『メダリスト』は犠牲に頼らない“強さ”を追求する物語という仮説
光は夜鷹純の教えによって、勝つためには他のすべてを犠牲にする必要があると考えています。
「犠牲の多寡が勝利に直結する」という信念を持っている。
光の言は大なり小なり真です。犠牲なくして勝てるほど競技/スポーツの世界は甘くありません。ただ、かなり極端です。
光の言葉に真っ向から対立するのが司です。36話「目指す資格」において、司と光は勝つための方法について激論を交わします。
司は犠牲を払えば勝てるというものでもないと言い切りました。現役時代に色々なものを犠牲にしてきた司は、経験則からそう考える。
光も師である夜鷹純の輝かしい実績と、何より不敗を誇る自分のキャリアが信念の根底にあるので譲りませんでした。
そうして光は、いのりにとって、絶対に超えなければならない大きな壁となり立ちはだかります。
『メダリスト』7巻。絶対女王の光と、挑戦者のいのり/画像はAmazonから
ならば、光、ひいては夜鷹純の言う犠牲の多寡=強さの図式を超えて、犠牲だけに頼らない“真の強さ”を追い求めるのが『メダリスト』という物語なのではないか?
犠牲の多寡=強さの図式を肯定してしまうと、行き着く先は氷の上でしか生きられない孤独(夜鷹純)です。
そう仮説を立てて、今、犠牲に頼らない強さに最も近そうなのが、何を隠そう夜鷹純の教え子である光なのです。
前述した36話の問答で、光は最後に「1年後のジュニアでいのりちゃんがまた負けたら 私は夜鷹純を疑わない」と司に言い放ちます(35話「レベル4」で、いのりは同世代の日本一決定戦で4位に終わる)。
そして1年後、いのりは全日本ジュニア選手権でまさかの敗退を喫することになるのですが、光は夜鷹純への信頼を深めるのではなく、彼の教えから外れた演技で氷上を躍動します(51話「全日本ジュニア女子FS①」)。離反のきっかけは、いのりでした。
光はいのりが夜鷹純に似ていると思っています。氷の上で自分が最強だと証明できないのであれば生きる意味なんてない、と夜鷹純と同じ言葉を一言一句違えず言い切ったところを間近で見たからです(40話「恩師②」)。
以来、光はいのりに執心するのですが、期待していた全日本ジュニア選手権ではボロボロの演技で敗退。不甲斐ない結果に終わってしまいます(演技直前に姉のように慕う岡崎いるかの負傷欠場でいのりは心底動揺していた)。
光はいのりに失望する。
しかし、打ちひしがれながらも戦うことを決して止めないと宣言するいのり。それを見て、なぜ自分にとっていのりが気になる存在なのか、本当の理由がわかります。
「夜鷹純みたいだから」じゃなかった
目の前が影や壁で塞がれていても前進していく 結束いのりが好きなんだ
出典:50話「本気の証明」
そして、いのりを見ているようで、いのりを見ていなかった(いのりの中の夜鷹純を見ていた)ことに気づく──と同時に、自分が夜鷹純という箱庭の中に囚われた人形だと悟るのです。
フィギュアスケートのすべてを夜鷹純から教わった光は、氷の上で一度も自分というものを表現したことがなかった。夜鷹純の影響が大きすぎて、自分の存在をずっと無視してしまっていた。
だから、夜鷹純という箱庭から出て、旅立つことを決めるのです。夜鷹純を超えていくと決める。
私は私だけのスケートに挑戦したい
夜鷹純の真似じゃない私のスケートを
出典:『メダリスト』51話「全日本ジュニア女子FS①」
師を超える決意を固めて、ますます飛躍を遂げそうな光を見て、いのりは何を思うのか。最後にいのり、そしてコーチの司について見ていきましょう。

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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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