「カード」という偉大なる発明
中でも、ある意味でソーシャルゲームの最大の発明とは「カード化」でした。これは、キャラクターの絵さえあれば、既存のゲームテンプレートにはめ込み、簡単なアニメーションで演出を付ければゲームにすることが出来る、というものです。それまでのゲームにとっては、凝った戦闘シーンや複雑なマップ、シナリオ設計などが必要不可欠でした。それらを全て「カード化」することで、制作の工数を大幅に短縮させ、低予算での制作を可能にしました。
そして、コレクション要素が強いカードは、課金への導線も作りやすい。それまでにもコンシューマーにおけるカードゲームは存在しましたが、その多くはルールが複雑で玄人向けのシステムでした。しかし、元々シンプルなゲーム性のソーシャルゲームにカードを導入し、システムをさらに単純化することで、多くのユーザーの射幸心(幸福を得ようとする心の動き)を煽って課金につなげることに成功しました。
イラストレーターの需要爆発
さて、ようやく今回の本題に入ります。つまり、ソーシャルゲーム(カードゲーム)において、「イラスト」こそが欠かせない要素なのです。先述の通り、イラストさえあればカードゲーム制作は容易になりましたが、逆に言えばイラストがなければゲームになりません。特に2010年以降、ソーシャルゲームのさらなるブームが到来すると同時に、イラストレーターの仕事も爆発的に増加します。これはイラスト業における「革命」と呼べるレベルでした。
それまでも、カードゲームのイラスト仕事はありました。しかし、その多くは紙のカードであり、お店に卸すための流通システムも必要なため、ある程度資本力のある会社でないと事業とし展開することは難しいものでした。そのため、「イラストの仕事」として数があるわけではありません。
しかし、スマートフォンの普及と同時に誰もがネットに接続する時代が訪れると、お店を介さないでも商売ができる、新規参入のハードルが低いアプリゲーム市場に、多くのベンチャー企業が参戦しました。
その数は膨大であり、無数のゲームタイトルが短期間に生まれ、ユーザー数の確保にしのぎを削っていました。企業にとって確保すべきはユーザーだけではありません。制作における重要なパートナーとして、イラストレーターも多く雇い入れます。
そうして、各メーカーや制作会社による、いまだかつてないイラストレーターの囲い込み合戦がはじまったのです。
絨毯爆撃開始
当時の(今もかもしれません)ソーシャルゲーム制作会社は、とにかく「量」をこなしてくれる作家を必要としていました。そのため、少しでも「いけそう」なレベルの画力を持つ作家には、積極的に声をかけていきました。中には、「作家」「イラストレーター」など「プロ」を自称している人だけではなく、単にネットでイラストを公開しているだけの人を含め、無尽蔵に声をかけていくスタイルもありました。
今はpixivといったイラストSNSもあるので、ソート機能を使えば、カテゴリごとの人気イラストを見つけるのは簡単です。
例えば、ロボットモノのゲームを企画したい場合は、メカの絵が大量に必要になるので、pixivで「メカ」「ロボット」「機械」などで検索して人気順にソートをかければ、簡単に作家を探すことが出来ます。
そのため、人気のイラストレーターであれば、何度も同じような文言の「お仕事メール」が来ることはよくあります。逆に言えば、今はイラストレーターにとってとても生きやすい時代になっているのかも知れません。ここが、今回の主題にもなっていきます。
仲介業者との交渉
ソーシャルゲーム制作の会社は、直接イラストレーターとの交渉をしない傾向があるように思います。多くの場合、ゲームを制作している親会社の間に、仲介の会社が挟まります。オレ自身の経験としても、「イラストレーター紹介業者」のようなものとのやりとりが基本でした。そして、大抵の紹介業者は、イラストクオリティに対してジャッジできません。あくまでも大本のクライアントの返事を待たなければならないので、ソーシャルゲームの仕事はレスポンスのタイムラグがもどかしいこともあります。
さらにいえば、基本的に向こうは「描いてくれればそれでいい」というスタンスで契約しているので、細かい部分がわりといい加減だったりします。
イラストの制作に限らず、例えば、自分が関わった作品がリリースされているかどうかさえわからないこともしばしば。聞けば教えてくれるのだと思いますが、仲介業者ですらよくわかってない場合も。
オレも、今までソーシャルゲームには十数タイトルほど関わりましたが、実際自分が描いたカードがリリースされたのを目にしたのは2回程度です。そういう感じなので、自分自身も「お金をくれればそれでいい」というスタンスで契約し、自分の納品したイラストの行く末にはそこまで気にかけていません。これは想像ですが、イラストを納品してから企画自体が立ち消えになったタイトルもいくつかあるはずです。
買い叩き問題
上記の通り、オレも2011年頃から、いくつかのゲームタイトルにイラストレーターとして参加しました。自分の場合は、メールで「イラストレーター年鑑を見た、是非描いて欲しい」というオファーがあり、それまでほとんどキャラクターイラストの仕事経験がなかったので、大喜びで引き受けました。イラストはフルカラーのキャラクター1点、背景なしで単価2万円。1点を描き、すぐに追加が来たのでもう1点描きました。以降その会社からは毎月2体ずつ、単価で2〜3万円で引き受けていました。
内容からすると相場的には安い方ですが、ド新人でしたので全く気にしていませんでした。
イラストレーターとソーシャルゲーム企業の間でしばしば議論を巻き起こす、「買い叩き」問題というものがあります。説明してきたように、ソーシャルゲームのイラスト制作においては、企業とイラストレーターの関係がドライになることが多いので、不当に安い値段でのイラスト発注事案が続出したのです。
何人かのイラストレーターの告白によって、「キャラクター10体を納期まで1週間、合計5000円で描いてくれ」など、無茶な条件を提示されるケースが存在することが明るみに出ました。
そして、そんな条件であっても「今仕事がないから…」ということで引き受けてしまうイラストレーターも現れます。ある意味でwin-winとも言えるかも知れませんが、それがまかり通ってしまえば業界全体の制作費が不当に下がり、結果的に作品の質も下がっていくでしょう。
そうした経緯から、重課金問題とあわさって、ソーシャルゲーム企業はしばしば絵描きにとって悪の親玉かのような批判に晒されることがあります。
イラスト価格の高騰
ではそんなソーシャルゲームの隆盛によって、日本のイラスト業界は弱体化していくのでしょうか? 現実はそうはなりません。たしかに、2012年頃までは不当な買い叩きは多発していましたが、ごく最近では、逆に価格が大きく上昇するケースも増えています。その理由として、企業の急成長があります。
「パズドラ」「GF」「モンスト」などの化け物タイトルに限らず、ヒット作を生み出し売り上げを大きく伸ばした企業が、イラストレーターへの給料や待遇を見直したのです。その結果として何が起きたかというと、「稼げる作家と稼げない作家の格差」が顕在化しました。
「ソーシャルゲーム=低待遇」という認識はもはや古く、むしろ注目タイトルの看板イラストレーターともなれば、イラスト1枚の単価は20〜50万円ほどになります。
もちろん、そのレベルの仕事をするには相応の実力や人気が必要です。逆に言えば、実力や人気さえあれば、それなりに稼げる環境になってきているのです。これは良い傾向だと思います。特に最近は、勉強熱心なイラストレーターが非常に多く、本当にハイレベルになってきています。ここまで日本のイラストレーターのレベルが上がった要因の一つには、間違いなくソーシャルゲームがあるとオレは思います。
【次のページ】ソーシャルゲームがイラストレーターという職業に及ぼした影響
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虎硬
イラストレーター
1986年生まれ、東京都在住。フリーランスとして書籍、web、CDなどでイラスト、デザインやアートワークなどを手がける。同人サークル「project百化」主宰として、優れたアーティストたちを率いて世に送り出す。2010年、菊地信義賞受賞(講談社)。2012年、インターネットイラスト論を展開する『ネット絵学』を刊行。現在は会社にてイラストレーターとして勤務。
Twitter:@anofelus
配信:http://netegaku.tumblr.com/
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