アニメーター 刈谷仁美の描く北九州市 心を満たし、絵に表したくなる人と風景

POPなポイントを3行で

  • 『なつぞら』で知られるアニメーター・刈谷仁美
  • 北九州市を訪れて3種類のポスターを制作
  • 彼女が感じた北九州市の色と移住の可能性
北九州市発祥といわれる酒屋での立ち呑み、通称「角打ち」に集う地元の人々の喧騒。歴史ある小倉城に見守られながら遊びまわる子どもたち、夕焼けに照らされたレンガ造りをカップルがしずかに眺めるロマンチックな情景。

イラストとして確かにデフォルメされながらも、息づかいまで感じさせるような素朴で写実的なタッチで描かれた3枚のポスターは、気鋭の若手アニメーター・刈谷仁美さんが北九州市の定住・移住を目的としたPR企画で描いたものだ。

刈谷仁美さんが手がけた北九州市のPRポスター

アニメーターを主人公にしたNHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の題字とオープニングアニメーションなどを担当したことでも知られる刈谷さん。実際に北九州市を訪れ小倉門司港(もじこう)といった街並みを肌で感じ、人々の生活が細部まで描かれたイラストを仕上げた。

訪れる前の北九州市の印象を「パッと思い浮かんだのは……修羅の国みたいなイメージ」と正直に答えてくれた彼女。しかし北九州市には、そんなステレオタイプなイメージを180度転換させるだけの強く確かな魅力があった。

仕事をする場所を選ばなくなりつつあるアニメーターとして、刈谷さんのキャリアにも触れながら、彼女が北九州市で目にした“色”に迫る。

取材:恩田雄多 文:オグマフミヤ 撮影:塩川雄也

アニメーター・刈谷仁美が北九州市で見たもの

──今回は北九州市の街並みを3枚のイラストにしていただきました。それぞれ異なるロケーションのイラストになっていますが、描かれる際のイメージはどのように決めていったのでしょうか?

刈谷 イラストのテーマは事前にいくつか候補をいただいていて、自分でネットで調べたりもしたうえで、ある程度イメージを固めていました。

とはいえ、実際に取材に行く前の時点では3枚とも構図が被らないようにして、並べても似たように見えることがないようにしようと意識するくらいでした。

そこからロケハンとして北九州市に行き、たくさん写真を撮って実際の構図を決めていったんです。

──北九州市にはどれくらい滞在されましたか?

刈谷 小倉に1泊と門司港に2泊しました。旅行も兼ねていたので、ちょっとゆっくりしてしまいました。

門司港のホテル/刈谷仁美さん撮影

──実際に行かれる前の北九州市のイメージはいかがでしたか?

刈谷 北九州市と聞いてパッと浮かんだのは……いわゆる「修羅の国」みたいなイメージといいますか(笑)。

ちょっとステレオタイプが過ぎるなと思いつつも、夜中に1人では出歩けないような、ちょっと物騒な印象がありました。

──どうしてもそうしたイメージがひとり歩きしてしまうことはありますね。

刈谷 イラストもハートフルなものにしたいとは思っていたんですが、実際に見に行くまではちょっと想像ができていませんでした。ですがそのぶん、現地に行くのは楽しみでもあったんです。

──実際に北九州市に行かれてみてイメージは変わりましたか?

刈谷 最初は小倉に行ったんですが、そびえ立つ小倉城のふもとには芝生の大きな公園(勝山公園)が広がっていて、隣には大きな川(紫川)が流れていたりと、事前に抱いていた印象とは大きく異なる景色を見ることができました 刈谷 すごく子育てがしやすそうというか、休みの日には公園でランチするような、楽しそうな暮らしが目に浮かんだんです。最初に抱いていたイメージがベタだったのもありますが、実際の景色とのギャップはものすごくありましたね。

──現地を体験したことで命が吹き込まれたようなイラストが生まれていったんですね。

刈谷 小倉は中心街だからかもしれませんが、賑やかだけどほのぼのとした雰囲気が漂っているようにも感じました。

角打ちにも初めて行ったんですが、イラストで描いたような地元の人たちがだべりながらお酒を飲む様子が見れたり、いろんな年代の人たちがそれぞれ楽しんでいる姿を見ることができたんです。

訪れた角打ち/刈谷仁美さん撮影

刈谷 あとビール1缶150円とか小鉢1皿200円とか値段が安い!

実際に行ってみるまでは具体的に何を描くか決めかねていましたが、北九州市で見たものや感じたことを素直にイラストに落とし込むことができました。 ──城下町と角打ちは小倉の景色ですが、もう1枚のイラストでは門司港をモチーフに描かれています。

刈谷 小倉もそうでしたが、門司港はまさに行く前に想像していた北九州市と正反対の街でした。

門司港にある建物/刈谷仁美さん撮影

刈谷 大正時代にできたレンガ造りの建物が残っているロマンチックな街並みで、カップルで行くといいだろうなと思いました。

イルミネーションに照らされてレンガ造りに綺麗な赤色が浮かび上がっている景色がとても美しくて、これを絵にしたいと感じたんです。 ──北九州市としては、刈谷さんにポスターを描いていただく上で「子育てのしやすさ」や「若い世代が楽しめる」、「年配の方が住みやすい」といったテーマを押し出していきたいという要望があったそうですが、実際の街並みと合わせて絵に落とし込むのは難しかったですか?

刈谷 人物の描き分けだったり年配の方らしい表情、子どもが無邪気に遊ぶ様子をパッと見て伝わるように描けるかなど、技術的な部分で少し心配には思いましたが、人々の暮らしを描くのはむしろ得意とする分野だったので難しくは感じませんでした。

いただいたテーマも明確だったので、実際の景色と合わせることでイメージも浮かびやすかったですし、工夫したのはそのイメージに自分の絵柄をどう寄せるかといった部分でした。

北九州市は「ほどよく全部ある」街

──北九州市といえば、人情あふれる人々が暮らすというイメージもありますが、地元の方と交流されたりもしましたか?

刈谷 私が行ったのがお正月だったのもあってか、角打ちでも地元の方はどちらかというとサッと呑んでサッと帰るみたいな方が多かった気がします。

むしろ同じように外から旅行に来ている方のほうがゆっくり呑んでいて、近くの美味しいお店を教えてもらったりしました。

イラストのモチーフの1つとなっている角打ち/刈谷仁美さん撮影

刈谷 私は取材としての目的もあったので、写真を撮ったりあからさまにお店の中で異質な存在だったと思います。

それでも終わってから軽く呑んでいたら、自然と「どこからきたの?」みたいな会話が生まれましたし、そもそもお店や街全体に外から来ても受け入れてくれるような雰囲気があって、心地よかったですね。 ──KAI-YOUの人間も同じように北九州市に滞在したのですが(関連記事)、同じく自然と会話が発生する温かい雰囲気だったと言っていました。東京にいてはなかなか感じられないことだと思うんですが、本当にそうした光景が広がっているんですね。

刈谷 私は小倉と門司港しか見ていませんが、それでもそういう空気は味わえました。お城があって大きい公園があって、少しいけば港町も広がっている。

都会らしい街並みと自然がほどよく調和していて、食べ物も美味しいし人も温かい
。本当にいい街なんだなと感じたんです。

夕方頃の門司港/刈谷仁美さん撮影

──普段は東京で暮らす刈谷さんから見て、不便さは感じませんでしたか?

刈谷 パッと不便なことが思い浮かばないほどには、東京での暮らしとそんなに遜色がなかったと思います。私の地元の高知に似たような空気も感じましたが、もっと栄えていて住みやすいというか、むしろより居心地の良さを感じました。

──やはり特別な居心地の良さがあるんでしょうか?

刈谷 栄えてはいるけど都会ならではの息苦しさがなかったんですよね。でも少し路地に入ったら、こちらではあまり見かけなくなったお酒の自販機があったり、じゃがビーの箱がプレスされたものが転がっていたりしてちょっと不気味な感じもありました(笑)。 ── 一本路地に入るだけでディープな世界も広がっていたんですね。

刈谷 北九州市ならではのものも見ることができましたが、それらも含めて、田舎の良さも都会の良さもほどよく全部ある街なんだと思います。

刈谷仁美が感じた北九州市の色

──北九州市といえば海鮮やお酒など美味しいものもたくさんあります。

刈谷 お魚は確かにとても美味しかったですね、芋焼酎も飲みました。

──お酒は結構飲まれるんですか?

刈谷 結構飲みます(笑)。芋焼酎以外にも九州はお酒のレパートリーがたくさんあって、いろいろ楽しめてよかったです。 ──ほかにも観光されたりしましたか?

刈谷 門司港はバナナのたたき売りの発祥地らしく、バナナ系のケーキが売ってたりしたのが印象的でしたね。あと街全体で焼きカレーを推していて、どのお店でもメニューに書かれていたのも面白かったです。

──名物から観光地まで北九州市を楽しんでいただけたと思いますが、そんな魅力あふれる北九州市を色で表現すると何色になると思いますか?

刈谷 くすんだ色ではないですね。

街の人が賑やかに行きかっていましたし、夜の繁華街の華やかな印象もあるので、原色に近いようなイメージもあります。海の印象に引っ張られてもいますが……群青に近いもう少しビビットな青でしょうか。 ──どちらかというとオレンジや暖色系のイメージがあると思っていたので、正反対の色が出てきて少し驚きました。

刈谷 確かに私も実際に訪れてみるまでは赤のイメージでした。でも実際はもっと澄んでいましたし、特に門司港は古き良きものを重んじているようなところから青を連想させられたんです。やはり実際に行ってみたからこそわかった感覚なのかもしれません。

1
2
この記事どう思う?

この記事どう思う?

関連キーフレーズ

プロフィール

刈谷仁美

刈谷仁美

アニメーター/イラストレーター

1996年生まれ、高知県出身。アニメ制作スタジオ・TRIGGER(トリガー)での経験を経て、スマホゲーム『ブレイドスマッシュ』の作画監督を担当。2019年に放送されたNHK連続テレビ小説『なつぞら』では、オープニングアニメの監督・原画・キャラクターデザイン他、タイトル題字のデザイン・作中アニメの制作・台本の表紙イラストを担当。同年には自身初となる個展『かりや展』をササユリカフェで開催。また東京アニメアワードフェスティバル2020の表紙画を務めるなど多才な活動を行う。繊細な色彩と柔らかくも立体感のある作風で、日本アニメーションの息づかいを感じさせる作品を多数生み出している。

塩川雄也

塩川雄也

フォトグラファー

1988年、福岡県北九州市生まれ。山口大学医学部保健学科卒業後、附属の大学病院で看護師として勤務。山口県宇部市の​山本写真機店に出会い写真の魅力に惹かれていく。その後、旅への強い憧れから国内外を飛び回り写真を撮り始める。2015年に福岡県福岡市に拠点を移した後、フリーランスとして活動を開始する。翌年には写真家を志して上京。写真家 青山裕企氏に師事。2017年に写真家として独立後、東京で初の個展を開催。2018年にはYUKAIHANDS PUBLISHINGより写真集『OASIS』を刊行。同時に東京・山口宇部で展覧会を行う。

0件のコメント

※非ログインユーザーのコメントは編集部の承認を経て掲載されます。

※コメントの投稿前には利用規約の確認をお願いします。