花譜「不可解」完結編ライブレポ──カンザキイオリとの“別れと出発の物語”

カンザキイオリ、卒業へ「何も語れないし、何も救えない」

二人の間に流れる沈黙すら愛おしく感じていると、「実は今回、私の方からご報告があってこの場をお借りしました。」とカンザキイオリさんから今後についての発表がされた。

この度、私カンザキイオリはKAMITSUBAKI STUDIOおよびTHINKRを卒業いたします」。

まさかの発表に誰もが息をのみ、花譜さんも神妙な面持ちで静かに見守るなか、ゆっくりと言葉が続けられる。

「音楽をつくりたくなったときも、小説を書きたくなったときも、ライブをやりたくなったときも、その常々で全力でサポートいただいて、今の私があります。

たくさんの方に見守られて、たくさんのことを得た一方で、このまま頼りきりの創作を続けていいものか大きな葛藤がありました。手厚く愛されて守られて、導かれていく中、安全なところから安全に石を投げているような感覚がぬぐえませんでした。

自分にとっての創作は、自分の感情を余すことなくぶつけることでもありますが、それでもその延長線上に、もちろん身近な人も含めて画面の奥のあなたを少しでも救いたいという気持ちがあります。

なのに、今はちょっと高価なオシャレな服も買うこともできて、明日のご飯にも困らないで、好きなことだけ余すことなくやって、面倒くさいとか遊びにいきたいとか、そういう堕落を多少やっても許されて、沢山の人が私を守ってくれて、外側を埋めてくれるから、安全に生き延びられて。いつ辛くなっても安心に寄り道ができて、それで一体なんの感情を込められるっていうのか。自分の中でわからなくなっていました。

何も語れないし、何も救えないと思うんです。もう守られているだけの自分では、自分のことが許せません。だから卒業を決意しました」。

その言葉はまるで歌詞のようだった。涙をこらえきれずに、言葉を詰まらせながら語った覚悟は、心の奥底から溢れ出た思いであったに違いない。それが今まで彼がつくってきた音楽と一切の齟齬を見せないのは、カンザキイオリさんが真摯に創作に向き合って、命がけで音楽をつくり続けてきたことの証左に他ならない。

花譜とカンザキイオリ、二人にしか共有しえない世界

「独立し、敵も味方も一から生まれて、娯楽とビジネスの境界線をさぐりながら、自分の命を削りながら創作をしていきたい、そう思った次第です」──漆黒に包まれその表情をうかがい知ることはできないが、よどみなく放ったその言葉には、自ら選び取った過酷に挑む勇気の炎が灯っていた。

「これからは花譜の一観測者として、皆様と同じ立ち位置から花譜ちゃんのことを、そして花譜というプロジェクトを応援出来たら嬉しいです」「最後の花譜ちゃんとの」

言いかけた言葉を、花譜さんが「いや、最後じゃない!」と強く遮る

溢れる涙と笑顔を抑えながら「最後じゃない。ごめんなさい、今のは嘘です」と仕切りなおすと「僕の門出と『不可解』完結を祝って、一緒に花譜ちゃんとこの曲を歌えたらと思っています」という言葉から「過去を喰らう」を二人そろってパフォーマンスする。アコースティックギターから放たれる音の一粒一粒が、カンザキイオリさんの覚悟の強さを示すかのように鮮烈に弾け飛ぶ。

こんな大人で我慢できたら 苦しみなんて知らなかった
言葉ですべて解決するなら ここまで涙は出なかった
あなたが頭で渦を巻くから 今もこの朝が嫌いだった
大人になるのが怖かった 強くなることが怖かった

性質の異なる二人の歌声によって、既に披露されていることを忘れさせるほどに印象が変わった一曲からは一切の感傷を感じられず、ただ純粋な美しさと迫力を伴って響き渡った。

ここまでを過去にしかねない至極のセッションを繰り広げ、次なる曲へ進もうとするも、「終わりたくない」と言葉を揃える二人。いつまでもここにいられたらと願うのは見守るすべての人々を含めての総意だが、それでも一歩を踏み出すことを彼らは選び、観測者たちはその行く末を見守ることを決めたのだ。

カンザキイオリさんが「最後の曲、一緒に楽しみましょうか」と微笑み、せーのと息を合わせて告げられた曲は「命に嫌われている」。

花譜さんのために描き下ろされた曲ではないが、今までも大事な局面で披露されてきたこの一曲を、作曲者と共に歌う。どう考えても特別な瞬間の実現に、麗しく彩られているはずの舞台はもはや視界に入らず、二人の才能がぶつかり合って生まれる引力が目を逸らすことを許さない。 渦巻く思いをそのまま抉り出したかのように純粋で強烈で、優しい言葉の数々を叫ぶように歌う二人の姿は神秘的と言わざるを得ず、滝のように流れるコメント欄には観測者たちの心からの感謝の言葉「ありがとう」で埋め尽くされていた。

“生きろ”──最後のフレーズを絞り出すように放った二人は、やりきった表情で見つめ合い、言葉にせずとも思いを交わす。二人にしか共有しえない思いと世界がそこにあった。 新たな旅立ちへの準備を終え、輝く光球となったカンザキイオリさんが花譜さんの両手の中へ吸い込まれていく。託されたもの、無二の存在への思いを大事に胸の中にしまい込み、いよいよライブはクライマックスへと向かう。

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