てくるように、徐々に社会的な部分を作品の中で描くようになっています。これは僕自身の変化のように思う一方で、やはりそれも、僕が生きている時代の変化のような気もします

『ほしのこえ』をつくった2002年は、いわゆる“セカイ系”と呼ばれる作品が生まれた時代にリンクしていただけだと思います。意識的に、時代にリンクしたい、作風を変えたいと思っているわけではありませんが、同じ時代の空気を吸った人間がつくっているので呼応する部分はあると思いますし、自然と表現内容が変化しても不思議ではないですね。

絵空事ではない願いや祈りを叶える『君の名は。』

──もう1つ印象的だったのが、物語の結末です。これまでの作品には、“届かなかった手紙”というテーマが流れているように感じますが、本作では、そうではない物語が描かれています。

新海 おっしゃる通り、確かにこれまでは届かないことへの諦念、あきらめみたいなものを抱えて、それでも生きていく姿を描いていました

これも『言の葉の庭』から変わってきていますが、『君の名は。』では、ある意味、奇跡が起こる物語にしようと思ったんです。

東宝で300館規模だから、とかではなく、なにかしらの願いの物語にしたいという気持ちがありました。震災以降、大きな事件や災害があった中で、いろんな人が願ったり祈ったりした気がします。「こうじゃなかったらよかったのに」とか「こうすればよかった」と。

2010年代は、そういう、社会全体が強い願いや祈りに支配された時間が何度かありました。現実で実際に叶ったもの、叶わなかったものがあったと思いますが、フィクションでは、そこに希望を込めた物語を描きたかったんです

例えば『秒速5センチメートル』をつくったときは、そういう感覚がなかったんだと思います。強い願いや祈りみたいなものを持っている人は個々にはいたんだろうけど、社会全体としては持っていなかったと思うんです。みんなが実際に体験したことだからこそ、絵空事ではない、もう少し生の感覚として描けると思って、今回のような結末を描けたんだと思います。

──その結末は、最初から決めていたものなのでしょうか?

新海 最初から決めていました。脚本を書き始める前の企画書の段階で、ラストの形ははっきり決まっていました。迷いはなかったと思います。

『シン・ゴジラ』との共時性?自分がつくらなくても誰かがつくった

──最後に、まったく別の視点として、1953年から1954年にかけて、東京大空襲をモチーフにしたラジオドラマ『君の名は』の映画3部作が公開されていますが、それはご存知でしたか?

新海 往年の名作である『君の名は』の存在は知っていましたが、見たことはありません。タイトルは同じですが関係はしていません。この作品のタイトルは、作品の内容からこれ以外にはないと思っていたので。

──1954年と言えば、東宝では『ゴジラ』の第1作目が公開された年です。もちろん、ゴジラも、戦争をモチーフに生まれた怪獣ですよね。

新海 すごい偶然ですね!

──そして2016年、同じく『君の名は。』と『シン・ゴジラ』が公開されたことは、個人的にシンクロニシティ、共時性を感じています。
新海 ……なるほど(笑)。僕は『シン・ゴジラ』はまだ拝見できていないんですが、見た人の話を聞くと、テーマとしては重なる部分があるようなことも聞いていて。

シンクロニシティですか……確かに、起こりうることだと思います。人は誰しも構造的に似通っているので、ある出来事を自分の中で処理するまでの年数に、大きな違いはありません。同じ時代で、同じ空気を吸ってきた人間同士なので、同じようなモチーフや表現は、同じ社会に生きている以上、同じタイミングで生まれてもおかしくないと思います。

だから、『ゴジラ』と『シン・ゴジラ』、『君の名は』と『君の名は。』、それぞれが互いに響き合う関係があるならば、本当に光栄です。偶然の一言で片付けることもできますが、個人的には、『君の名は。』という作品は、僕がつくらなくても誰かがつくったんじゃないかという気持ちも強くありました。 ──時代に要請された、いわば必然性を感じているということでしょうか?

新海 ちょっとオカルトめいているかもしれませんが、わずかながらそういった感覚があります。『ほしのこえ』をつくった当時も、同様の感覚がありました。そう感じたのは『ほしのこえ』と『君の名は。』だけです。

『君の名は。』という作品は、さまざまなタイミングが組み合わさって完成しました。3年前または3年後では、同じスタッフ、同じモチーフではつくれなかったと思います。2016年にだけ、本作がハマる穴のようなものがあって、そこに向けた作品を2年間つくってきたように感じています

そしてその穴は、僕がやらなくても、誰かが空けて埋めたんじゃないかと、そんな気がしますね。今回、それをつくらされたのが僕だったような感覚です。

(C)2016『君の名は。』製作委員会

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イベント情報

『君の名は。』

原作・脚本・監督
新海誠
作画監督
安藤雅司
キャラクターデザイン
田中将賀
音楽
RADWIMPS(ラッドウィンプス)
制作
コミックス・ウェーブ・フィルム
配給
東宝
キャスト
立花 瀧役:神木隆之介 宮水 三葉役:上白石萌音 奥寺 ミキ役:長澤まさみ
宮水 一葉役:市原悦子 勅使河原 克彦役:成田凌 名取 早耶香役:悠木碧
藤井 司役:島﨑信長 高木 真太役:石川界人 宮水 四葉役:谷花音

千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は憂鬱な毎日を過ごしていた。町長である父の選挙運動に、家系の神社の古き風習。小さく狭い町で、周囲の目が余計に気になる年頃だけに、都会への憧れを強くするばかり。
「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!!!」
そんなある日、自分が男の子になる夢を見る。見覚えのない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。念願だった都会での生活を思いっきり満喫する三葉。一方、東京で暮らす男子高校生、瀧も、奇妙な夢を見た。行ったこともない山奥の町で、自分が女子高校生になっているのだ。繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている、記憶と時間。二人は気付く。
「私/俺たち、入れ替わってる!?」
いく度も入れ替わる身体とその生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止める瀧と三葉。残されたお互いのメモを通して、時にケンカし、時に相手の人生を楽しみながら、状況を乗り切っていく。しかし、気持ちが打ち解けてきた矢先、突然入れ替わりが途切れてしまう。入れ替わりながら、同時に自分たちが特別に繋がっていたことに気付いた瀧は、三葉に会いに行こうと決心する。
「まだ会ったことのない君を、これから俺は探しに行く。」
辿り着いた先には、意外な真実が待ち受けていた……。
出会うことのない二人の出逢い。運命の歯車が、いま動き出す

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新海誠

アニメーション作家

1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」でデビュー。同作品は、新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」をはじめ多数の賞を受賞。2004年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』では、その年の名だたる大作をおさえ、第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。2007年公開の『秒速5センチメートル』で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。2011年に全国公開された『星を追う子ども』では、これまでとは違う新たな作品世界を展開、第八回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞受賞。2012年、内閣官房国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として感謝状を受賞。2013年に公開された『言の葉の庭』では、自身最大のヒットを記録。ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞した。同年、信毎選賞受賞。次世代の監督として、国内外で高い評価と支持を受けている。

1件のコメント

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editoreal

AOMORI SHOGO

作品が生まれた必然性について、すごく面白い

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