古着・文学・漫画…北九州のポップカルチャーに触れる
北九州に多くのものをもたらした「森鴎外旧居」
北九州市は、文学と所縁の深い土地でもある。中でも「舞姫」などで有名な文豪・森鴎外の旧居に足を運んだ。森鴎外旧居。当時のものが復元され残っている
ぼくりり「この一文、すごく綺麗な文章ですよね。“綺麗な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。” まさにいま眺めているここが舞台なんですね」
借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百日紅(さるすべり)の木がある。垣の方に寄って夾竹桃(きょうちくとう)が五六本立っている。森鴎外『鶏』より
『鶏』『独身』『二人の友』は小倉三部作といわれ、『鶏』ではこの旧居が舞台になっている。庭のさるすべりの木も、当時のまま残っている
森鴎外は、このことに対して新聞に「我をして九州の富人たらしめば(私がもし九州のお金持ちであったならば)」と記し、もっと文化や芸術・学問にお金を投じるべきだと、当時のひとびとのお金の使い方を批判した。森鴎外は、軍医として赴任した2年10ヶ月という短い期間ながら、当時の北九州に多くのものをもたらしたのだ。
ぼくりりさん「森鴎外、けんすうさんに似てません?」
死後もコンテンツとして消費されるということ…「松本清張記念館」
作家・松本清張も北九州市出身だ。北九州市立松本清張記念館は、彼の作家人生を紐解くことができる貴重な資料館だ。40代で作家デビューし、死去するまで約1000点の作品を残した。文字に直すと400字詰の原稿用紙を40年間毎日休みなく約8枚書いた計算に
編集者が松本清張の原稿を待ったという部屋。当時の編集者は、階段を降りて来る清張の足音の強弱で、原稿の進捗具合を計った
文豪ゆかりの地で、創作に対するぼくりりさんの本音もチラリと覗いた瞬間だった。
松本清張記念館の隣には小倉城が。「城下町っていう響きが素晴らしいですよね。ツアーで城好きなサポートメンバーに連れられて行くことが多いんですけど、特に石垣の積み方が時代や場所によって違って面白い」
漫画好きのオアシスこと「北九州市漫画ミュージアム」
次に向かったのは「北九州市漫画ミュージアム」。SF漫画の不朽の名作、『銀河鉄道999』で知られる松本零士を名誉館長に、北九州市が運営する漫画の総合施設だ。一般社団法人アニメツーリズム協会が発表する、『訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2018年版)』にも選出されている。街のいたるところに松本零士にちなんだスポットがある
見る・読む・描くの3つのテーマから成り立っており、展示やイベント、漫画コミック閲覧コーナー、小・中学生向け漫画体験教室、漫画家や編集者による漫画講座などが開催されている
戦後、貸本屋や映画館の数が全国でも多い地域だったという北九州は、数多くの文芸同人誌が存在し、発展したという歴史ももつ。漫画同人誌においても、松本零士らの『九州漫画展』などから始まった
ぼくりりさんの好きな漫画は、『HUNTER x HUNTER』『キングダム』『銀と金』。最近読んで好きだったのは『映像研には手を出すな!』『来世は他人がいい』『からかい上手の高木さん』『僕のヒーローアカデミア』『アルスラーン戦記』『兎-野性の闘牌-』など
驚きは、蔵書されているのが日本の漫画だけではないこと。アメコミやバンド・デシネ(フランスの漫画)作品も本棚まるまる一台に並んでいる
北九州市漫画ミュージアムの入っている「あるあるCity」はポップカルチャーの複合施設として、若者に人気がある施設だ。コスプレスタジオやアニメ、漫画に関する店が集まっている。撮影はコスプレスタジオ「UnderLand」
街の未来は、カルチャーがつくる
「街に人が戻って来ている」。そんな職員の方々の言葉は、多岐にわたる就業支援など行政の様々な取り組みが実を結んだ結果と言える。小倉駅に近い商店街を中心に、空き家や空きビルを利用した若者のためのリノベーション推進なども、要因のひとつだ。
「賑やかになっているという実感もありますし、町内で変えていこうという勢いがあります。特に若者が頑張っている」
古いビルを活用した文化芸術創造のためのクリエイターや、商店主のための拠点となっている「メルカート三番街」の古着屋「GUGU」で働く田中あやさんはそう話す。
ファッション感度の高い若年層が足繁く通う古着屋「GUGU」
店員の3人が「よってたかって好きなものを集めた」という、店員の宝物を詰めたような古本屋、199bnf(199ビーアンドエフ)
酒あるところに、人がいる。北九州を体現する「角打ち」
北九州市で絶対に外してはならないのが「角打ち」だ。角打ちとは、酒屋さんで買ったお酒をそのまま酒屋さんで飲むというもの。中抜きの卸し値で、しかも朝から飲めるという、にわかに信じがたいシステムだ。「角打ち」の由来は、店の一角で飲むからというものと、昔は酒を飲むために使われていた升の四角い形状からという説がある。2018年に改訂された広辞苑第七版には「角打ち」が掲載された
「北九州ではひとりで店に入っても、こうやって輪に入ってワイワイできる。最初は他人でも、隣同士がすぐに一緒に会話をはじめて飲み始めるんですよ。『酒あるところに人がいる』。北九州の角打ちの醍醐味です」
本来はお酒の販売がメインで飲ませる、食べさせることが本来の目的でないので、テーブルなど置いている店は少ない。カウンター式や、立ち飲みが基本的なスタイル。定番のつまみは、缶詰や干物、豆類や駄菓子。アサヒ屋酒店は、テーブルと椅子があり、料理も提供する珍しい場所
店主の吉田茂さんは、10年前にお父さんが亡くなり、5年前にお母さんが病気になってからは、日中は宝石商を、そちらが終わるとアサヒ屋酒店の店主としてカウンターに立ち、お母さんとともに店を支えている。
「いまはコンビニだってあるからね、単純にお酒を売る酒屋さんとしてはやっぱり難しい。このあたりにあった酒屋さんもなくなって、ウチだけになってしまったけどね。でもね、お客さんはお客なんだけど、利害関係のない友達みたいな感じ。これがたまらなく嬉しくて、仕事を終えてすぐにお袋を手伝いに来るんよ。お酒を飲みながら仕事できる。最高っちゃ(笑)!」
「北九州はだいぶ変わったね。前は八幡製鉄所と工場の煙がすごかったけど、本当にキレイになった。外で働く男たちの代わりに奥さんたちが子供のために、行政の方々と一生懸命取り組んだとよ」
お母さんはそう話す。北九州の婦人会が立ち上がり、自発的に大気汚染の状況を調査。そして、企業や行政に改善を求める積極的な運動を起こしたのだそうだ。結果、現在では公害を克服した街のモデルケースとして、世界から評価されている。
(「荒れる成人式」の報道について)あれは大人になる前の一種のイベントやから。あんなんやっとるのはごく一部で、その一部も普段は真面目な子達ばかりよ。北九州は本当に治安もよくなった。悩みといえば、息子が真面目すぎて困っとるくらい(笑)昔はやんちゃなやつが多かったけんね
お酒が人と地域の垣根を取り払い、生まれも、言葉も、生き方も異なる、数時間前まで赤の他人だった人同士が同じ話題で笑う。これ以上ない、お酒の楽しみ方だ。「いいお酒の飲み方をしているよ」と、ぼくりりさんに先輩風を吹かせて偉そうに語ってしまうほど、気持ちよくなってしまう。
最高のお酒のあとは最高の締め。こちらも知る人ぞ知る北九州市の名店「万龍」のとんこつラーメンで北九州市の夜を締めくくった
かなりのラーメン好きだというぼくりりさん。「これは最高だ…。とんこつだけどすごくあっさりしてる。胃が喜ぶ嬉しい味です。店内にはかなり濃く豚骨の匂いが立ちこめていて、めちゃくちゃ食欲をそそります。アサヒ屋酒店で結構いろいろ食べたので割と満腹だったのですが、お店に入った瞬間におなか空きました。真の幸福はこの瞬間に宿ってるんだと思います。確実に来る幸せを待つ時間。夜飲んだあとのシメに最高です」
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和田拓也
Editor / Writer
1986年生まれ。サッカーメディア「DEAR Magazine」を運営する傍ら、「HEAPS Magazine」などWeb媒体を中心に執筆・編集を行っている。ストリートやカウンターカルチャーが好きです。
Twitter: @theurbanair
Instagram: @tkywdnyc
SIte: http://dearfootball.net
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山口雄太郎
Photographer
1987年長野県生まれ。
神田外語大学外国語学部国際コミュニケーション学科卒業。2010年ナショナルジオグラフィック国際写真コンテスト風景部門優秀賞、2015年上野彦馬賞入選、2014年・2017年清里フォトアートミュージアムヤングポートフォリオ作品収蔵。
http://www.yutaro-yamaguchi.com/
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1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:1829)
いかんばい