連載 | #2 ネットイラストを巡る冒険

ネットイラストを巡る冒険 Vol.2 善か悪か、ソーシャルゲーム

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就職先としてのソーシャルゲーム

少し前まで、イラストを仕事にしたいと考える人の就職先のひとつとして人気だったのは、コンシューマーのゲーム会社でした。しかし、今はソーシャルゲームに人材が流入しているという話を聞きます。

ソーシャルゲーム制作会社が新卒としてイラストレーターを採用するという話はあまり聞きませんが、ゲーム会社でキャリアを積んだ人がそちらに転職するケースが増えています。特にこの1年、自分の周りのゲーム会社出身のイラストレーターも、大半がソーシャルゲーム系の会社やその下請けに就職したようです。

「クリエイターは低賃金」という意見が一部のネットではよく見られますが、ことソーシャルゲーム系の社内イラストレーターに関しては好待遇が用意されています。

かつて、イラストレーターとして絵を沢山描きたいという人は、フリーランスとして受注する方法が一般的でした。しかし、フリーになったところで満足のいく仕事がとれるとは限りません。

かといって、ゲーム会社に入ったところで、イラストを描く仕事を与えられるのはごくわずかな人間です。多くの新人は、エフェクトやテクスチャ、モデリング、デバッグなどの作業に追われ、自分自身でキャラクターやアイテムをデザインする機会にはあまり恵まれないようです。

絵を描く人間の中には、自分の価値観を作品に反映させたいと思う人が多いので、これはストレスとなることがあります。特に古参の大手ゲーム会社はこの傾向が強く、新人は抜擢されにくいようです。小さい会社であれば幅広い仕事をこなせるかもしれませんが、こちらの場合は給与など待遇面で苦しむことがあるようです。

そうした現状を思えば、収入面でも創作面でも、「大手企業のビッグタイトルに細々と関わるよりも、ソーシャルゲームでキャラクターを描きたい」という考えに至るのも、当然といえば当然です。

制作について

ここまで仕組みについての話をしてきましたが、ここからはイラストレーターの目線で見た実際の制作について語っていきたいと思います。

オレ自身はカード系以外も担当していたりするのですが、今回はカード系のソーシャルゲームについてお話します。イラストの制作としては基本的にどれもそこまで違いはないと思います。

レアリティと進化

多くのカードゲームは「冒険→カードゲット→冒険→カード進化」というスキーム(「流れ」みたいな意味です)で進んでいくと思います。「カード進化」とは、カードが一定以上のレベルに上がって特定条件を満たすと発生し、グラフィックが更新されます。

こういったスキームの場合は、イラストレーターは「セット」で仕事を受注します。具体的には「メイン」+「進化」などになります。多くの場合は「進化」に相当する絵は「メイン」イラストの差分となります。差分とはなにかというとちょっと加筆した絵です。簡単に図を作ってみました。

差分によって進化キャラを制作 イラスト:虎硬

プレイヤーを飽きさせないように、もしくはより「欲しい!」と思わせるように制作していくので、進化後の絵の方をリッチにするのが定石です。

しかし「メイン」をまるっと描き直していたら時間がすごくかかってしまうので、構図を反転させたり、色や装飾を変えるなど、手間をあまりかけずに新しい絵を作ります。「ドラクエ」の敵で「スライム」「スライムベス」とかいましたが、そんな感じですね。

肌色てんこもり

「進化」イラストのレアリティを上げるにあたって、単に装飾などを盛る以外にも、女性キャラの場合は露出度を増やすという方法があります。エロ訴求ですね。

これは実にわかりやすく効果的で、アップルのレーティング制限などに引っかからないギリギリの線で各社エロい絵を求めていると思います。それくらい売り上げに顕著な差が出ます。

さらに世の中には「被ダメ脱衣」という言葉があるらしいです。最近流行の「艦これ」がわかりやすいと思うのですが、ダメージを負っていくとキャラクターの服が破れて肌が露わになる、というものです。

「艦隊これくしょん 〜艦これ〜」公式サイトより

こちらもイラストにおいて訴求力を上げるテクニックになります。「艦これ」は脱衣することで課金を促すものではないと思うのですが、プレイヤーのゲームへの没入感を上げる良いデザインの一つだと思います。

営業

ソーシャルゲームはキャラクターイラストがメインなので、女の子やモンスターの絵を描くのが好きな人にとってみれば、もしかしたら天国のような環境かもしれません。

沢山こなせれば月収で30〜50万円くらいはいくでしょう。実際、イラストレーター志望の方はアニメや漫画からの影響が大きいかと思われるので、キャラクターを描きたい人は多いと思います。

特にフリーランスとしてソーシャルゲームのイラスト制作を受注すると(絵柄のマッチングにもよりますが)比較的自由に描ける企画もあったりするので、作家側も制作ストレスが少ないです。入れ替わりの激しい世界ではありますが、興味がある方は一度挑戦してみると面白いかもしれません。

業界の陰り…?

さて、そんな好景気の続いたソーシャルゲーム業界ですが、去年の暮れからやや陰りが出ているようです。特に今年の春以降、大手各社のタイトルが減益傾向なのが気になるところ。

ただしガンホーの「パズドラ」などは別格でいまだに狂ったように利益出しているようですね。一方でかつてのガンホーの代表作「ラグナロクオンライン」の方はだいぶ失速してきているようです。

「パズドラ」は今やリアルカードゲームを展開するほどの大規模コンテンツに/cube Tanaka撮影「ゲームマーケット2013秋」

「いつかバブルは終わる」と言われてきたソーシャルゲームですが、もしかしたらそろそろやばいのかもしれません。どこまで「もつ」のかはわかりませんが、ソーシャルゲームバブルがはじける時、それを中心に仕事をしているイラストレーターにとっては大いに打撃となるでしょう。

個人的な意見を言えば、特に中堅以下の会社は、生存が厳しくなっていきそうです。理由の一つとして、開発コストが上がってきている点が挙げられます。

全体的にクオリティの高いソーシャルゲーム作品が増えている今、新規のゲームにおいてはより強力な開発力が問われます。さらには広告費の問題もあります。ユーザー数の確保が必須であるソーシャルゲームは、CMやWeb広告など、宣伝をいかに行うかが重要になってくるので、そこに割く予算がなければなかなかヒットには結びつかないのです。

ただ、ソーシャルゲームが滅びるかというと、そんなことはないと思っています。ネットの世界は流行り廃りの回転が早すぎるため読めませんが、イラストレーターの生きる道はソーシャルゲームにもまだ残っているでしょう。いくつかのタイトルは残り、堅調なブランドになっていくのかもしれません。ただ、分母は少なくなっていくだろうと予想します。

まとめ

色々とソーシャルゲームについて書いてきました。少なからず、自分もソーシャルゲームの開発には関わってきているので、上に述べた重課金の問題や、一部から言われる「コンシューマーゲームが駆逐されている」という指摘については悩ましいところがあります。

異論がある方もいるでしょうが、オレはやはり、ソーシャルゲームはゲーム性よりも課金のループを優先するものだと思います。つまり、制作者は面白さよりも売り上げを作るスキームを追求しているだろうという意見です。

もちろん最近はクリエイター側の質も上がってきていて、ゲームデザインに関しても洗練されてきているとは思います。情熱を持ってユーザー体験をデザインしている方が沢山いることも知っています。一方で、旧来のゲームではありえないような重課金者が続出するビジネスでもあり、彼らが売り上げを支えているという現実もあるのです。

お金の動きが激しい商売であり、賛否を呼ぶ世界ですが、それによって多くのイラストレーターが生かされているのもまた事実です。前回、pixivの存在が絵描きの技術や文化レベルの底上げになっていると書きましたが、ソーシャルゲームは絵描きの収益の底上げになっていると言えます。

今後も短いスパンで業界は大きく動いていきそうですが、イラストレーターとして引き続き注視し、追っていきたいと思っています。
次回予告
夏真っ盛りですね! コミケも近づいて参りました! ということで次回は同人とイラスト、作品の商業化について書いていきたいと思います。
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虎硬

イラストレーター

1986年生まれ、東京都在住。フリーランスとして書籍、web、CDなどでイラスト、デザインやアートワークなどを手がける。同人サークル「project百化」主宰として、優れたアーティストたちを率いて世に送り出す。2010年、菊地信義賞受賞(講談社)。2012年、インターネットイラスト論を展開する『ネット絵学』を刊行。現在は会社にてイラストレーターとして勤務。

Twitter:@anofelus
配信:http://netegaku.tumblr.com/

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