シンガーソングライター兼漫画家「城戸胎生」は、見つかるべき“異能”である

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柴 那典

“発見されない”ミュージシャンの焦燥と嫉妬を描く半自伝的作品「マドンナ」

その上で、とても率直な疑問が浮かぶ……なぜ、これだけの才能が“見つからなかった”のか?

昨今の音楽シーンを巡る状況は、大手レコード会社や事務所に所属してメジャーデビューしなければ、世に作品を発信できなかった90年代の頃とは全く違う。

学生であっても、会社員であっても、誰でもが創作に取り組み、ネットを通してそれを発表できる環境がある。YouTubeもニコニコ動画もあるし、TuneCore Japanのようなデジタルディストリビューターを通してSpotifyやApple Musicなどの音楽ストリーミングサービスに配信することもできる。

マスメディアによる大掛かりなプロモーションよりも、UGCの自然発生的なバイラルのほうが、むしろヒットに寄与する。たとえ昨日までは無名だったとしても、ひとたびバズればあっという間に世に“見つかる”。そういう時代になっている。

誰しもに平等にチャンスが訪れる。そのことについては、基本的にはいい時代になったと思う。しかし同時に、自身の才能を信じつつチャンスの巡り合わせが訪れるのを煩悶しながら待ちわびるクリエイター本人にとっては、残酷な時代でもあるのだとも思う。

城戸胎生さんの最新作『マドンナ』は、そういうテーマについての作品だ。

城戸胎生さんの漫画『マドンナ』(後編)/画像はサンデーうぇぶりより

主人公の間戸杏奈(まどあんな)は、美大の油画科に所属し、ステージに自分で描いた絵を飾り、ライブを行うアマチュアミュージシャンである。音楽活動の名義は「マドンナ」。親友やその弟など周囲からの評価はあるものの、その活動はなかなか日の目を見ることはなく、だんだんと主人公は焦燥を感じるようになる。

そして、同じく絵と音楽を共に手掛け、ネットに投稿する同志的な存在でもあった親友の方が先に注目を浴び成功を手にしていくことで、主人公は露骨な嫉妬心を抱くようになる。「売れたい」という思いと、それが叶わない葛藤の中で、主人公の心が徐々に壊れ、取り返しのつかないことをしてしまう……というストーリーだ。

城戸胎生さんの漫画『マドンナ』(後編)/画像はサンデーうぇぶりより

誰もが気付くように、「マドンナ」の主人公のモデルは城戸胎生さん自身だろう。Xのポストでも、この曲は自身が体験した出来事をもとにした半自伝的な作品だということを明かしている(外部リンク)。

作品に描かれた劣等感や嫉妬や孤独感や喪失感は自分自身にとってリアルなもので、その苦悩を乗り越えないことには前に進めなかったのだと語っている。

漫画のコメント欄には、賛否両論の反応が集まっている。作者の中で疼いていたドロドロとした思いを吐き出したような作品だ。決して爽快な読後感ではない。そのせいもあるのだろうか、かなり強い口調で非難するようなコメントも多い。

ただ、それだけ「抉る」作品であるのは間違いない

城戸胎生は、見果てぬ夢へと身を投じ続ける

それを経て「マドンナ」のMVを観ると、曲の持つ魅力が2倍、3倍にもなって伝わってくる。

城戸胎生「マドンナ」MV

サウンドはギターロックだ。歌詞は音楽番組、コンビニ有線、タイムライン、カラオケボックスを挙げつつ、流行歌の浅薄さをあげつらう冒頭からはじまる。求めている称賛が得られず、承認欲求が満たされず、周囲にひたすら毒づいていたらその毒が自身にも回ってしまったような心情が綴られている。

そして、曲の最後では<マドンナは夢を見続けるんだ>と見果てぬ夢に身を投じ続ける思いが歌われる。漫画のラストとMVの最後の数秒のカットが結びついて、なんとも言えない余韻を残す。

このように重層的な作品になっている。

そして、ポイントはこの「マドンナ」の現実世界での物語はまったく終わっていない、ということだ。むしろ過渡期の真っ最中である。

〈マドンナは夢を見続けるんだ〉

城戸胎生さんは、まだ今は“見つかっていない”。

もちろんいち早く、その表現の鋭角性に気付いたファンやリスナーはいる。けれど、バイラルヒットするような“現象”はまだ起こっていない。「マドンナ」の主人公が抱えている焦燥や葛藤が解消されるような状況には至っていないのである。

でも、時間の問題でもあるだろう。

特に、昨今のSNSを巡る状況においては、音楽よりもむしろ視覚表現である漫画の方がカジュアルにバズを起こしやすいメディア環境にある。特に、嫉妬や悪意、綺麗事だけではおさまらない、モヤモヤとした共感しづらい感情を表現した作品としては、漫画の持つ影響力と拡散力はとても大きい。

確実に“見つかる”べき才能だと思う。ただ、シンガーソングライター/漫画家というスタイルが、その時にどんな転がり方をしていくのかはわからない。漫画にこもっている情念や魂の部分が先に評価を集めていきそうな予感もあるが、それが音楽にどう結びついていくのかにも大きな期待がある。

<夢を見続けた>果てにある、城戸胎生さんの未来を楽しみにしたい。

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