『劇場版モノノ怪 火鼠』が描く灰色という生き方
──登場人物という意味ではフキとボタン以外に、大奥の警備を担当する坂下も印象的でした。規範に重きを置きつつも、臨機応変に対応して存在感を放っていましたが、そうした中庸な存在の重要性も意図的にフォーカスした部分なのでしょうか?
鈴木清崇 個人的には坂下(CV.細見大輔さん)の第二章での活躍には熱いものを感じました。特に、ボタンに頭を下げて主人公の薬売りを大奥に入れるように頼むシーンは、カッコいい音楽をつけるかどうか悩んだくらいです。結果的にカッコいい音楽はつきませんでしたが、とても印象深いシーンです。
大奥を守らないといけない立場の人間が、大奥を守るために、これまでの大奥を壊しかねない侵入者を受け入れる──そう判断するまでの葛藤と覚悟に、本当にグッときましたし、坂下のドラマは特に力を入れて描いてました。
坂下(CV.細見大輔さん):大奥の警備を司る広敷番(ひろしきばん)。最も人の出入りが多い大奥の「七つ口」で薬売りと出会い、怪しい動きを警戒する。
中村健治 アイナ・ジ・エンドさんに主題歌を書き下ろしていただくにあたって、楽曲制作のヒントとなるよう作品についてのテキストをお送りしたんです。そこでキーワードとして書いたのが「灰色」という言葉でした。
美しいけど脆い白でも、力強いけど禍々しい黒でもなく、その中間にある灰色を選択するのが今作の最後のフキだと思っています。すっきりとした解決にはならないけど、合成の誤謬の世界で生きる上でのひとつの正解の形を彼女は選び取った。そうした思いを伝えた上で書いてもらったのが「花無双」です。
中村健治 なので、どちらでもない中庸の大事さは、意識していた部分でもあります。保守って効率が悪いし、なんだか古くてダサくも見えるけど、ずっと守っている何かが実は暗に安全に繋がっていたりもする。
逆に改革は身軽で大胆に動けるけど、予想もできないような失敗を生むリスクもある。どちらにもメリットとデメリットがあって、本当はどちらにも寄らない方がいいわけですが、現代では極端に寄った意見が強く見えてしまっている。本当はどっちでもない間の人たちがたくさんいると思うんです。
今作の坂下は、体制を守る保守側のようだけど、嘘もつくし、言ってしまえば道化師のような立ち位置でもあります。じゃあどっちつかずの存在として何も背負ってないかというとそうではなく、彼にも彼の覚悟があった。だからこそ彼のドラマは熱いものになったのかなと思います。
──最初は頑なに薬売りが大奥に入るのを拒んでいた坂下が、叫びながら薬売りの背中を押す場面は震えるほどに熱いシーンに仕上がっていて、正直泣きそうでした。
中村健治 あのシーンについては僕はちょっとやりすぎなんじゃないかと思ったんですけどね(笑)。
──そうなんですか?!
鈴木清崇 (笑)。
中村健治 でも、鈴木くんが「絶対に残した方がいい」と強くこだわって、入れることになりました。鈴木くんは普段は理知的なんですけど、大事な判断は感情の熱で決めるところがあって、そのギャップが面白いんです。
坂下に背中を押され大奥の内部へと急ぐ薬売り
鈴木清崇 ああいう燃える展開は残した方がいいじゃないですか。
中村健治 燃える展開も大事だけど、僕はそこもしっかり計算が先に来てしまうんですよね。本当に自然な感情の流れで描けるシーンならいいんですけど、「この時点で坂下はこういうことを言っていいんだっけ?」みたいな。
鈴木くんのこだわりもありつつ、坂下がちゃんとそういう気持ちになれているならOKということで採用されたシーンですね。ただ僕としても、まさか坂下がこんなに薬売りに寄り添うキャラクターになるとは思いませんでした。そういう予想外なところも含めて、描いていて楽しいキャラクターでした。
幸せの仕組みが皆を苦しめる──モノノ怪が生まれるメカニズム
──前作から続く「合成の誤謬」に加えて、「幸せのためにつくったものなのに、仕組みのために搾取される。ない方がよくない?という瞬間を映画にしている」という視点もテーマになっているそうですね。
第二章で登場する怪異・火鼠はなぜ生まれたのか?
中村健治 今作におけるモノノ怪が生まれるメカニズムはこういうこと、というのを言葉にしたものがテーマになっています。
今作には完全に悪い人というのは実はいなくて、何かしら事情があってちょっとだけ悪いことをしている人がたくさんいる。みんな幸せのためにつくった仕組みを守るために少しずつ悪いことをしていて、悪いことをしたからといって裁いてしまうと、仕組みが崩壊しかねない危険性があったりする。
現実でも同じように、確かに悪いこともしているんだけど「その人がいなくなると社会や組織が回らなくなってしまうから困る」ということがあると思うんです。だからこそ白黒ハッキリつけようとするのは難しい。
社会全体のモラルが高ければ白黒ハッキリつけることもできたでしょうが、現代は僕を含めて全体のモラルが下がっていて、全員何かしら後ろ暗いものを抱えている状態だと思っています。
薬売りが「形」「真」「理」の三様を得ることで退魔の剣の封印を解き切り替わる姿「神儀」。モノノ怪を斬り、清め、鎮める。
──社会全体のモラルの低下。
中村健治 自分だって辛いんだから多少のズルはしょうがないという姿勢でいると、みんなを幸せにするためにつくった仕組みが、ある時点で逆にみんなを苦しめるようになってしまう。ちょうど現代の日本は、そういう状態になりはじめているとも言えます。
そうなるとみんな辛い中で、誰かにさらに大きい負担を強いないと立ち行かなくなっていくんです。劇中では他の人より辛さを背負ってしまった人がモノノ怪になってしまいましたが、現実世界ではそうはなりません。
もうどうしようもなくなって暴れてしまったり、問題を起こしてしまったりすることになるでしょう。僕らは今、そうやってみんなを幸せにするはずだった仕組みによって、世界が壊れていく様子を見ているのかもしれない。そんなことを考えながら今作の制作に臨んでいました。

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作品情報
劇場版モノノ怪 第二章 火鼠
- 公開日
- 3月14日(金)全国ロードショー
■キャスト
薬売り:神谷浩史
時田フキ:日笠陽子/大友ボタン:戸松遥
時田三郎丸:梶裕貴/坂下:細見大輔/アサ:黒沢ともよ/サヨ:ゆかな
マツ:青木瑠璃子/キヨ:芹澤優/タケ:茜屋日海夏/スマ:森なな子
天子様:入野自由/溝呂木北斗:津田健次郎/幸子:種﨑敦美
時田良路:チョー/老中大友:堀内賢雄/勝沼:楠見尚己/藤巻:堀川りょう/水光院:榊󠄀原良子
■主題歌
「花無双」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
■エンディングテーマ
「渇望」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
■スタッフ
総監督:中村健治/監督:鈴木清崇/脚本:新八角
キャラクターデザイン:永田狐子/アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一/美術監督:倉本章 斎藤陽子/美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫/ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D 監督:白井賢一/編集:西山茂/音響監督:長崎行男/音楽:岩崎琢
プロデューサー:佐藤公章 須藤雄樹/企画プロデュース:山本幸治
配給:ツインエンジン ギグリーボックス/制作:くるせる EOTA
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1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:12125)
絢爛豪華でため息をつく位美しい背景の数々を堪能しトリップできました。薬売りさんの瞳、手、声が妖艶で、見とれました。スズには泣けたんですが、もう少し子供を楽しみに待ち望むシーン、例えば懐妊わかり喜ぶ姿とか、安産のお守りいつも大事にしてるシーンなどあれば、もっと感情移入できたのに…。又岩崎琢さんの第一章の曲凄く良かったので新曲あるかと思ってたら第一章と同じ曲だったのが、ちょっと残念でした。最後の戦闘シーンは空間表現素晴らしく、これが第3章でもいい位盛り上がりました✨✨3回観に行き、また友人と行きます♪