2018年10月、突如としてこの世界に姿を現したバーチャルシンガー・
花譜さん。一度聴いたら忘れることのできない、儚くも美しい、繊細ながら強さのある歌声を武器とした、シーンを象徴する歌姫のひとりである。
そして、花譜さんのワンマンライブシリーズとして、2019年8月から展開されてきたのが「
不可解」。リアルからバーチャルまで次元の垣根を越えた様々な空間を舞台とし、2022年8月の「不可解参(狂)」ではライブの聖地・日本武道館を満員で埋め尽くすなど、開催されるたびに新たな伝説を歴史に刻んできた。
その「不可解」の完結編として、バーチャルライブ「
不可解参(想)」が、2023年3月4日に行われた。
これまでの歩みの集大成を見せる場として選ばれたのは、完全なるバーチャル空間・
超構造体。花譜さん/
KAMITSUBAKI STUDIOのプロデューサー・
PIEDPIPERさんは公式サイトに「原点回帰のような意味合いもありますが花譜はこの超構造体から新たな旅立ちをします」と記しており、単なる節目以上の大きな意味合いが込められていることが感じられる。
「不可解参(狂)」を再構築したバーチャルライブとされながらも、単なるリビルドではないことが予想されていた。そして、その予想は現実のものとなる。
現実のものとは思えない現象の実現によって。
目次
【写真52枚】花譜が辿り着く旅路の果て 「不可解」完結編
花譜、最後の「不可解」シリーズ at 超構造体
現実世界のステージをそのままバーチャル空間へ持ち込んだような舞台の上には、大型のスクリーンが設置され、渋谷の街を巡る花譜さんの映像が流れ出す。
日本武道館公演がサプライズ発表されたスクランブル交差点や、活動最初期のInstagram投稿に映っていた路地裏など、縁のあるスポットを辿っていくのは前回の「不可解参(狂)」でも見られた流れだ。まずは、このまま前回のライブをなぞっていくのかと思われたが、裏に流れるBGMが荘厳さを増すに連れて、段々と様子が変わっていく。
盛り上がりがピークへ達すると同時に、花譜さんの身体から色とりどりの花弁が剥がれ落ちていくと、現れたのは新形態「
花譜第三形態 燕(想)」。お馴染みのゆったりとしたパーカースタイルを継承しつつ、袖に光るライトグリーンや全体に走る紋様が進化を感じさせた。いきなりの形態変化で早くも観測者(=花譜さんのファン)たちの度肝を抜くと、逸る気持ちをさらに追い立てるように、鍵盤のリフレインが聞こえてくる。
新形態となった花譜さんがゆっくりと手をかざすと、画面には「
概念武道館1階」の文字が現れる。最初の舞台となるのは「不可解参(狂)」が行われた日本武道館を再現したステージのようで、現実と見まごう再現度の高さに圧倒されるなか、最初の曲が始まった。
「不可解」完結編、その1曲目に選ばれたのは「
魔女」だ。前回の武道館ライブの再構築と考えれば予想できたセットリストではあるが、いきなりの新形態に「概念武道館」とサプライズが詰め込まれたオープニングからの流れに観測者たちのテンションは早くも最高潮に。前回のライブとはまた異なるアレンジが施され、伝説の夜の幕開けにふさわしい迫力を伴った代表曲を、花譜さんは堂々と歌い上げる。その様は、“この世界は私の物だ”という大言壮語なフレーズに確かな説得力を纏わせる。
圧倒的歌唱力でオーディエンスのハートを鷲掴みにしたところで、「花譜でーす!」と元気に挨拶。開幕を告げる満面の笑みからも今日までの日々の充実を感じさせて、続いては「
畢生よ」をパフォーマンス。シームレスに「
夜が降り止む前に」へと繋ぐメドレーも前回のライブと同じ流れだが、疾走感全開のロックナンバーから心に染み入るバラードを歌い分ける表現力は、半年前とは比較にならないほどの進化を遂げている。
「今日、私はですね、この概念武道館よりお届けしています。じゃん!」と見せびらかされた会場は、確かに「不可解参(狂)」の舞台を模したもののようだが、至る所に鮮やかな赤色をした直方体が浮かんでいるなど、現実のものではない異質さも放っている。その異様な光景には花譜さん本人も「概念武道館。概念とは、はて?」と小首を傾げる。可愛い。
「誰か恋し恋され、誰か殺し殺され、誰か愛し愛された」
ステージの端までとてとてと歩き、「2019年8月に、恵比寿リキッドルームからスタートしたライブシリーズ『不可解』が、ついに本日完結です。」と告げると舞台が上階へリフトしていく。辿り着いた新たなステージは「
概念武道館2階」。ライブに進むにつれて舞台も変化していくことを観客たちに理解させたところで、突如画面にノイズが走る。
「いったいどんな終わりを迎えて次に向かうのか、ぜひ、最後まで見届けてください」という言葉に続けて、花譜さんの口から告げられた次なる曲は「
不可解」だ。
ここまでは前回の武道館ライブをなぞったセットリストだったが、世界線が変わったのか、これまでなら
クライマックスに披露されてきた定番曲が、このタイミングでぶち込まれる。最初のワンマンライブ「不可解」に合わせてつくられた特別な一曲を、サプライズ的に序盤に配置する構成の大胆さに驚かされる。そして、叩きつけるような鍵盤の旋律を背にした、花譜さんによる感情の奔流のようなポエトリーは、現状に満足せずに進化を続ける姿勢を克明に示す。
衝撃的な展開で観測者たちの感情を思い切りかき乱したかと思えば、一転して静かな雰囲気となり、花譜さんのライブでは定番の語りパートへ。「誰か恋し恋され、誰か殺し殺され、誰か愛し愛された」──フレーズこそ前回のライブでも披露された言葉たちとシンクロするが、普段は暗転した空間に花譜さんの言葉だけが静かに響くのに対し、今回はステージ上の花譜さん本人が語り、いつもとは違う景色が広がる。
そして、カメラは概念武道館の客席側を映す。そこに広がっていたのは無数に灯るペンライトの光。
画面の向こうからライブを見守っていた観測者たちの思いが、概念武道館をあたたかく照らし出す。
感動的な情景のなか、荘厳なストリングスの旋律が響き渡り「
ニヒル」へ。一体感を高めた観測者たちのボルテージをさらに引き上げる鋭いギターサウンドに、負けじと熱唱する花譜さん。息つく間もなく「
アンサー」へと繋げる。緩急の激しさにもはや聴く方の身が持たないが、言葉にならない思いを素直に込めるバラードをしっとりと歌い上げられては、ただただ感服させられるのみ。
そんな異次元のセットリストをこともなげにこなしてみせ、満足げな表情を見せる花譜さんの前に道が形成されていく。突然現れたそれへ怖気づくことなく足を踏み入れると、ゆっくりとした歩調に合わせて優しい鍵盤の音色が鳴り始めた。
ステージ後方をも埋め尽くす概念観測者たちに見守られながら歩を進め、桜の花びらも舞うなか、ゆっくりと言葉を紡いでいく。「僕らため息ひとつで大人になれるんだ。」高校卒業を記念して行われたライブタイトルにもなったフレーズを口にすると同時に、概念武道館の中央に据えられた新たなステージ「
概念武道館大樹」へとたどり着いた。その名の通りそびえ立つ大樹には桜の花が咲き誇り、観測者たちのペンライトの光と共に花譜さんを美しく彩る。
そして、現実では成しえない特別な舞台で歌い始めたのは「
裏表ガール」。消え入りそうなほどの繊細な声での歌唱は、青春の日々の刹那性を表現するかのようで、いつまでもここにいたいような愛着と、いますぐにでも旅立ちたい焦燥を絶妙に同位させる。
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