連載 | #1 はるしにゃんの幾原邦彦論──運命とメンヘラと永遠と

はるしにゃんの幾原邦彦論 Vol.1 少女的理想と現実の狭間にゃん

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幾原邦彦というクリエイターの道のり

『「輪るピングドラム」 Blu-ray BOX【限定版】』ジャケット

幾原は1985年に京都芸術短期大学を卒業し、翌年には東映動画(現在の東映アニメーション)に入社。まず『メイプルタウン物語』の制作進行・演出助手のひとりとして参加すると、のちに初代『美少女戦士セーラームーン』などのシリーズディレクターをつとめる佐藤順一のもとで様々なアニメ制作に携わり、1990年には『もーれつア太郎』第18話「王子と玉子どちらがえらいのココロ!?」で演出デビューを果たした。

以降、『美少女戦士セーラームーンR』のシリーズディレクターなどをつとめ、1993年には初の劇場用作品『劇場版美少女戦士セーラームーンR』を手がけることになる。1996年には東映動画を退社、『少女革命ウテナ』の企画・制作を行なうためのクリエイター集団・ビーパパスを主宰・結成し、その版権管理にあたって個人事務所・イクニを設立した。翌年に自ら監督した本作は、アニメーション神戸97´の作品賞・テレビ部門を受賞し、また幾原自身は最高賞であるところの神戸賞を受賞した。

だが『少女革命ウテナ』の制作以後は、しばらくアニメ以外の活動が目立つようになり、もっぱら小説・漫画原作などを執筆するかたわら、講演や学校で教鞭を執るといった機会が増えていく。たとえば2006年には小説『ノケモノと花嫁』を企画・制作するためにクリエーターズ・モイを主宰・結成し、ファッション誌『KERA』に連載している。本作はキャラクターのファッションを、獄本野ばら『下妻物語』の衣装協力を手がけたロリータブランド「BABY,THE STARS SHINE BRIGHT」とコラボレートしたことでも知られている。

近年は、再びアニメの世界で幾原の名前を見る機会も増えてきている。2007年からは『のだめカンタービレ』のOP映像の演出を皮切りに、いくつかの作品の絵コンテやOP演出にも参加している。さらに2011年に『少女革命ウテナ』劇場版以来12年ぶりとなる監督作品『輪るピングドラム』を発表し、2015年に『ユリ熊嵐』を監督していることは先に述べたとおりである。

数々の一流クリエイターに影響を与えたその作品と人となり

『ユリ熊嵐 第1巻 (複製原画・収納ファイル付) [Blu-ray]』ジャケット

幾原から影響を受けたアニメ監督は『おおかみこどもの雨と雪』の細田守や『桜蘭高校ホスト部』の五十嵐卓哉、『蟲師』の長濱博史など数多く、さらには脚本家の榎戸洋司や大河内一楼など幾原自身によってその才能を見出された者も少なくない。庵野秀明も幾原にほれ込んだ人間のひとりであり、彼は『新世紀エヴァンゲリオン』以降、幾原の助言から演劇的要素を取り入れるようになったと言われている。

また幾原自身は奇抜なヘアスタイルやファッションで戦略的なメディア露出を行ない、アニメ界のビジュアル系と形容されている。そのキャラクターの強さは様々なフィクションのモデルにされたこともあるほどだ。一説によれば『新世紀エヴァンゲリオン』の渚カヲルは幾原がモデルだとされている。

幾原邦彦イクニウェブ公式サイトより

作品同様、幾原自身もまた、その作風や略歴が示唆するように一筋縄ではいかない人物であるようだ。最初に志したグラフィックデザイナーへの道は競争社会の恐ろしさによって断念し、実写映画監督への道はキャリアの厳しさによって断念し、つまりどちらにせよ苦しいのは嫌だということで軽やかに逃走し、楽そうだからという動機でアニメ業界に足を踏み入れたと語っている。少年時代のエピソードにしても、異性にモテるタイプだがプラモや絵に熱中していたり、運動部に所属したが暗い性格であったりと、とにかく掴みどころがない。自分を「褒められて伸びるタイプ」と語るところなどいかにも飄々としている。

この連載は、幾原邦彦作品の批評ではある。しかし他方で、批評というものにおよそ興味がないという人にも、彼の作家性を理解してもらうことにより、現在放映中の最新作『ユリ熊嵐』をさらに楽しめるような内容にするつもりだ。おそらくそれは『美少女士セーラームーンR』『少女革命ウテナ』『輪るピングドラム』など、過去作のテーマやスタイルを概観し、彼の人間観や世界観に肉迫していく作業となるに違いない。そのとき、我々は幾原の問題意識が我々の生活と決して無縁ではありえないこと、またそれゆえにこそ我々が幾原作品に惹きつけられているのだということを知ることになるだろう。

この連載は、私たちがそれを確認していく作業だ。そしてそこにおいて私たちは「運命」や「永遠」について再度直視し、そして「革命」のなんたるかを知る。以降、幾原自身が企画・監督をつとめた『少女革命ウテナ』『輪るピングドラム』、それに『ユリ熊嵐』を個別に論じることで、幾原邦彦という作家に迫っていきたい。まず次回は『少女革命ウテナ』である。にゃん。
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はるしにゃん

ライター/エディター/プランナー

1991年生. Writer/Editor/Planner 文芸サークル「カラフネ」代表. 読書会「現殺会」主催. 高円寺カフェバー「グリーンアップル」マネージャー/ディレクター/イベンター. 次の同人誌『SOINEX』は5/3~5/5の即売会とDJイベントにて頒布予定

1件のコメント

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ao8l22

ao8l22

些末な点で恐縮ですが、「セーラームーンR」に「前世からの運命による恋愛なんて僕は認めない」という台詞はあったでしょうか? 「セーラームーン」という作品に前世否定というのがピンとこず(記憶になく)、不思議に思っております。

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