バーチャル美少女ねむが解説する仮想空間『メタバース進化論』序論9000字公開

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バーチャル美少女ねむが解説する仮想空間『メタバース進化論』序論9000字公開
バーチャル美少女ねむが解説する仮想空間『メタバース進化論』序論9000字公開

バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論』序論先行公開

POPなポイントを3行で

  • バーチャル美少女ねむ著『メタバース進化論』
  • “原住民”の目線から解説するメタバースの全て
  • 序論9000文字を先行公開
メタバース文化エバンジェリストのバーチャルYouTuber(VTuber)・バーチャル美少女ねむさんが、書籍『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(技術評論社)を3月19日(土)に発売する。

Meta(旧Facebook)の社名変更により大きな話題になっている仮想空間・メタバースについて、実際にそこに住む原住民の目線からデータの裏付けと共に解説するメタバース解説書の決定版を目指して執筆。

メタバースの定義の考察から、ソーシャルVRをはじめとした具体的なサービス、支える技術、生活の実態、新たな文化、抱える課題、そして今後「アイデンティティ」「コミュニケーション」「経済」にどんな革新をもたらすのか、メタバースに生きる存在ならではリアリティ溢れる内容が綴られている。

今回は発売決定を記念して、本記事でその序論9000文字を先行公開する。

そこに生きる存在が示す『メタバース進化論』序論

バーチャル美少女ねむ著『メタバース進化論』※書影製作中につき仮画像

※以下、最終的な刊行物とは細部は変更になる可能性があります。

物理現実で語るザッカーバーグ、メタバースから覗く原住民たち

メタバースについて熱く語るザッカーバーグ/画像は公式配信より

 2021年10月28日、世界的な影響力をもつ超巨大IT企業群「ビッグ・テック」(GAFA)の一角であるFacebookが、社名を「Meta(メタ)」に変更し、新しいインターネットの姿である「メタバース」事業を社命を賭けて推進することを発表、全世界に激震が走りました。

 CEOのマーク・ザッカーバーグは「当社の目標は、次の10年間で、メタバースが10億人に利用され、数千億ドルの取引が行われるようにすることだ」として、今後年間100億ドル(約1兆円)を超える予算をメタバース事業に投入するとしています。世間では、若者のFacebook離れや相次ぐ不祥事などで低下したブランドイメージの刷新が目的ではないかと囁かれています。

 Facebookによるこの衝撃的な発表が行われたのは、開発者向けイベント「Connect 2021」の基調講演の中でした。日本時間では日付が変わり29日の午前2時。日本では、翌朝のニュースで知った方が多いかもしれません。

 しかし、私「バーチャル美少女ねむ」は、友人たちとこの発表をリアルタイムで観ていました。それも、メタバース世界で。

 その日も、いつものように自宅で仕事を終えた私は業務用のノートパソコンを折りたたみ電源を落とすと、ゲーミングチェアに腰掛けたまま、おもむろに腰と両足首にセンサーを巻きつけ、両手にコントローラーを握りしめました。

 VRゴーグルを被り、目を開けると、そこは既にメタバースの世界。物理現実――みなさんのいる物理法則に支配された従来の世界――の自室よりもずっと広い白い部屋に私はいました。鏡には美少女アバター姿の私が映っています。現実の知り合いは誰も知らない、深夜だけの秘密の姿。バーチャル美少女「ねむ」としての私の時間の始まりです。いつものように鏡の前でくるっとまわって、手足の動き、スカートや髪の揺れ具合をチェック。にっこり笑って表情を確認します。私、かわいい。

 指をすっと動かすと、目の前の空間に四角形のスクリーンが浮かび上がり、今現在メタバース世界でオンラインになっている友達のリストが表示されます。今夜はどうやらみんな一箇所に集まっているようです。

 リストから友達を一人選ぶと、私は瞬時に部屋から、友人が大勢あつまる別の場所に瞬間移動しました。そこは宇宙空間に浮かぶリビングルーム。美少女キャラクターをはじめとしたさまざまなアバターの姿で、テレビの前に皆集まっています。窓の外には星々が広がり、巨大な惑星がいくつも浮かんでいますが、部屋の床にはちゃんと重力があります。窓にガラスははまっていませんが、呼吸はできます。メタバースの世界では、物理法則の全てが自由にデザインできるのです。

「ねむちゃん、やっほー!」皆手を振って私に挨拶してくれます。 

「やっほー! 今日はみんな、どうしたの?」 

「これからFacebookがメタバース事業について発表をするらしいよ。例の『新型』の発表もあるかも!」

 ザッカーバーグの発表は、メタバースの世界を一般人にわかりやすく説明するためのプレゼンテーションや、有名ゲームとのコラボの発表など、私たちにとっては退屈なものから始まりました。

 お次は、物理現実の自分の姿をスキャンして精巧な3Dアバターを作成し、VRゴーグルを被っても現実とそっくりそのまま同じ姿でメタバースの世界に行けるデモンストレーション。さらに、物理現実とメタバースがシームレスに融合し、メタバースの世界から現実の友達に挨拶するデモ……。どれも技術的には素晴らしいのですが、既に現実の自分の肉体から離れて「なりたい自分」の姿で生活するのが当たり前になっている私たちは――それが一般大衆へのわかりやすさを意識したデモであることを理解しつつも――テレビの前で「これじゃない!」と大合唱。

 結局メタバースの住民が最も期待していた新型VRゴーグルの発表はなく、美少女たちの大ブーイングがメタバースにこだましました。

メタバースについて熱く語るザッカーバーグをメタバースから見守る原住民たち - VRChat

 今後新しく広がっていくメタバースの概念・ビジョンを、一般人にも分かるように、熱く、丁寧に、しかし物理現実世界で生身の物理肉体の姿で説明するザッカーバーグ。一方で、メタバース世界でアニメキャラクターのようなアバターの姿でリビングルームに集まり、そんなザッカーバーグの姿をテレビで見守る私たちメタバースの住人。まるでアニメの登場人物が、現実世界の出来事を覗き込んでいるようなこの光景、VRを体験したことのないかたにはさぞシュールなものに見えるでしょう。もしかしたらピンとこないかもしれません。でも、これが私たちメタバースで生きる住人たちの日常なのです。メタバース内の「仮想現実」もあくまで「現実」なのです。

 Facebookの歴史は、今でこそ当たり前になった「Web 2.0」「ソーシャルネットワーク」と称されるインターネットの革命そのものでした。それを牽引したザッカーバーグが、15年以上かけて築き上げてきたブランドを変えてまで目指す、「次のインターネット」メタバースとは果たして何なのでしょうか。本書では、メタバースに生きる一人の原住民である私が、自分自身の実際の体験・数多くの原住民たちへのインタビュー、そして全世界のユーザーを対象に実施した調査データをもとに、その真の姿を解説していきたいと思います。

「バーチャル美少女ねむ」の人生と来歴

メタバース文化エバンジェリスト「バーチャル美少女ねむ」 - Neos VR

 私、「バーチャル美少女ねむ」は「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに活動している世界最古の個人系VTuberです。バーチャルキャラクターの姿で動画配信を行う「VTuber(元々はバーチャルYouTuberの略)」は今でこそよく知られるようになりましたが、私はそのブームが起こる前の2017年から個人でVTuberとして手探りで活動し、その始め方などを発信してきました。また、後述の経緯からメタバースの可能性や魅力に気付き、VTuberとしての活動以外の時間もメタバースで過ごしています。「なりたい自分」の姿で活動できるVTuberやメタバースは、アイデンティティやコミュニケーションの革命だと考えており、普段はその新たな可能性に挑戦したり、メタバースの文化やイベントの様子などを動画やブログで発信しています。一般の方にも新たな世界を伝えるべく、NHKなどのテレビ番組に出演したり、フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞など各種メディアで取り上げたりしていただいたこともあります。

 私がメタバースの魅力に気付いたきっかけは、2018年に起こった世界最大の仮想通貨盗難事件「コインチェック事件」でした。

 私は、「なりたい自分」として本当の意味で生きていくためには、単に姿や声を仮想化するだけでは不十分で、バーチャルキャラクターのまま経済活動に参加することが何より重要だと考えています。その観点で仮想通貨・ブロックチェーン技術も一大テーマとして着目しており、実は私の名前「ねむ」も仮想通貨「NEM(ネム)」が由来の一つになっています(本書で解説しますが、「経済性」はメタバースの必須要件です)。

 しかし、2018年1月26日、仮想通貨をめぐって大事件が起こりました。日本の仮想通貨取引所「コインチェック」が外部からハッキング攻撃を受け、580億円相当ものNEMが盗難されたのです。動揺は全世界に広がり、成長段階であった仮想通貨市場は史上最大規模の暴落を起こしました。

 混乱のさなか、正体不明のホワイトハッカー「JK17」が犯人追跡に立ち上がりました。JK17はブロックチェーン上で犯人の痕跡にマーカーを付け、犯人を追い詰める一部始終をネットに次々にリーク、全世界の注目が集まりました。JK17はアイコンをアニメ風の美少女キャラクターにしており、そのコードネームから「正体は17歳の天才女子高生(JK)ではないか?」という説が浮上、次々と応援のためのファンアートが描かれるなど、ネットは一種の「お祭り」状態になりました。当然NHKをはじめ各種メディアから取材依頼が殺到しましたが、JK17は一切応じることはありませんでした。

 仮想通貨の世界を守るために立ち上がったJK17の想いを伝えたい! そう思った私が早速コンタクトすると、JK17は「応援してくれる方々の夢を裏切りたくないので、ねむちゃんのように美少女の姿で出演できるなら取材に応じる」と語りました。こうして、私は当時始めたばかりだった自分のVR環境やボイスチェンジャーをJK17のパソコンに移植、メタバース空間(2章で解説するソーシャルVR「バーチャルキャスト」で実施しました)でJK17を美少女に変身させ、公開単独インタビューを実現しました。その正義感溢れる行動とは裏腹の、素朴で可愛らしい人柄はたいへんな反響を呼びました。

 こうして私は、メタバースがネットで「なりたい自分」として活動している匿名の著名人にインタビューする上でも非常に有効なことに気づきました。正体は隠したまま、しかし味気ない文章ではなく、三次元空間で生きている生の姿をお見せできるのです。これをきっかけとして、私はメタバース世界でさまざまな方へのインタビューを自身のYouTubeチャンネルで生中継するようになりました。活動を通してさまざまなメタバースの世界を巡り、ネットの著名人や、メタバースの世界で日常を送る個性豊かな住民たちと出会ううち、いつしか私自身もその魅力の虜となり、今ではVTuberとして動画配信している時以外も毎晩VRゴーグルでメタバース世界に入り「バーチャル美少女ねむ」として人生を送るようになったのでした。

 現在では、Facebook改めMetaと並ぶVRゴーグル開発大手「HTC VIVE」公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命していただき、最新VR技術のPR活動も行っています。

メタバース原住民1,200人を分析「ソーシャルVR国勢調査」

ソーシャルVR国勢調査2021

 仮想現実(VR)における人類の新たな生活空間「メタバース」として、ソーシャルVRが現在非常に注目されています。ソーシャルVRとは、冒頭で紹介した、VRゴーグルを被り仮想世界でコミュニケーションできるサービスのことです。現在実現している中では、最もメタバースの概念を体現したものであると私は考えています。その世界では、みなさんが暮らす物理現実世界では考えられないような全く新しい常識・文化が生まれつつあります。

 2020年から本格化した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の拡大にともない、ユーザー数が劇的に増加しましたが、その高い匿名性により、これまでその生活実態や文化はほとんど知られていませんでした。

 その実情をデータで明らかにするために、2021年8月、私と友人である「ミラ」ことスイスの人類学者リュドミラ・ブレディキナの二人は「ソーシャルVR国勢調査」と題して、全世界のソーシャルVRユーザーを対象に大規模なアンケート調査を実施。回答1,200件を分析することで、その生活実態を可視化、レポートとして公開しました。

 特定のプラットフォームに限定しない大規模なソーシャルVR住民の統計としては、おそらく世界初のものではないかと思います。「国勢調査」というネーミングは、世界中の人が集まるメタバースは「国境のない一つの国」になっていってほしい、という願いから名付けました。

 調査は下記の方針で行いました。

・目的:COVID-19拡大後に利用者が急拡大したソーシャルVRユーザーの生活実態を明らかにすること

・対象:VRゴーグルを用いてソーシャルVRを直近1年以内に5回以上使った、英語話者もしくは日本語話者のユーザー

・実施方法:2021年8月23日~9月11日の期間、公開アンケート方式で実施

・拡散方法:「Yahoo! Japan」「ITmedia NEWS」等各種メディアや、プラットフォームの運営者等にコンタクトして広くユーザーにアンケートへの回答を呼びかけてもらった 

 単なる利用プラットフォームの統計に留まらず、メタバース内での恋愛模様や、VRで感じる存在しないはずの感覚「ファントムセンス(VR感覚)」など、踏み込んだ内容について調査しました。結果、メタバースの住人の驚くべき生活実態が浮かび上がりました。

 レポート公開後、私たちはヨーロッパのVR技術会議「VRDAYS EUROPE 2021」や日本のVR学術イベント「バーチャル学会2021」などで結果を発表し、大きな反響をいただきました。本書では、公開しているデータを踏まえつつ、さまざまな有識者と議論して得た考察や知見を交えて調査結果を紹介します。そして、現象の原因や、そこから考えられる未来の可能性について論じていきます。

本書の目的と内容

 本書は、メタバースについて興味を持った幅広い読者の方を対象に、現在のメタバースの真の姿、そして未来の可能性を伝えることを目的としています。

 技術評論家や投資コンサルタントには絶対に書けない、実際にメタバースに生きる原住民ならではリアリティ溢れる内容を、データの裏付けと共にお届けします。私のこれまでの全ての活動の集大成として、メタバース解説書の決定版と言えるものを目指して執筆しました。きっとメタバースへの興味を深め、知的好奇心を刺激する内容になっていると思います。

 前半はメタバースの基本的な解説をしていきます。

 1章では「メタバース」とは何なのか、その由来や歴史、具体的な定義を考察します。また、既存のSNSやオンラインゲームとの違い、誤解されがちなAR/VRやNFTとの関係を解き明かし、メタバースがもたらす「三つの革命」のポイントを整理します。

 2章では、明らかにした定義に基づいて現時点で最もメタバースを体現しているサービスであると考えられる「ソーシャルVR」について解説します。各種サービスをさまざまな観点で比較し、どんなユーザーにどのような目的で使われているのか、また、それぞれが抱える課題についても具体的に解説します。さらにMetaの新サービス「Horizon Worlds」についても期待と懸念を論じます。

 3章では、メタバースがどういった技術に支えられているのか紹介し、その中でも特に根幹技術である「バーチャルリアリティ(VR)」と、それを実現する三つの要素、「VRゴーグル」「トラッキング技術」「アバター技術」について解説します。

 後半は、数多くのメタバース原住民へのインタビューや私自身の体験、そして「ソーシャルVR国勢調査」のデータをもとに、現在のメタバースにおける生活実態や文化、そして未来の可能性を「三つの革命」に沿って具体的に解説していきます。

 4章では第一の革命「アイデンティティのコスプレ」を論じます。メタバースでは「名前」「アバター」「声」の三つの軸で自らのアイデンティティを自在にデザインできます。なぜ現実とは違う「なりたい自分」として生活するのか? なぜ現実と違う「性別」で生活するのか? 「受け入れる」ものから「デザインする」ものに変化した、新たなアイデンティティの在り方を考えます。

 5章では第二の革命「コミュニケーションのコスプレ」を論じます。メタバースにおいて重要となる非言語コミュニケーションの中でも、特に心理的距離を反映しやすい「距離感」と「スキンシップ」を観察し、人と人との関係性の変化を明らかにします。さらに、特別な相手との親密な関係性である「恋愛」、そして「セックス」の実情に迫ります。より本質的なコミュニケーションが加速されることで生まれる、新たな「社会」の在り方を考えます。

 6章では第三の革命「経済のコスプレ」についてミクロ経済・マクロ経済の両面から論じます。経済の最小単位が「個人」から「分人」に移行する「分人経済」というクリエイターエコノミーの究極系、そして、従来の地球という枠組みに縛られた「空間経済」から空間自体をデザインする「超空間経済」への移行がもたらす人類の更なる発展の可能性を提示します。さらにメタバースで生まれる「職業」を考察し、新たな「経済」の在り方を考えます。

 最後に7章では「身体からの解放」を論じます。原住民が感じ始めた新たな感覚の可能性「ファントムセンス(VR感覚)」について解説し、その原理的背景、いったい何を感じているのかを明らかにします。また、触覚を物理的に再現する「触覚スーツ」や、全感覚で没入できる「フルダイブVR」への期待がかかる「BMI (ブレイン・マシン・インタフェース)」について解説し、身体から解放された人類の新たな「進化」の可能性を考えます。

メタバースは荒野のフロンティア

 Metaの発表以来、各種メディアは連日「メタバース」を取り上げ、投資家はこぞって関連銘柄を買い漁っています。私自身も数多くの取材を受けています。いちメタバースの住人として、巨大資本が投下されて業界が活性化するのはとても喜ばしいことだと私は考えています。

 フロンティア時代の今のメタバースは、まだ貨幣経済が成立していない旧石器時代の、何もない荒野みたいなものです。その代わり、さまざまな「魔法」が使えます。距離の制約を超えて人と会えたり、会いたい人を召喚できたり、好きな姿に変身できたり、空を飛べたり、どこでもドア(瞬間移動)や四次元ポケット(アイテムを呼び出すしくみ)が使えたり。はっきり言って、慣れてしまうと物理現実が不便で仕方ないほどです。今後本格的な経済活動が始まると、物理現実からメタバースに経済の主軸が移り、物理現実の制約から解き放たれた巨大な経済圏が生まれるのは間違いないと私は考えます。

 しかし、この荒野を開拓するのは、新大陸・惑星の開拓に等しい一大事業です。欠けているピースが山積みです。

 はっきり言って、それは一部の人が語るような、一朝一夕で実現するようなものでは決してありません。投資期待で本書を手にとった方などは失望するかもしれませんが、私はそれでいいと思っています。根拠のない過剰な期待はただのバブルであり、悲劇を生むだけです。仮想通貨関連ではそれで涙を流す人を何度も何度も見て来ましたが、メタバースの世界では繰り返したくないと思っています。そのために私ができることは、事実を伝えることだけです。

 一方で私は、短期的な投資のリターンなどよりも、その先の未来の鼓動に胸を震わせています。「メタバース」の概念は、繰り返し消費されるIT業界のバズワードなどでは決してなく、「次のインターネット」という言葉で語ることすら空疎な、私たちの生活・価値観を根底から揺るがす、人類史の壮大な転換の始まりだと知っているからです。

ホモ・メタバース――人類の進化のてがかり

 メタバースとは「私たちが生きていく、デジタル世界の新しい宇宙」です。これまで人類は、生まれ落ちたこの宇宙で生き延びるために、四百万年かけてひたすら自分自身を変化(進化)させ続けて来ました。メタバースがもたらす革命は「私たちが生きる空間そのものを恣意的にデザインできる」ということです。それは、人類と宇宙との主従関係が逆転するということです。私たち人類が、宇宙そのものを、自分たちが暮らしやすいように再設計するということです。それは、言わば神を目指す試みです。

 2017年、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、同名の著書の中で「ホモ・デウス(Homo Deus)」という概念を提唱しました。人類は生物工学・サイボーグ工学・AI技術によりいずれ死を克服し、自らを「デウス(神)」、つまり神性を備えた新たな人類種「ホモ・デウス」へと進化させると。その時、これまでの死と肉体に縛られた従来の私たちの価値観は意味を消失し、神としての新しい常識・倫理が誕生すると。

 現在起こっているメタバースによる革命は、この人類の進化の「前日譚」であると私は見ています。もちろんメタバースで私たちが不老不死になることはないし、この物理現実世界で病や死を根絶するのは、まだ遥か先の未来でしょう。しかし、限定的とはいえ、私たちが神の力を手に入れたデジタルな仮想世界「メタバース」でなら既にできるのです。私たちの肉体を、自己認識を、社会を、宇宙を再設計することが。それは、物理現実世界で「神」になる前段階です。私たちは果たしてそれに相応しい存在なのか、自らを審判するためのシミュレーションが始まったと言ってもいいかもしれません。

 ユヴァルに習って、私はその世界にいち早く適応し、全く新たな生活様式や文化を示しつつある「メタバース原住民」のことを新たな人類種「ホモ・メタバース(Homo Metaverse)」と呼びたいと思います。その変異を観察することは、人類の行く先のてがかりとなるのではないでしょうか。

 今はまだ何もない荒野で、それでも大切な人たちの息遣いをはっきりと感じる、ありのままのメタバースの姿。メタバースとは果たして何なのか。そこで我々は何者になるのか。我々はどこへ行くのか。一人の原住民として、私が本書で伝えたいことはそれだけです。

 始まったばかりのメタバースは今まさに進化の最中であり、その実態は今この瞬間も変化し続けています。私が伝えられることは、変わり続けるその世界のほんの入口に過ぎませんが、来る新時代の一端を照らし出し、より良い未来を考えるきっかけになれば幸いです。

バーチャル美少女ねむ

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