『メダリスト』の最強にしてラスボス・夜鷹純
『メダリスト』では、全編を通じて“強い”という言葉が頻出します。
ことあるごとに強さに執着する選手たちの姿が描写されており、勝者になるための“強さの追求”は大きなテーマです。
では『メダリスト』における強い選手とは、どんな選手なのか? 1話冒頭の巻頭言で明言されています。
世界中の選手が失敗してしまう技を成功させ 氷上であることを忘れさせるくらい自由で 魅力的に踊れる奇跡の人 それがフィギュアスケートの「強い選手」だ
出典:『メダリスト』1話
本作において、この条件にもっと当てはまるのは、オリンピックを含め、現役時代に出たすべての大会で金メダルと勝ち取り、20歳の若さで引退した天才・夜鷹純(よだか じゅん)です。
であれば、『メダリスト』において目指すべき理想の選手とは夜鷹純である……と言えれば話は簡単なのですが、そうではない。むしろ彼を超える強い選手の在り方を模索するのが『メダリスト』最大のテーマなのではないか。そう思えてならないのです。
どういうことか? まずは『メダリスト』のラスボスとも言うべき夜鷹純について見ていきましょう。
スポーツ選手の「セカンドキャリア問題」──夜鷹純の孤独
夜鷹純の経歴にはケチの付け所がありません。前述したように、現役時代に出たすべての大会で金メダルを勝ち取った作中最強のフィギュアスケーターです。
さらに、氷上の彼には人を惹きつける魔性が備わっていて、司も彼の演技に憧れてフィギュアスケートの世界に飛び込んだことが語られています。日本はおろか世界中から注目を浴びたことでしょう。
しかし、現役引退後は隠遁して世間とは距離を取っています。実は名前が出ない形で、いのりのライバルとして立ちはだかる天才少女・狼嵜光(かみさき ひかる)のコーチを請け負っているのですが、指導の内容は苛烈の一言。
光が一度でも金メダルを取れなかった(つまり大会で一度でも負けた)場合には契約を破棄するなんてとんでもない条件を突きつけています。
『メダリスト』2巻。手前から光と夜鷹純/画像はAmazonから
他にも光が常に身につけているペンダント(?)を勝手に捨てたらしかったり、言動には結構問題が多い(余談ですが、このペンダント気になりますよね)。一方で階段から落ちそうになったいのりを身を挺して助けるなど、性根がひん曲がっているわけではない。
厭世的な雰囲気も相まって、どうも捉えどころがありません。なぜ光に指導をしているのか、断片的に語られた部分もありますが、真意は今もわかりません。
また、氷の上でしか生きられないと評されるほど繊細で、氷の上でしか幸せを感じられない人物のようです。孤独であり、通常の社会生活にはどうにも不向き。白黒はっきりつく氷上での生き方しか知らず、フィギュアスケートの実力でしか他人を見られない気質では、一般社会に適合するのは困難でしょう。
現実にも引退後の第二の人生を上手く生きられない元プロスポーツ選手はごまんといます。いわゆるスポーツ選手のセカンドキャリア問題を考えさせられる人物です(特にフィギュアスケートの選手は20代半ばで引退する人が多いのもある)。
現役時代は苦労したものの、友人に恵まれ、いのりのコーチとして充実した第二の人生を歩んでいる司と対象的でもあります。
今後描かれるであろう彼の過去編では、スポーツ選手のセカンドキャリア問題にも肉薄してくれることに期待しています。
『メダリスト』6巻。対象的に描かれる司と夜鷹純/画像はAmazonから
夜鷹純は最強である。それは間違いありません。しかし、現役引退後の人生の方が圧倒的に長いわけですから、そこで問題を抱えるようなら理想の選手とは言えない。
したがって、夜鷹純は最強ではあるものの、目指すべき理想の選手ではないのです。
それを一番よくわかっているのは夜鷹純なのかもしれません。彼は教え子の光にこう言っています。
僕が教えるフィギュアスケートは 君を幸せにすることは絶対にないよ
出典:『メダリスト』51話「全日本ジュニア女子FS①」
しかし、光は夜鷹純を選んだ。
そうだ あの人は こっちに来るなと 言ったんだ
でも私は あなたを選んだ
出典:『メダリスト』51話「全日本ジュニア女子FS①」
夜鷹純がなぜ極端にフィギュアスケートに苛烈で先鋭的な人物になったのか、理由はまだよくわかっていないのですが、大きな手がかりになるのは彼の指導を受けている光です。
次は、いのりと共に、もう一人の主人公とも言える光について見ていきます。

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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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