アニメは今、何を描き得るのか? 片渕・神山・瀬下監督がシンポジウムで語ったこと

アニメは今、何を描き得るのか? 片渕・神山・瀬下監督がシンポジウムで語ったこと
アニメは今、何を描き得るのか? 片渕・神山・瀬下監督がシンポジウムで語ったこと

左から井上伸一郎氏、片渕須直監督、神山健治監督、瀬下寛之監督/シンポジウム『劇場アニメ最前線〜君は映画を信じるか』(C)2016 TIFF

10月末から11月3日まで開催された、国内最大級の映画祭「東京国際映画祭」。この期間中の10月25日から30日には、「第13回 文化庁映画週間」として、文化庁映画賞贈呈式や記念上映会が併催された。

29日には「シンポジウム-MOVIE CAMPUS-」と題して、シンポジウム『劇場アニメ最前線〜君は映画を信じるか』と関連作品上映『WXⅢ 機動警察パトレイバー』を実施。その中からシンポジウム『劇場アニメ最前線〜君は映画を信じるか』の様子をご紹介。

このシンポジウムの登壇者は、今月12日(土)の上映が迫る映画『この世界の片隅に』の片渕須直監督、11月25日公開の『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』と2017年3月から『ひるね姫』の公開を控えた神山健治監督、弐瓶勉の原作コミックをフルセルルックCGで2017年に映画化する『BLAME!』の瀬下寛之監督の3名。モデレーターは株式会社KADOKAWA代表取締役専務執行役員の井上伸一郎氏が務めた。

文:須賀原みち 編集:新見直

片渕須直・神山健治・瀬下寛之という3人の監督

改めて、登壇者の代表作を簡単におさらいしておこう。

片渕監督

片渕監督は『魔女の宅急便』の演出補を務めた後、『アリーテ姫』や『マイマイ新子と千年の魔法』の監督として名を馳せた。特に『マイマイ新子と千年の魔法』はロングラン上映され、10月末にはファン待望のBlu-ray版が発売された。

また、今作の『この世界の片隅に』では、制作支援プロジェクトとしてクラウドファンディングで約4000万円を集めたことでも大きく話題となった。

神山監督は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の監督とシリーズ構成を兼任。その後、『東のエデン』では原作も手がけ、『009 RE:CYBORG』ではフル3DCG作品に挑むなど、多彩な作品群で観客を魅了している。

瀬下監督はCG分野で活躍し、2010年よりCGプロダクションのポリゴン・ピクチュアズに所属。『シドニアの騎士 第九惑星戦役』で監督、劇場3部作『亜人』では総監督を務め、CGアニメーションの雄と呼べる存在である。また、先日製作が発表されたアニメ映画『GODZILLA』の共同監督としても知られる。

当シンポジウムの主催である文化庁の文化部芸術文化課長・木村直樹氏の挨拶の後、それぞれ近作の公開が控えるアニメ監督3名が『劇場アニメの最前線』を語った。

それぞれが語る「映画の原体験」

まず、井上氏から3名の監督へ「映画の原体験は何か?」と、質問が投げられる。

片渕監督は母方の祖父が映画館を経営していたとのことで、当時2歳7ヶ月の片渕監督が最初に見たのは、東映動画が制作した『わんぱく王子の大蛇退治』。クライマックスシーンから鑑賞したことを今でも覚えているという。

このシーンを作画していたのは、名アニメーターとして知られる大塚康生氏と月岡貞夫氏。後に片渕監督は大学で月岡氏に師事することとなり、「自分の人生は、一本の線路が敷いてあった電車道なのか」と、その数奇な運命を振り返る。

『わんぱく王子の大蛇退治』のクライマックスシーンといえば、大塚康生氏が自著『作画汗まみれ』で「アニメーターとしての私のエネルギーが最大に発揮された作品ではないかと思います」と記すほどの名シーン。その熱量に子ども時代の片渕監督も圧倒され、アニメ映画の道を志すこととなったのかもしれない。

神山監督

次に神山監督は、初めて自分のお小遣いで見に行った映画として、アメリカの特撮映画『シンドバッド 虎の目大冒険』を挙げる。この作品で監督のレイ・ハリーハウゼンは、コマ撮りによるストップモーション・アニメの技法も用いている。この作品を気に入った神山監督は、小学校三年生の頃にひとりでこっそりと何度も見に行ったそうだ。

その後、中学校1年生の時には『スター・ウォーズ』と出会い、「スター・ウォーズをつくる人になる!」とまで宣言した当時の神山監督。それでも実写映画の世界に行かなかったのは、翌年に始まった『機動戦士ガンダム』の放送を見て、「日本だったらアニメでやれば、スター・ウォーズをつくれるだろう」と考えたからだと語った。

瀬下監督

最後に、神山監督同様、小学5年生の時に『スター・ウォーズ』に触れ、スティーブン・スピルバーグとジョージ・ルーカスの全盛期に中学高校時代を過ごしていたという瀬下監督。映画にハマってからは文芸座に通いつめ、3本立てで『大人は判ってくれない』『死刑台のエレベーター』『ゾンビ』といういずれも名作の映画を見た経験を経て、「なんでもいいから映像の仕事をやりたい」と決意したということだった。

片渕監督『この世界の片隅に』:アニメは“今はなくなってしまった風景を描く”ことができる

そして、ここからは各監督が手がけた近作の予告編上映と、作品についてのトークが行われた。
片渕監督の『この世界の片隅に』は一切CGを使っておらず、2時間以上あるアニメ映画でオール手描きというのは近年異例とされる。その理由について、片渕監督は「今までのアニメーションと違って日常生活の動作が多いので、できるだけ記号的ではなく、実在感や肉体性を重視した」と語る。

片渕監督のリアリティに対するこだわりは非常に強く、当時の風景を再現するため、膨大な資料や丁寧にロケハンした現地の情報を元に家屋一軒一軒のレベルで調べ上げ、作品の画面へと落とし込んでいる。

例えば、戦争映画によく見られる窓を補強するためのテープの目張りについても、当時の資料と照らし合わせて、実は太平洋戦争時にはあまり行われていないことを発見。そういった事実を踏まえ、そこにいる人々(キャラクター)の生活を丹念に描き出していくのだ。

こうしたテープの目張りのように、映画の中で記号的な表現が蔓延することへの懸念を示す片渕監督。アニメーションは想像力によって、“今はなくなってしまった風景を描くこと”が大事なのだとする。かつての日本映画は、戦中の録音素材を使うなど、実体験などに基づいて制作されてきた。しかし、現在ではそういった映画界のレガシー(遺産)が消失しつつある。「(映像表現の中で)記号化されてしまった表現を再構成する時期に来ている。それはアニメーションが担うのが良いのかな」(片渕監督)。

『この世界の片隅に』(11月12日公開)(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

また、空襲のシーンについては「空襲っていうと遠い昔のような話ですけど、“一方的に理不尽なことが襲ってくる”という意味では、一般人からすると戦災というのは災害のようなもの。そう思って見た時、戦争中の世界というのは、実は不幸にも我々が最近たくさん見てしまっている世界とある種の地続き感があって、逆に理解できるのではないか」(片渕監督)と、東日本大震災を経験した日本との共振を語る。

『この世界の片隅に』を見た『野火』の塚本晋也監督からは、「本当の空襲を初めて見た」という感想をもらったという。それだけ、作品から実在感が立ち上っているのだろう。片渕監督のアニメにかける想いやその使命感がうかがえる話でもあった。

神山監督『ひるね姫』:初めて個人的な思いから制作した作品

神山健治監督は主に『ひるね姫』に言及。これまで『攻殻機動隊 S.A.C』シリーズや『東のエデン』など、先端科学や現代の社会問題を盛り込んだ作品を多く発表してきた神山監督だが、予告編を見る限り、『ひるね姫』はファンタジー色が強い作品だ。

『ひるね姫』制作のきっかけを問われると、「これまでSFやアクション作品を手がけることが多く、頼まれもせず世界を救ってきました(笑)。ただ、2012年の『009 RE:CYBORG』は制作の途中で東日本大震災が起こった。震災以降は(震災前とは)違うメンタルで制作をしていた。現実では世界を救うことができない」(神山監督)ということに打ちのめされたのだという。

『009 RE:CYBORG』は仙台での上映時に歓迎を受けたが、「逆に申し訳ないような気持ちになった」と神山監督は振り返る。

そんな時、日本テレビの奥田誠治プロデューサーから「次は自分の娘に見せるようなものをつくったら?」と声をかけられ、逡巡しながらも自身として初めて個人的な思いから作品の制作を決意。映画の題材を見つけるための一人旅の中で、たまたま足を運んだ瀬戸内海の岡山県倉敷市児島を舞台にすることを決めたという。結果、『ひるね姫』は神山監督なりのメッセージが色濃く含まれた作品になっていると明かす。

『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』(2017年3月公開)(C)2017ひるね姫製作委員会

また、瀬戸内海の牧歌的な風景とファンタジー世界での冒険をどううまくつなげるのか? ということに腐心し、見る人が違和感を覚えないよう、作中での一貫したルールづくりを心がけたとのこと。特に参考とした作品として、おもちゃの「LEGO」の世界観を下敷きに作劇をした映画『LEGO THE MOVIE』を挙げていたのは意外だった。
あわせて、『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』については、『サイボーグ009』を一度リセットし、009が現在を迎えた場合、どうなっていくのか? というテーマで制作したことにも触れていた。

瀬下監督『BLAME!』:CG屋として日本ならではのセルルック表現を

そして、話は瀬下監督の『BLAME!』に。まず余談として、井上氏は瀬下氏の高校時代に触れる。瀬下氏は、なんとゆうきまさみ氏のマンガ『究極超人あ〜る』のモデルとなった都立板橋高校“光画部”の部員だったという! やはり、瀬下監督の作品でも「逆光は勝利」なのか……? 意外なエピソードに(一部の)観客は驚きの声を上げる。

本題に戻って、テレビシリーズ『シドニアの騎士』に続いて弐瓶勉原作のアニメ化を手掛けることとなった瀬下監督。『BLAME!』は『シドニアの騎士』と「地続きと言っても過言ではない」と話す。

『BLAME!』(2017年公開)(C)弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

かつてトーヨーリンクス(現・IMAGICA)に所属していた瀬下監督は、自身のアイデンティティを「ずっとCG屋」だと言い切る。さまざまな映像にCGが利用できることを立脚点とし、本格的に感動できるストーリーや世界観をCGで表現することを目指しているのだ。その上で、ピクサーといった海外の潮流と違った、日本ならではのセルルックCGを志向している。

「手描きアニメを再現しようというのは大それているから、あまり考えていない」と語る瀬下監督。目指しているのは、日本のマンガやアメリカのアメコミ、フランスのバンドデシネのような密度で画を動かすことで、実際に『シドニアの騎士』などでも原作のタッチを活かした表現を行っていることを明かす。

そのほか、ポリゴン・ピクチュアズの特徴を尋ねられた際には、『シドニアの騎士』や『BLAME!』のためのソフトウェアを自社開発していることなどを挙げ、技術と寄り添いながらクリエイティブを生み出していく環境だと答えていた。

トークセッション:アニメにおける“日常の表現”

ここからは監督3人全員が登壇するトークセッション。井上氏は先の監督の話を踏まえて、アニメの日常描写に関する話をトークテーマに据える。神山監督は『ひるね姫』の主人公となる女子高生の細かい芝居、瀬下監督はモーションキャプチャーを使った『亜人』など、CGでの日常描写についても言及していたからだ。

日常性を描くため、片渕監督は「我々は無駄な動きを入れていかなくてはいけない」として、本来手描きによる作為的なアニメーションでは入ってこない偶発性を、徹底的に現実を調べることで作品の中に持ち込んでいるという。

一方で神山監督は、男性の多いアニメーターが生理的には描けない女子高生の芝居をどう描いてもらうかに苦心したことを明かす。加えて、瀬下監督は制作費や時間の都合からCGでワンシーンに描ける大道具や小道具に限りがあることに触れ、その制限をいかに意識させないよう表現するのかといった努力の積み重ねがあることを明かしていた。

こうした日常性の表現が、アニメ映画のクオリティや豊穣さにつながってくるのだろう。今後のアニメ映画について、井上氏は今年大ヒットを記録したアニメ映画『君の名は。』や特撮映画『シン・ゴジラ』を引き合いに、「これまでの“スタジオジブリの作品だけを見ていればOK”という状況ではなく、新海誠さんや庵野秀明さん、細田守さんといったほかの人にも注目が集まるのではないか」とまとめる。

アニメ映画は今、何を描き得るのか

最後に、3名の監督による今後の所信や作品についての言葉が述べられた。

片渕監督 『この世界の片隅に』でクラウドファンディングをやったのは、この作風でもこれだけ観客がいるということを認知させるために必要でした。(クラウドファンディングによって需要が証明されたという事実は、)我々つくる側の認識が観客に対して遅れている部分なのかもしれない。

私たちは、子どもの頃からアニメーションを見ている自分たちと同年代の年齢層の高い人たちにもアニメーションの可能性を見せなくてはいけないと思う。それが子どもの観客にもつながってくるのだと思う

神山監督 まずは、三部作となる『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』と今までにない挑戦でもある『ひるね姫』は、両方とも全カットを自分で見ている作品で思い入れもあって、スタッフも力を入れているのでぜひ観ていただきたい。

今、お客さんのニーズが変わってきていて、アニメは本来ファンタジーやSFと親和性があったジャンルだけれど、もっと日常に近いものをみんなで楽しみたいということになっているのかもしれません。『ひるね姫』は、その中でどういったものをつくるべきか? というのを模索して出てきた作品です

瀬下監督 映画が大好きでこの世界に入って、今、劇場が盛り上がってたくさんのお客さんが入っているのを嬉しく思っています。自分がCGをやっている理由のひとつは、魅力的なキャラクターやストーリー、世界観をみなさんに観に来てほしいからです。

僕にとって、映画とか映像というのはライブなので、ぜひ劇場に行って大画面、大音響で体験してほしい。CGだと本当はVR(バーチャルリアリティ)にできるくらい、全部のセット(世界)がある。だから、もっと踏み込んで、(作品の世界を)体験できるVRランドといった未来も描いていきたい。そうやって自分自身も楽しめてみなさんに喜んでもらえる世界をつくれれば、と思います

こうして、1時間半に及ぶシンポジウムは盛況のまま、幕を閉じたのだった。


密度の濃い話が展開された今回のシンポジウムだったが、特に、筆者が個人的に話を展開してもらいたいと思ったのは、“アニメ映画、あるいは映画と東日本大震災について”である。

今年の大ヒット作である『君の名は。』や『シン・ゴジラ』は、明らかに東日本大震災の記憶を経由して生まれた作品といえる。そして先述の通り、片渕監督は戦災描写に感じるリアリティの背景として、神山監督は『ひるね姫』制作のきっかけとして、東日本大震災を挙げている。

また、後半のトークテーマとなった“日常性”について、神山監督の「観客のニーズが日常に近いものに変わってきている」という指摘は、震災という非日常からの反動と受け取ることもできるかもしれない。

こうしたことを踏まえ、今、映画の最前線には「東日本大震災後、映画は何を描けるのか?」という問いが大きく横たわっているように見える。『君の名は。』や『シン・ゴジラ』が観客に広く受け入れられた今だからこそ、改めてそんな問いを3人のアニメ監督に投げかけてみたいと思った。

(C)2016 TIFF

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イベント情報

『劇場アニメ最前線〜君は映画を信じるか』(現在は終了)

日時
2016年10月29日(土)
場所
神楽座
ゲスト
片渕須直(『この世界の片隅に』監督)
神山健治(『ひるね姫〜知らないワタシの物語〜』監督)
瀬下寛之(『BLAME!』監督)
モデレーター
井上伸一郎(株式会社KADOKAWA代表取締役専務 執行役員)
主催
文化庁
共催
公益財団法人ユニジャパン

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