弱冠20歳の鬼才シンガーソングライター・ぼくのりりっくのぼうよみ(2019年1月で引退)、すべてをさらけ出す“今1番脱げるシンガーソングライター”の藤田恵名といった方々をレポーターに迎えてきた。 今回北九州市への旅に連れ出したのは、「旅行が苦手」というラッパーのハハノシキュウ。自身も青森県・弘前市という地方出身でありながら、地方の土着のありかたとは対極にあるイメージのラッパーだ。
「極力家にいたい」というハハノシキュウは、この北九州市という街を訪れ何を思うのか。今回は道中記というかたちで、彼自身に筆をとってもらった。
執筆:ハハノシキュウ 編集:和田拓也 撮影:山口雄太郎 協力:北九州市目次
第0章『ハハノシキュウ、旅行を嫌う』
第1章『ハハノシキュウ、北九州へ飛ぶ』
第2章『ハハノシキュウ、とにかくコメに合う北九州のメシを堪能』
第3章『ハハノシキュウ、“子育てスポット”へ行く』
第4章『ハハノシキュウ、北九州をディグる』
第5章『ハハノシキュウ、現地ラッパーと語り合う』
最終章『ハハノシキュウ、角打ちを体験する』
あとがき
第0章『ハハノシキュウ、旅行を嫌う』
眠い。できることなら部屋の外に出たくない。買い物はほとんどAmazon、楽しみはインターネット上で完結してしまっている。大袈裟に言えば、物事を自室で完結させるために生きているような気もする。 ご当地のお土産的な商品も、近所の三浦屋やドン・キホーテで普通に買えてしまったりする。ここ数年は旅に出たいなんて欲求すら枯渇している。観光名所や景観にも興味がない。
しかし、「旅行慣れしてない? 最高ですね!行きましょう!」と、ネガティブをレコードのようにひっくり返され、僕は自分なりの尺度で思い切って行くことにした。
こうなると大体話の筋書きは読めてくる。冒頭で旅行に対してマイナス発言をしといて、行ったら行ったで「最高でした!」みたいなコントラストだ。
しかし、建前のせいで楽しいフリをしてキナ臭い旅行になったら全て台無しである。だから、僕は北九州市への旅の目的を3点リクエストした。
① 格好いいアー写を撮りたい
② 北九州市の子育て支援スポットに行きたい(なんか凄いらしいので)
③ 宝探しをしたい(キュアショコラのプリコーデドールとか)
まぁ、あとはDOTAMA×ハハノシキュウ『13月』がどっかに埋もれていたら救出したい。あくまで自分のための旅行である。
幸いなことに僕のそんなわがままに、KAI-YOUのスタッフ、市の職員の方々も全面的に付き合ってくれることになった。 ***
「土日で北九州に行く」と職場の人間や家族に話すと、このような言葉が返ってくる。
「手榴弾落ちてるよ」「北九州の成人式は危ない」「博多には行かないの?」
どうやら、マイナスからスタートするのは僕の気持ちだけでは無かったようだ。だけど、北九州市から帰ってきてこれだけは言える。
それは「カナッペの味を忘れない」ってことだ。
第1章『ハハノシキュウ、北九州へ飛ぶ』
そもそも、飛行機の乗り方がよくわからない。離陸前に足元の荷物やドリンクホルダーをキャビンアテンダントに注意され、やや傷心状態になりながら吃り声で機内サービスのホットコーヒーを注文する。
熱いコーヒーを啜りながら19の「『果てのない道』」という曲の歌詞を同級生のお父さんが「あんなものは歌詞とは呼ばない!ただの日記だろ!」とディスっていた中学時代を思い出す。重圧に耐えながら。
***
北九州市に降り立ち、最初に向かったのは黄金市場という北九州市内でも有名な市場だ。僕が目を光らせていたのは食材に紛れて売られているサンダルやキャップの類だった。 サンダルならニシベケミカルのモスグリーン(廃盤)がしれっと売られていないかとか、名前の頭文字が「h」だからという安直な理由で(もちろんリスペクトも込めて)、dj honda(※)のキャップをあえてこういう所で発見して買いたいという欲求があったりした。
※ 1980年中盤から活躍する日本ヒップホップDJのパイオニア、dj hondaが自身の頭文字”h”をとって立ち上げたファッションブランド。オリックス時代にイチローがキャップを被ったことで、一躍有名になる。また「水曜日のダウンタウン」では「今dj hondaのキャップ被ってる人 誰も”h”の意味分かってない説」でも取り上げられ話題になった。
結論から言うとそれらは見つからなかったが、現地にしかない収穫もあった。
シャッターが半開きのまま野菜や果物が雪崩のように置かれている中に鎮座している店主。道行く人に「これが100円で、これが80円で」と声を掛けるのだが、必ずブリッジに決め台詞を設けるのだ。
もちろん、タダ“みたい”なのであってタダではない。僕はこの北九州市という街で“タダ”とはつまりなんなのかを考えさせられることになる。「これ100円!タダみたい!」
「これ80円!タダみたい!」
「これ110円!タダみたい!」
「これ50円!タダみたい!」
まるでこの八百屋の声が旅の前口上を担っていたかのように。
第2章『ハハノシキュウ、とにかくコメに合う北九州のメシを堪能』
最初の食事は黄金市場を抜けた先にあるこじんまりとした定食屋「天ひろ」だった。とても気のいいおばちゃんが、鰯と鯖、そしてチリメンのぬかだきを差し出してくれる。それは北国育ちの僕にとって丁度いい味の濃さで、当然だが缶詰めの中の魚とはまるで別物だった。 99点だった。あとひとつ何かがあれば、サグラダファミリアも完成しそうな勢いだった。
「やっぱ、白米が欲しいでしょ?」
その通り。よって100点!
というわけで、この後に豚骨ラーメンが控えていることも忘れ、茶碗1杯のご飯をかきこんだ。しかも、おばちゃんは「お金はいらない」と言ってくれた。さすがに悪いので支払ったが、のちにライス代をサービスしてくれていたことがわかった。 そのとき、僕の頭の中の輪入道がこんなことを言っていた。
この曲の最も優れた部分は歌い出しにある。「縁もゆかりもない土地でライブに呼ばれて」のところだ。縁もゆかりもない土地に、心を動かされることなんてそうそう無い。そういう意味では、僕も同じ状況だった。 *** 創業五十五年の老舗「東洋軒」。北九州市の豚骨ラーメンは久留米ラーメンの流れを汲む店が多く、麺は博多ラーメンよりも太くてバリカタも替え玉もあまり見かけないのだそうだ。 ぬかだきとライスを食べた腹でも、関係なく食が進む。薄ピンク色の紅生姜のようなたけのこが妙にかわいい。店の奥にはスープ室という部屋があって、そこでスープが大事そうに管理されていた。 カウンターのクリアボックスにはコンビニの肉まんのようにおむすびが並び、この街が僕に米を食わせようとしていることを察した。“入ったラーメン屋で食べた京阪ラーメン
最後に飯入れるのが定番だって
書いてある張り紙をみてライス頼む全部くらう
食い終わって気が付いた100円
おぼんの上に置いて店をでたら
不愛想だったお姉さんがわざわざ追いかけてきて
いいよこれはサービスって返された100円” 輪入道「徳之島」
***
とにかく北九州市の食べ物は米に合う。これは、僕がこの2日間で一貫して抱いた感想だった。 鉄なべ餃子発祥の店と言われる「本店 鉄なべ」で食した餃子もはっきり言って無限に食べられそうだった。従来の餃子の半分くらいの大きさで、一口で食べられてしまう。ついついライスを大盛りで注文してしまうくらいに。 そして特筆すべきは、創業60年以上のパン屋、「シロヤベーカリー」のサニーパン(70円)である。これを求めて連日長蛇の列が出来るのだそうだ。
路上でそのまま実食した北九州名物。またこれが美味しい。球体フランスパンの中に手榴弾の如く練乳を詰め込んだ逸品とでも言っておこう。実際、食べ方が上手くないと練乳が汗のようにパンの隙間から滲み出てくる。大口で嚙みつこうものならそれこそ手榴弾と化してしまうだろう。
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