ハハノシキュウ、渋谷のハロウィンに放り込まれて考える

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2018年10月31日(水)

まあ、流石にこれだけ注意喚起とニュースの炎上を繰り返してたら、空気が入れ替わって誰もが学習するでしょ! とハロウィン当日に人が集まらないことを想像する。

そして、酒の勢いなど1ミリリットルも借りずに渋谷へ向かう。

まあ、逮捕者も出てるし、あれだけ騒ぎになれば大人だったら大人らしく節度を持つに決まってる。そう思っていた。

しかし、主催者のいないパーティーに中止はない。 仕事を終え、ピークタイムの22時に渋谷到着。

改札を出るだけで4、5分かかるくらいの人混み。

15分くらいかけてようやく渋谷TSUTAYAの前で新見さんと合流。

ニュースで炎上したことや、渋谷の区長の声明がむしろ人を呼んでしまったと思えるくらいの皮肉な数に僕らはたじろいだ。

ここ数年で一番人が多かったらしい。妻のアドバイスは正しかった。 「で、早速なんすけどハロウィンって何するんすか?」

僕は初心者代表として素朴な質問をぶつけた。

「別に何もないんですよ。目的もスタートもゴールもなくて、ただ街をブラブラ歩いてるだけですね」

とりあえず、周りの人並みに合わせてセンター街に向かってブラブラ歩いてみることにした。何か答えみたいなものが見えてくるかもしれないからだ。

すると完全に想定外の出来事が起こる。 「ハハノシキュウさんですか?」
「本物のハハノシキュウさんですか?」
「ハハノシキュウのコスですか?」
「えっと、ラッパーですよね? カレーの人ですよね?」
「絶対本物ですよね!」
「声が違う」
「フリースタイルしてくださいよ!」
「写真撮ってください」
「あれって、ハハノシキュウじゃね?」
「ラッパーの仮装でしょ」 まさかの写真攻めである。 矢継ぎ早に色んな人に話しかけられるという事態に驚く。 しかも、僕がハハノシキュウ本人かどうか曖昧なまま。

「本物ですか?」 「どうすれば本物だって信じるの?」 「ラップしてくださいよ!」 「本物のハハノシキュウだったら絶対にこの流れでラップしないと思うよ」

すごく悪い言い方をする。

ハロウィンで騒いでるミーハーな奴らがハハノシキュウを知ってるはずがねぇだろ

そう思って渋谷に来たのに、全然違うやんけ。

まあ、話しかけられたのも一期一会、折角なので軽く質問をぶつけたりした。

僕が気になっていたのは、一点だけ。

渋谷に思い入れはありますか?

返ってくる答えはほとんど「渋谷なんて滅多に来ない」でした。

「ハロウィンには気合い入れて来たんですか?」と聞いたら「いや、ただの軽いノリっすね」とも言われた。 センター街を抜けるまでに色んな人たちを目の当たりにした。

絶対セーラームーンそんなに好きじゃないでしょ!」と何度心で呟いただろうか。

まるで野生動物のように、雄叫びだけで共鳴し合う人たちもいた。

警察官の怒号にも耳が慣れてきたところで、ようやく109が見えてくる。同時にこのハロウィンの全体図も見えてくる。 渋谷のハロウィンに対して怒ってる人が多いと僕が感じた理由。

それは自分のツイッターのフォローしている人間にそういう人が多いからだ。

タイムラインがそういう色に染まったのだ。

じゃあ、なんでそうなったのかと言うと、僕のタイムラインにはラッパーやDJ、ミュージシャンが多いからだ。

そうなるともう何がディスの対象になっているのかは明確だった。

ラッパーやDJが大切にしているものを、渋谷のハロウィンが大切にしていないからだ。

その大切にしているものってのは“リスペクト”の精神だ

セーラームーンに対してのリスペクトを感じない。

渋谷に対してのリスペクトを感じない。

ゾンビに対してのリスペクトを感じない。

ハロウィンに対してのリスペクトを感じない。

この禅問答はまだまだ続く。

じゃあ、リスペクトってなんなのさ?

リスペクトってのは、このハロウィンに来ている人たちの目線から言い換えると“面倒くさい”に近い意味だと僕は思う セーラームーンの仮装をするためには、セーラームーンを全巻読んでるべき!ということへの面倒くささ。

渋谷で遊ぶために、渋谷のクラブシーン、渋谷系の文化を知っておくべき!ということへの面倒くささ。

ゾンビの仮装をするためには、あらゆるB級ゾンビ映画に精通しているべき!ということへの面倒くささ。

ハロウィンを楽しむために、ハロウィンという風習、成り立ちや由来を調べておくべき!ということへの面倒くささ。

渋谷のハロウィンは、そういう面倒くささから完全に脱却した空間のように思えた

まるでコミケの真逆だ。

数学に精通した人間を5人集めて、ラプラス変換について語り合う会よりも、四則演算が出来る人間を1万人集めて、計算が間違ってても別に構わない会。

これは主語が大きいだけの数の暴力だ。 しかも、罪悪感がない。

ただ、無知であることの気楽さが、ここに形を成したのかもしれない。

文脈を重んじる必要もない。

歴史を知る必要もない。

敬意を払う必要もない。

それはある意味、オタク(ラッパーもDJも広義のオタクだ)に対するカウンターなのかもしれない。当人たちはそんな深さまで自覚していないだろうけど。

僕だって、カレーのスパイスや香辛料の種類を知らずに「カレーが好き」とか言ったりする。

誰だって無知な角度はある。

でも今回は、渋谷という場所へのリスペクトを欠いた人たちが、渋谷をリスペクトしまくっている人たちを差し置いて怪獣のようにめちゃくちゃにした。おそらくそこに根本で和解出来ないものがある。

プリキュアの仮装をした女の子を一人も見つけられなかったことへの憤りを残して、僕は渋谷駅を後にした。 罪悪感のない子どもが老けた女性に「おばさん」と言ってしまうような純粋さで、渋谷はゴミ箱にされてしまった。

それに困ったことに僕は、そんな人たちのことを一人一人知らない。知らないから主語だけが自ずと大きくなってしまう。

主語が大きくなればなるほど、当事者はネット上の罵倒や批判に対してこう思うのだろう。

「まあ、僕には関係ない」って。

これは大きすぎた主語の中で名前を失った人たちの集まりだったんだ。

だからいくらディスったってダメージはない。まるで首の無いキングギドラだ。

僕は、喜びもなく、怒りもなく、哀しみもなく、特別楽しかったわけでもなく、どこか無感情なまま家路に着く。

だから、渋谷ハロウィンをディスっている側に対しても「まあ、僕は関係ない」と思い、渋谷ハロウィンに足を運んだ当事者としても「まあ、僕は関係ない」と思う。

ただそれだけだった。 人様の後ろに立って、びんぼっちゃまのヒップを眺めてただけだ。

ここにきて答えが明白になって、眠れなくなる。

我関せず焉、つまり僕が一番の害悪だったのだ

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イベント情報

ハハノシキュウ座談会 『座って立会い出産』〜座り見の会〜

日付
12月22日(土)18:00〜
場所
下北沢Laguna
料金
前売2500円+D 当日3000円+D
チケット
e+ ローチケ Coubic
出演
ハハノシキュウ/吉田靖直(トリプルファイヤー)/クラモトイッセイ/???
※40席限定

関連キーフレーズ

ハハノシキュウ

ラッパー

青森県弘前市出身のラッパー。学生時代は小説家を目指していたが新人賞の応募規定にあったあらすじの書き方が解らず、挫折。『3 on 3 MC FREESTYLE BATTLE』のDVD を鑑賞後「不良じゃなくてもラップをしてもいいのか!」と気付き、ラップを始める。MC BATTLE における性格の悪さには定評がありUMB や戦極MC BATTLEなどに出場し、幾多のベストバウトを残している。作詞家、ライターなどの顔も持ち、ライターとしてはクイックジャパン、KAI-YOU などへの寄稿で好評を得ている。特徴的なザラつきのある声と、自意識や青春をこじらせた英語を使わない歌詞で局地的な人気を集めている。2012 年05 月、処女作品集『リップクリームを絶対になくさない方法』をリリース。2013年09 月、フリースタイルダンジョン初代モンスターDOTAMA とのコラボアルバム『13 月』をリリース。2016 年11 月、地下アイドルおやすみホログラムの遍歴をエモーショナルにラップした『おはようクロニクルEP』がポニーキャニオンからリリースされ、実質メジャーデビューを達成する。2017年06 月、ハハノシキュウ× オガワコウイチ名義で2 枚組アルバム『パーフェクトブルー』をおやすみホログラム所属のgoodnight! Records からリリース。2017年08 月、ハハノシキュウ独演会「立会い出産 第一子」を開催。

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