イラストとして確かにデフォルメされながらも、息づかいまで感じさせるような素朴で写実的なタッチで描かれた3枚のポスターは、気鋭の若手アニメーター・刈谷仁美さんが北九州市の定住・移住を目的としたPR企画で描いたものだ。
刈谷仁美さんが手がけた北九州市のPRポスター
訪れる前の北九州市の印象を「パッと思い浮かんだのは……修羅の国みたいなイメージ」と正直に答えてくれた彼女。しかし北九州市には、そんなステレオタイプなイメージを180度転換させるだけの強く確かな魅力があった。
仕事をする場所を選ばなくなりつつあるアニメーターとして、刈谷さんのキャリアにも触れながら、彼女が北九州市で目にした“色”に迫る。
取材:恩田雄多 文:オグマフミヤ 撮影:塩川雄也
アニメーター・刈谷仁美が北九州市で見たもの
刈谷 イラストのテーマは事前にいくつか候補をいただいていて、自分でネットで調べたりもしたうえで、ある程度イメージを固めていました。
とはいえ、実際に取材に行く前の時点では3枚とも構図が被らないようにして、並べても似たように見えることがないようにしようと意識するくらいでした。
そこからロケハンとして北九州市に行き、たくさん写真を撮って実際の構図を決めていったんです。
──北九州市にはどれくらい滞在されましたか?
刈谷 小倉に1泊と門司港に2泊しました。旅行も兼ねていたので、ちょっとゆっくりしてしまいました。
門司港のホテル/刈谷仁美さん撮影
刈谷 北九州市と聞いてパッと浮かんだのは……いわゆる「修羅の国」みたいなイメージといいますか(笑)。
ちょっとステレオタイプが過ぎるなと思いつつも、夜中に1人では出歩けないような、ちょっと物騒な印象がありました。
──どうしてもそうしたイメージがひとり歩きしてしまうことはありますね。
刈谷 イラストもハートフルなものにしたいとは思っていたんですが、実際に見に行くまではちょっと想像ができていませんでした。ですがそのぶん、現地に行くのは楽しみでもあったんです。
──実際に北九州市に行かれてみてイメージは変わりましたか?
刈谷 最初は小倉に行ったんですが、そびえ立つ小倉城のふもとには芝生の大きな公園(勝山公園)が広がっていて、隣には大きな川(紫川)が流れていたりと、事前に抱いていた印象とは大きく異なる景色を見ることができました。
──現地を体験したことで命が吹き込まれたようなイラストが生まれていったんですね。
刈谷 小倉は中心街だからかもしれませんが、賑やかだけどほのぼのとした雰囲気が漂っているようにも感じました。
角打ちにも初めて行ったんですが、イラストで描いたような地元の人たちがだべりながらお酒を飲む様子が見れたり、いろんな年代の人たちがそれぞれ楽しんでいる姿を見ることができたんです。
訪れた角打ち/刈谷仁美さん撮影
実際に行ってみるまでは具体的に何を描くか決めかねていましたが、北九州市で見たものや感じたことを素直にイラストに落とし込むことができました。
刈谷 小倉もそうでしたが、門司港はまさに行く前に想像していた北九州市と正反対の街でした。
門司港にある建物/刈谷仁美さん撮影
イルミネーションに照らされてレンガ造りに綺麗な赤色が浮かび上がっている景色がとても美しくて、これを絵にしたいと感じたんです。
刈谷 人物の描き分けだったり年配の方らしい表情、子どもが無邪気に遊ぶ様子をパッと見て伝わるように描けるかなど、技術的な部分で少し心配には思いましたが、人々の暮らしを描くのはむしろ得意とする分野だったので難しくは感じませんでした。
いただいたテーマも明確だったので、実際の景色と合わせることでイメージも浮かびやすかったですし、工夫したのはそのイメージに自分の絵柄をどう寄せるかといった部分でした。
北九州市は「ほどよく全部ある」街
刈谷 私が行ったのがお正月だったのもあってか、角打ちでも地元の方はどちらかというとサッと呑んでサッと帰るみたいな方が多かった気がします。
むしろ同じように外から旅行に来ている方のほうがゆっくり呑んでいて、近くの美味しいお店を教えてもらったりしました。
イラストのモチーフの1つとなっている角打ち/刈谷仁美さん撮影
それでも終わってから軽く呑んでいたら、自然と「どこからきたの?」みたいな会話が生まれましたし、そもそもお店や街全体に外から来ても受け入れてくれるような雰囲気があって、心地よかったですね。
刈谷 私は小倉と門司港しか見ていませんが、それでもそういう空気は味わえました。お城があって大きい公園があって、少しいけば港町も広がっている。
都会らしい街並みと自然がほどよく調和していて、食べ物も美味しいし人も温かい。本当にいい街なんだなと感じたんです。
夕方頃の門司港/刈谷仁美さん撮影
刈谷 パッと不便なことが思い浮かばないほどには、東京での暮らしとそんなに遜色がなかったと思います。私の地元の高知に似たような空気も感じましたが、もっと栄えていて住みやすいというか、むしろより居心地の良さを感じました。
──やはり特別な居心地の良さがあるんでしょうか?
刈谷 栄えてはいるけど都会ならではの息苦しさがなかったんですよね。でも少し路地に入ったら、こちらではあまり見かけなくなったお酒の自販機があったり、じゃがビーの箱がプレスされたものが転がっていたりしてちょっと不気味な感じもありました(笑)。
── 一本路地に入るだけでディープな世界も広がっていたんですね。門司港また行きたいい pic.twitter.com/PIJY4erdB5
— かりや (@KRY_aia) January 27, 2020
刈谷 北九州市ならではのものも見ることができましたが、それらも含めて、田舎の良さも都会の良さもほどよく全部ある街なんだと思います。
刈谷仁美が感じた北九州市の色
──北九州市といえば海鮮やお酒など美味しいものもたくさんあります。刈谷 お魚は確かにとても美味しかったですね、芋焼酎も飲みました。
──お酒は結構飲まれるんですか?
刈谷 結構飲みます(笑)。芋焼酎以外にも九州はお酒のレパートリーがたくさんあって、いろいろ楽しめてよかったです。
刈谷 門司港はバナナのたたき売りの発祥地らしく、バナナ系のケーキが売ってたりしたのが印象的でしたね。あと街全体で焼きカレーを推していて、どのお店でもメニューに書かれていたのも面白かったです。
──名物から観光地まで北九州市を楽しんでいただけたと思いますが、そんな魅力あふれる北九州市を色で表現すると何色になると思いますか?
刈谷 くすんだ色ではないですね。
街の人が賑やかに行きかっていましたし、夜の繁華街の華やかな印象もあるので、原色に近いようなイメージもあります。海の印象に引っ張られてもいますが……群青に近いもう少しビビットな青でしょうか。
刈谷 確かに私も実際に訪れてみるまでは赤のイメージでした。でも実際はもっと澄んでいましたし、特に門司港は古き良きものを重んじているようなところから青を連想させられたんです。やはり実際に行ってみたからこそわかった感覚なのかもしれません。
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