『君の名は。』新海誠インタビュー前編 「エンタメど真ん中」を志した理由とは

『君の名は。』新海誠インタビュー前編 「エンタメど真ん中」を志した理由とは
『君の名は。』新海誠インタビュー前編 「エンタメど真ん中」を志した理由とは
8月26日から公開中の大ヒット劇場版アニメ作品『君の名は。』。前作『言の葉の庭』から3年、新海誠監督の最新作は、東京の都心で暮らす瀧と山深い田舎町に住む三葉という、出会うはずのない男女の触れ合いを描いている。

大手・東宝の配給によって全国300館規模で上映という、新海監督作品としてこれまでにない大きな展開で、観客動員数・興行収入ともに好調な滑り出しを見せている。
キャラクターデザインは『心が叫びたがってるんだ。』などで知られる田中将賀さん、作画監督は『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』を手掛けたスタジオジブリ出身の安藤雅司さんが担当。

さらに、唯一無二の世界観と旋律で熱狂的支持を集めるロックバンド・RADWIMPSが、主題歌を含めた音楽を制作するなど、これまでの新海作品とは明らかに異なるスケールで、異なる雰囲気を帯びている。

その不思議な雰囲気の正体、そして制作の経緯や本作が目指す「エンターテインメントのど真ん中」という真意について、新海監督の前後編のインタビューを通して探っていきたい(後編は9月9日公開)。

取材・文:恩田雄多 編集:新見直

『クロスロード』で感じた手応え

『君の名は。』メインカット

──互いを知らない少年少女が夢を通じて入れ替わる『君の名は。』は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?

新海誠(以下、新海) 『君の名は。』の企画書を描いたのが2014年の7月頃。その年の2月に、通信教育・Z会のCMとして『クロスロード』という作品を制作しました。離島に住む少女と東京に住む少年の人生が、同じ大学を受験することで交差する物語です。このCMで、本来は出会うはずのない男女の触れ合いというモチーフに手応えを感じたことが、制作のきっかけになっています。

今は名前も顔も知らないけど、未来で出会う人の中には、将来大切な存在になる人がいるかもしれない。僕たちの日常は、そういった可能性であふれているということを、より深く掘り下げて描きたいと思いました。
その中で、小野小町の「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」という和歌を出会いのヒントにさせてもらったり、性格が正反対な男女を取り替えて育てる「とりかへばや物語」(平安時代に成立した作者不詳の物語)から、“入れ替わり”というアイデアを得たりすることで、徐々に作品の世界を組み立てていきました。 ──Z会のCMでは、本作でキャラクターデザインを担当する田中将賀さんと、初タッグを組んでいます。当時の印象を教えてください。

新海 田中さんとの出会いは、『クロスロード』で感じた手応えのひとつです。

僕がそれまで行ってきた、背景美術を全面に押し出すような作品づくりと、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』など、キャラクターアニメーションを代表する田中さんの絵が、同じ画面上で成立する。

そのことに気づいたとき、「次回作で長編をつくるなら、田中さんとのコンビネーションでやりたい」と、強く思うようになっていたんです。 ──一方で、作画監督の安藤雅司さんは、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』など、スタジオジブリ作品を中心に活躍されています。どのような経緯で依頼されたのでしょうか?

新海 最初は実現の可否を無視して、自分の好きな作画監督として「安藤雅司さん」という話をしていたんです。制作スタジオであるコミックス・ウェーブ・フィルムに、スタジオジブリ出身で安藤さんの先輩だった人がいたので、是非にとお願いして紹介してもらいました。

初めて安藤さんにお会いしたのは2014年の年末くらいですが、3〜4カ月ほど経って、「僕のように、今まで地味な芝居を描いてきたアニメーターが田中さんのキャラクターを描くことで、面白さが見出せそうな気がする」と、引き受けていただきました。

これまでは難しかった芝居も気にせず取り入れた

──監督自らが希望した田中さんと安藤さん、その2人の共演はいかがでしたか?

新海 田中さんのキャラクターは、コアなファンはいるけど、一般の人からすると実はまだ馴染みが薄い。言うなれば、深夜アニメに代表される、日本のアニメの尖った部分です。

それを、スタジオジブリなどのより一般に向けた作品をつくられてきた安藤さんが動かすことで、とても新鮮味のある画面になっている気がします。

──新鮮さとは?

新海 本作の場合、田中さんのデザインしたキャラクターたちは、安藤さんの解釈が入ることで、大衆向きに少しやわらかくなっています。

また、スタッフには安藤さん以外にも、原画にスタジオジブリ出身の方がいるのですが、そういった人の絵を安藤さんがぐっと田中さんの絵に引き寄せる。

そういう綱引きの中で生まれた絵は、日本のアニメーションのさまざまな文脈を豊かに含んでいて、とても味わいのある画面になったと思います。2人が参加することで、自分としてはまったく予想していなかった効果が生まれました

──実力のあるアニメーターと組むことで、監督ご自身の表現方法の変化はありましたか?

新海 コンテをつくり始めた段階では、安藤さんをはじめ、本作に参加してくれた錚々たるアニメーターの方々は、誰1人として決まっていませんでした。だから、彼らの存在によって演出が変わったということはないと思います。

ただ、本作では、今までであれば僕らの制作スタジオでは物理的に難しい、と判断していた芝居づけでも、あまり気にせずコンテに取り入れていきました。というのも、『言の葉の庭』や大成建設のCMでもいっしょにやっているアニメーターの土屋堅一さんが参加しているからです。

生活芝居を得意とする彼がいるなら、今までは控えていたような、何気ない日常における芝居は割と入れてしまおうと。土屋さんに関しては、コンテの段階であてにしていた部分はあるかもしれません。

過去最多1650カットの時間軸をコントロール

──本作のコンテづくりにおいて、特に意識した点はありますか?

新海 今回は、いわゆる絵コンテではなく、時間軸もわかるビデオコンテをつくりました。セリフのニュアンスや会話のテンポ感を固めるための意味合いもあって、全部自分で声をあてています。このビデオコンテが制作にひもづくすべてのベースになっています。

例えば、キャスト陣にとっての演技指導、作画や劇伴のための設計図、プロデューサーからしてみれば、作品が面白いか否かの判断材料──脚本や絵コンテだけでは難しいかもしれませんが、本編に近い100分ちょっとの映像であれば、それぞれのポジションにとって、より作品を理解しやすいと思ったんです。

神木隆之介さん(立花瀧役)をはじめ、キャスト陣は何回も繰り返し見てくれたようで、ビデオコンテ以上の芝居で、キャラクターをカラフルにしてくれました。

──時間の経過を明確にするというのは、監督のこだわりを感じます。スタッフ・キャストにとっての設計図や判断材料という機能以外に、ご自身として何か意図するものはあったんでしょうか?

新海 『君の名は。』の上映時間である107分間をいかにコントロールするかは、僕にとっての大きな仕事でした。具体的に言うと、107分間の観客の気持ちの変化を、自分の中で完璧にシミュレーションする。過去の作品では把握しきれなかった時間軸を、今回は完全にコントロールしようと思いました とにかく見ている人の気持ちになって、できるだけ退屈させないように、先を予想させない展開とスピードをキープする。一方で、ときどき映画を立ち止まらせて、観客の理解が追いつく瞬間も用意する。それらを作品のどの場面で設けるか、徹底的に考えました。

結果として、過去最多となる約1650カットの本作で、全編にわたって時間のコントロールをやりきれたという感覚はありますね。

「作画の表現力で何倍もエモーショナルなクライマックスに」

──最終的に、緻密に考えられた展開と、アニメーターが描く芝居とが融合した映像を見て、表現に対する考え方は変わりましたか?

新海 芝居に頼らないと言いつつも、結果的に、絵で伝えられる表現力のすごさを実感しました。例えば、クライマックスで三葉が坂道を走って転んでしまうというシーンがあります。このシーンを担当していただいたのが、『人狼 JIN-ROH』や『ももへの手紙』などの監督である沖浦啓之さんなんです。

コンテ通りの芝居なのに、沖浦さんが描くことで、想定したよりも何倍もエモーショナルなシーンになっていて、それを見たときは単純にちょっとびびりましたね(笑)。沖浦さんではなくても映画は成り立っていたかもしれませんが、観客の心の揺れは少し目減りしてしまったのではないかと。

そういう意味では、今回こんなにすごい方々に集まっていただけたのは本当にラッキーだったと思う反面、監督として一番おいしい部分を味わってしまったので、この先が少し怖いですね(笑)

──本作では、キャラクターの動きや芝居に加えて、随所で音楽が印象的に使われています。主題歌を含め、劇中の音楽を担当されたRADWIMPSとは、どのようなやり取りで作品を組み立てていったんですか?

新海 ボーカルの野田洋次郎さんには、2014年の秋くらいに、脚本の第一稿をお渡ししました。つまり、映画制作の初期の段階で、いっしょにやることを決めていたということです。

脚本をお渡ししてから3〜4カ月で、脚本の全体的なイメージを基にして「前前前世」や「スパークル」といった楽曲のラフが上がってきました。それらの楽曲があまりにもすばらしかったんです。
僕自身がファンということも大きいかもしれませんが、RADの曲としても新鮮であり、たとえ映画から切り離したとしても、すごい楽曲をもらってしまったと感じました。

これほどの曲があるなら、ストーリーの中で音楽がイニシアチブを握る時間をつくらなくてはいけない」──そう思わせるほどの衝撃でした。それ以降、ビデオコンテと楽曲は並行してつくっていったんです。

ビデオコンテをつくっているところに彼らの曲が上がってきて、実際に曲をあててみて、互いに演出や楽曲の試行錯誤を繰り返す。そういった作業を、1年半ひたすら続けていきました。

「田中さんとのタッグがあったからこそエンタメのど真ん中を突ける」

──本作は、監督自ら「エンターテインメントのど真ん中」と位置づけられています。ときおりコメディタッチで描かれるキャラクターや、登場人物同士の関係性など、作品を構築する世界自体が広がることで、エンタメ性が高まっていますが、これまでの作品と比べて意識して変えた面はありますか?

新海 僕の映画作品を見ていただいている人からすると、前作『言の葉の庭』から『君の名は。』の間に、作品性における大きなジャンプを感じるかもしれません。でも、僕自身の中ではこの2つの作品は、強い連続性でつながっているんです。

説明すると少し長くなってしまいますが、簡単に言うと、『言の葉の庭』と『君の名は。』の間にした色々な仕事からの連続性です。

それは例えば、大成建設やZ会のCMなどですが、なかでも本作をつくるうえで最も大きかったのが、『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)での小説版『言の葉の庭』の連載です。

およそ8カ月、オムニバス形式の連載だったので、ひと月ごとに物語を完結させる。それらは今思えば、物語づくりのトレーニングとして、『君の名は。』につながっています。1話を書くにあたって、数冊の本を読んだり、数人の人に会って、話を聞いたりしていて、創作に関わる一連の活動で得た手応えや手つきを使ったという意味で、『君の名は。』にも連続性を感じますね。 ──ストレートにエンタメ作品をつくることも、そうした連続性の中にあったんでしょうか?

新海 『君の名は。』の制作にあたって、自分に大きな変化が起きたという意識はありません。エンタメのど真ん中を目指した作品ではありますが、あくまでも、自然な変遷の中で生まれたものとして位置づけています

ただ、以前の自分であれば、力量不足だった部分もあると思います。CMや小説などを通じて、物語るための力を蓄積していったことで、今ならば、もっと鮮明にエンターテインメントを描けるという感覚はありました

さらに言うと、田中さんとのタッグがあったからこそ、「ど真ん中を突ける」という気持ちにさせられた部分も大きいと思います。それくらい、彼との出会いは、自分にとって何か大きな武器を手に入れたような感覚がありました。(後編に続く

(C)2016『君の名は。』製作委員会

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作品情報

『君の名は。』

原作・脚本・監督
新海誠
作画監督
安藤雅司
キャラクターデザイン
田中将賀
音楽
RADWIMPS(ラッドウィンプス)
制作
コミックス・ウェーブ・フィルム
配給
東宝
キャスト
立花 瀧役:神木隆之介 宮水 三葉役:上白石萌音 奥寺 ミキ役:長澤まさみ
宮水 一葉役:市原悦子 勅使河原 克彦役:成田凌 名取 早耶香役:悠木碧
藤井 司役:島﨑信長 高木 真太役:石川界人 宮水 四葉役:谷花音

千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は憂鬱な毎日を過ごしていた。町長である父の選挙運動に、家系の神社の古き風習。小さく狭い町で、周囲の目が余計に気になる年頃だけに、都会への憧れを強くするばかり。
「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!!!」
そんなある日、自分が男の子になる夢を見る。見覚えのない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。念願だった都会での生活を思いっきり満喫する三葉。一方、東京で暮らす男子高校生、瀧も、奇妙な夢を見た。行ったこともない山奥の町で、自分が女子高校生になっているのだ。繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている、記憶と時間。二人は気付く。
「私/俺たち、入れ替わってる!?」
いく度も入れ替わる身体とその生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止める瀧と三葉。残されたお互いのメモを通して、時にケンカし、時に相手の人生を楽しみながら、状況を乗り切っていく。しかし、気持ちが打ち解けてきた矢先、突然入れ替わりが途切れてしまう。入れ替わりながら、同時に自分たちが特別に繋がっていたことに気付いた瀧は、三葉に会いに行こうと決心する。
「まだ会ったことのない君を、これから俺は探しに行く。」
辿り着いた先には、意外な真実が待ち受けていた……。
出会うことのない二人の出逢い。運命の歯車が、いま動き出す

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新海誠

アニメーション作家

1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」でデビュー。同作品は、新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」をはじめ多数の賞を受賞。2004年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』では、その年の名だたる大作をおさえ、第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。2007年公開の『秒速5センチメートル』で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。2011年に全国公開された『星を追う子ども』では、これまでとは違う新たな作品世界を展開、第八回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞受賞。2012年、内閣官房国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として感謝状を受賞。2013年に公開された『言の葉の庭』では、自身最大のヒットを記録。ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞した。同年、信毎選賞受賞。次世代の監督として、国内外で高い評価と支持を受けている。

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