「久野遥子は多摩美のスターだった」大学同期の盟友が『化け猫あんずちゃん』で再集結した理由

「久野遥子は多摩美のスターだった」大学同期の盟友が『化け猫あんずちゃん』で再集結した理由
「久野遥子は多摩美のスターだった」大学同期の盟友が『化け猫あんずちゃん』で再集結した理由

アニメーション映画『化け猫あんずちゃん』

いましろたかしさんの漫画を原作としたアニメーション映画『化け猫あんずちゃん』が7月19日から公開中だ。

人間のように暮らす化け猫のあんずちゃんと、亡くなった母親に会いたいと願う少女・かりんとの出会いからはじまる不思議なひと夏の逃走劇。気鋭アニメ作家・久野遥子さんと日本映画界の名手・山下敦弘さんの強力タッグがW監督を務めている。

制作は、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』のシンエイ動画と、フランスの新進気鋭スタジオ・Miyu Productionsによる日仏共同制作。

実写映像をトレースしてアニメーションを制作する技法「ロトスコープ」を採用。元となる実写版を、あんずちゃん役の森山未來さんら役者陣出演のもと、一本の映画として制作した。

映画『化け猫あんずちゃん』予告編

そんな『化け猫あんずちゃん』で監督である久野遥子さんと、作画監督の石舘波子さん、中内友紀恵さんは、多摩美術大学グラフィックデザイン学科を2013年に卒業した同窓生。

かつて短編アニメ『Airy Me』の制作で机を並べた3人が、再び集結し劇場アニメーションに挑む熱い展開には、胸踊らずにいられない。インタビューを通じて、異例尽くしの制作で感じた互いの魅力や、同窓生同士という現場の雰囲気を訊いた。

取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多

イレギュラーな制作体制を楽しめる2人へのオファー

──まずは久野さんが本作に監督として参加された経緯を教えてください。

久野遥子 最初はシンエイ動画のプロデューサーの近藤(慶一)さんからお話をいただきました。

近藤さんは、私がロトスコープディレクターを務めた岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』(2015年)や、山下監督の『苦役列車』(2012年)で助監督をされていて、近藤さんの頭の中で山下監督と私に「ロトスコープ作品をやらせたら面白いんじゃないか?」って思いがあったみたいです。

私も山下監督も漫画の『化け猫あんずちゃん』が好きだったということもあり、お話をいただいた時点で「ぜひお願いします!」って感じでした。

久野遥子さん:2013年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。卒業制作『Airy Me』が注目を集め、岩井俊二監督『花とアリス殺人事件 』(2015)でロトスコープディレクターに抜擢。「映画クレヨンしんちゃんシリーズ」などにも参加。本作が長編初監督作品になる

──大学時代の同窓生である石舘さんと中内さんの参加はどう決まったのでしょう?

久野遥子 今回の作品は、ロトスコープというまだつくり方が定型化していない手法を使っているので、相談しやすい人たちと一緒にやりたいという考えがありました。

加えて、2人は単純にものすごく絵が描ける人だし、実写としてあるモチーフをデフォルメする感覚も美大での経験で培われていると思って、声をかけました。

(石舘)波子さんは作画監督の経験があるので大丈夫だと思っていたんですが、友紀恵ちゃんは今までそういう経験がなかったので。「ちょっと無理をお願いしてしまうかも……」と感じつつ、「彼女ならきっと大丈夫!」と思って心臓をバクバクさせながらお願いしました(笑)。

──オファーを受けた時はどう思いましたか?

中内友紀恵 最初は「それは無理だ!」って返事をしたんです。久野さんが言った通り、私はアニメ制作会社勤務の経験も、作画監督の経験もないので。

面白そうだから参加したいけど、未経験でやるには責任が重すぎるので、役職を軽くしてほしいと相談したんです。

でも、「いわゆる普通のアニメとは違ったイレギュラーな制作体制になるから大丈夫!」って言われて、ちょうど他のお仕事も落ち着いたタイミングだったので引き受けることにしました。

中内友紀恵さん:2013年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了。キャラクターデザイナー/アニメーターとして子ども向けの媒体を中心に活動。作家「ゲレンデ」名義でイラストレーターとしても活動中

石舘波子 私の場合は、かつて『花とアリス殺人事件』に参加したかった気持ちがあったんです。

当時、周りのみんなが参加してるのに、私は制作会社勤務で富山にいて参加できなかったのが悔しくて。とはいえ、その時は新人アニメーターだったので助けられることもなかったんですけど。

なので、今回声をかけてもらって嬉しかったです。商業アニメーターとしての経験を活かして手助けできることがあるんじゃないかと思いましたし、面白そうな企画だとも思いました。

何より「久野遥子の作品ならいくわ!」って気持ちで引き受けました(笑)

石舘波子さん:2013年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。P.A.Worksやスタジオコロリドなどに勤務。2018年に東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻に進学、卒業後はNetflixを経て、フリーランスのアニメーション作家として活動中

久野遥子 ありがとう(笑)。

波子さんに関しても、いわゆる商業で作画監督をやられている方だと、この映画はすごく特殊なので、「もしかすると嫌がられてしまうのではないか?」という懸念もありました。

でも、この2人ならそういうイレギュラーも面白がってやってくれるだろうし、楽しみながら作品をつくれる人と一緒にやりたいって思いがあったんです。

「久野遥子だな……!」多摩美の同窓生が語る“久野遥子像”

──ちなみに、石舘さんの言う「久野遥子の作品なら……!」というのは、やはり久野さんは大学時代からカリスマ的な存在だったのでしょうか?

石舘波子 多摩美の中だけでなく、私たち世代のスターって感じなんですよね。作品も当時から素晴らしかったし、卒業制作の『Airy Me』は私たち2人も手伝ってますけど、すごく刺激をもらいました。

中内友紀恵 それは本当にそう思う。

久野遥子さんの卒業制作『Airy Me』

石舘波子 だからといって、とっつきにくいわけじゃなくて、飲み会とかにも普通に参加するし、しゃべると楽しい人です(笑)。

ただ、クリエイターとしてみるとやっぱり「久野遥子だな……!」って感じるものがある。それは当時のみんなも、久野遥子への共通認識としてあったと思います!

久野遥子中内友紀恵 (笑)。

“毎日が文化祭の前日” 同窓生ならではの制作現場の空気感

──大学卒業後、様々な経験を経て、かつての同級生と今同じ作品に関わるというのはどんな心境なのでしょうか? 特に『化け猫あんずちゃん』はカンヌやアヌシーといった映画祭に出品された劇場アニメーションでもあります。

久野遥子 私はみんなを船に乗せた立場なので、下手こけないなという気持ちはありました。でも、2人は一緒に船に乗ってくれるメンバーとしてはものすごい安心感があるので、プレッシャーと安心感の2つの気持ちを抱えていました。

中内友紀恵 久野さんの卒制の『Airy Me』を手伝った時もかっこいい面だけじゃなくて、「いつ終わるんだ……」って四苦八苦しながら作業を頑張るちょっとかっこ悪い面も見ているので、私としては「ちょっとやそっとじゃくじけないメンバーだな」って感じていました。

石舘波子 それこそ、今回小さめの部屋でみんなで机を並べて作業していたので、卒制を手伝った時を思い出してました。もう毎日が同窓会みたい(笑)。他のメンバーも多摩美生が多くて、みんな知り合いのような状態だったので。

『化け猫あんずちゃん』ポスター

久野遥子 シンエイ動画の人たちの中にも多摩美出身の子が意外といて、卒業生たちに声を掛けることも多かったので、結果的にそういう空気になってたよね(笑)。

石舘波子 多摩美以外でも、友紀恵ちゃんの繋がりで芸大(東京藝術大学)出身の人たちを集めてもらったんですけど、みんな粘り強く頑張ってくれていました。

プライベートでも仲良しってメンバーではないんですが、同じ美大卒の人間同士の不思議な親近感があって、仕事として割り切ってやるのとは違った、毎日が文化祭の前日みたいなテンションでした(笑)。

──美大や芸大出身者が多いチームだからこその良さはありましたか?

石舘波子 一般的なアニメーターさんと仕事する場合は、やっぱり単価で仕事をしないといけないという事情もあるし、人の絵に合わせないといけないので、我を出したりせずにある程度割り切って描く人が多いんですよね。

でも、ロトスコープは普通のアニメと違って無駄な動きが多いので、一般的なアニメの作画の時より忍耐力が必要です。

美大出身の人たちは、粘り強くデッサンをしてきた経験と近しい感覚があるのか、辛抱強く作業してくれたと思います。そこは逆に、普通のアニメのつくり方を知らない人たちだったからこそ、しっかりやれた部分かなとも思います。

久野遥子 みんな作家性があってこだわりも強いし、一つひとつの作業を絵描きとしてのプライドを持ってやってくれました

亡くなった母親に会いたいと願う少女・かりん。哲也の娘。とてもいい子に見えるが猫をかぶっている

中内友紀恵 私もそうなんですけど、一般的な商業アニメのワークフローを知らないので、「自分が描いた線がそのままアニメになるわけではない」ということを、知らない人が多かったのかもしれません。だからこそ、一本の線も責任をもってちゃんとやろうって気持ちがあったんだと思う。

石舘波子 確かに自分がアニメーターだったら割り切って描いてたかも。

自分が描いた線でも、その後の工程で修正される可能性があるのを知ってるから、「ここを押さえておけば最低限大丈夫」みたいな思考にどんどんなってくる。

でも、『化け猫あんずちゃん』は元になる実写の動きがもうあるから、そういう考え方が通用しなかったのも大きいかもね。

久野遥子 そういう意味では普段、商業アニメを描いているアニメーターさんたちで参加した方たちは、慣れない作業の中でとても頑張ってくれていました。

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