2024年のVTuberシーンの音楽は、前年に太く、強く、大きくなったVTuberムーブメントを、より確かなものにしていった印象だ。
星街すいせいさんの「ビビデバ」が動画サイトやストリーミングサイトで多くの再生数を記録。樋口楓さんやNornisらがアニメ作品のタイアップを担い、HIMEHINA(ヒメヒナ)の「愛包ダンスホール」は歌ってみたや踊ってみた動画のネタとなってバイラルヒット。
KAMITSUBAKI STUDIOを筆頭にしたバーチャルシンガーの中には、音楽アーティストと同じペースで新曲をリリースする者も現れるなど、月日を経るごとにVTuberの音楽というものの存在感が増していった感覚すらあった。
同時に象徴的だったのは音楽ライブの開催。大阪城ホールやさいたまスーパーアリーナといった数万人以上を収容するアリーナ会場や、Zeppホールに代表される数千人前後のライブハウス、さらには「ナガノアニエラフェスタ」のような野外音楽フェスなど、至るところでVTuberの音楽ライブが開催された。
加えて、メジャーレーベルからデビューするVTuberの中には、強い志向性を持つシンガー/アイドルもいた。それだけではなく、コロナ禍を抜けたことで音楽活動へ本格的にシフトする者、メジャーレーベルへ移籍して再スタートする者も登場。
ポップカルチャーにおいて、VTuberがメインストリームへと進出しつつある。
コロナ禍を経たシーンの過熱的な盛り上がりをたしかに感じた2024年。今回選んだ楽曲はそんな潮流をある程度反映してセレクト。ぜひ、読む人それぞれの名曲10選と照らし合わせながら楽しんで欲しい。
目次
(※)ヒットチャートや音楽媒体の慣例に合わせ、対象範囲は前年度12月〜今年度11月としている。
ReGLOSS「泡沫メイビー」
2023年9月9日にhololive DEV_IS(ホロライブデバイス)からデビューした5人組・ReGLOSSは、デビューと同時にオリジナル楽曲を投稿。「歌とダンス」をテーマに置いたグループであることを印象付けた。
配信活動とともに様々な楽曲をリリースしてきたが、8月11日にリリースされた楽曲「泡沫メイビー」は、OHTORAさんとmaeshima soshiさんによる共作。落ち着いたトーンの鍵盤やシンセサウンドに、クラブライクなビートが絡まったダンサブルな一曲に仕上がっている。
比較的高いキーがなく余裕を持って歌えることもあってか、5人それぞれの自然な歌声が心地よく響く。
花譜「愛のまま」
デビュー以来、花譜さんにまつわる楽曲といえば、いわゆるボカロP出身のコンポーザーが手がけることが多かった。東京へと上京した2022年以降は、ボカロシーンの外側から様々な作曲家を取り入れ、よりバラエティに富んだ楽曲をリリースしてきた。
その中でも、2024年にリリースしたくるり・岸田繁さんの提供曲「愛のまま」は、彼女の楽曲の中でもかなりしっとりと、それでいて歌謡曲らしいメロディやストリングスが特徴。花譜さんの繊細な歌声が、柔らかなストリングスともマッチすることを改めて証明した。
2024年12月末には新作アルバム『寓話』をリリース。2025年以降は今よりもさらにオーバーグラウンドな存在へと飛躍するかもしれない。
ヰ世界情緒「描き続けた君へ」
2019年12月にデビューして以来、ライブ出演やソロライブ開催などで徐々に頭角を現していったヰ世界情緒さん。自身のバックボーンやメッセージを込めた2ndアルバム『色彩』をリリースした彼女は、多彩な声色を巧みに発するボーカリストへと変化していた。
アルバム収録曲である「描き続けた君へ」は、「絵を描く」ことを志していたヰ世界情緒──いわば“自分自身”についての歌といえる。
自身の中に満ちている創作へのパッションを、声色や声の当て方を微妙にコントロールしながら表現していく様は、リリース後のライブで披露した際に、より顕著かつドラマティックな響きとなって表現されていた。
三枝明那「RED」
2019年4月に活動をスタートしたにじさんじの三枝明那さんは、2020年にVirgin MusicからRain Dropsのメンバーとしてメジャーデビュー。2023年に入るとソロシンガーとしての活動を本格化した。
2024年9月にミニアルバム『UniVerse』をリリースし、12月上旬に開催した初のソロライブは満員御礼となった。
温かみある歌声で多くの女性ファンを魅了している彼だが、ミニアルバムで最も攻撃的かつアグレッシブなのがこの「Red」。クラブライクでトランス&レイヴなサウンドの中で、エフェクティブに加工された本人の歌声が聴くものを昂らせていく。
富士葵「くじら」
2016年12月8日から数えて丸7年。VTuberシーンの中でも最古参といえる活動歴を誇る富士葵さんは、事務所やレーベルの所属と脱退を経て、現在は個人として活動している。
独立後初の新曲となった「くじら」の制作期間は、実に1年半以上。独立前の2023年10月に発表したアルバム『THINK YOUR WORLD』の制作途中から取り組んでいたというから驚きだ(外部リンク)。
作曲を担当した玉田デニーロさんは、“ぽこピー”こと甲賀流忍者!ぽんぽこさんとオシャレになりたい!ピーナッツくんから紹介されたという。
自身の過去や未来を見据えたメッセージ的側面がありつつも、富士葵さんのボーカルが柔らかなシンセサウンドと溶け合い、穏やかに波打っていくダウンテンポな一曲へと仕上がった。
HACHI「Dusk」
RK Musicが運営するライブユニオンに所属するHACHIさんは、2020年に活動をスタートして以来様々なシングルをリリースしてきたバーチャルシンガーだ。
2024年11月にはキングレコードからメジャーデビュー。メジャー1stアルバム『for ASTRA.』からの先行リリース曲となった「Dusk」が、TVアニメ『SHIBUYA♡HACHI』の主題歌に起用されるなど、飛躍の1年となった。
細やかなドラミングと深めのエコーがかかったボーカルが印象的な「Dusk」は、HACHIさんのクールな一面が感じられるクラブチューン。皆に愛される“はちたや”(彼女の愛称)はメジャーデビューしても、変わらぬ存在感を放っていくはずだ。
龍ヶ崎リン「do it」
ななしいんくに在籍している龍ヶ崎リンさんは、2023年から2024年にかけて音楽活動に本腰を入れたVTuberの1人として、明確な意思を持ってフロントラインへと歩みを進めた。
リリースされる楽曲は、彼女が元々好きだったヒップホップのエッセンスと低くハスキーな声とをうまく合わせた、シンセポップやシティポップの数々。
その中でも「do it」は本人が歌詞を担当。<冴えないルーティン 取れない睡眠 どこにもいないよぼくのHi sweetie><十人十色思考違う どんどん増えてくニコチンタール>と、韻と言葉遊びを絡ませ、スムースなサウンドの中に苦みを宿す。そのハスキーな声を武器に、2025年以降どこまで進むか注目だ。
HIMEHINA「愛包ダンスホール」
誤解を恐れずに言えば、HIMEHINAにとって「愛包ダンスホール」は逆襲を告げる一発になった。
2023年10月31日に所属元の株式会社LaRaがBrave groupとの経営統合を発表、以前とは多少違った活動へとシフトしはじめていた。
そんな中2023年12月15日に「愛包ダンスホール」をリリース。<パパッパッパッパパ パーイ! 愛包! 愛いっぱいで惚れ惚れよ>というサビ直前からの流れと、キュートなダンスがTikTokのショート動画のネタとなり、2024年にかけて大きなバズを引き起こした(リリース日と反響の時期を鑑みて2024年版に選出)。
SpotifyやYouTubeなどでプレイリスト入りしたことで再生数が大幅に増加。12月27日に、活動7年目にして達成したYouTubeチャンネル登録者数100万人突破は、彼女たちにとって必然だったのかもしれない。
ピーナッツくん「Squeeze」
2024年4月にヒップホップフェス「POP YOURS」に2度目の出演を果たしたピーナッツくんは、前日にリリースしたばかりのこの曲「Squeeze」で、幕張メッセに集まった1万人以上のヒップホップヘッズの大合唱を生み出した。
過ぎるほどに歪んだノイジーなビートサウンドとベース、大きく拍を取ったリズム、少ない音数で構築されたトラックの中で、ピーナッツくんはこうラップする。
<リリックを書いてる midnight 豆腐の上添えてるジンジャー お前にされたくない信頼 またエンタメになった引退 I’m so squeezy 冷めてるチキン 何も言われたくない正直>
怒り、諦め、ある種の苦しみや苛立ち。直情的に綴られたリリックから、彼が何を思考しているかを読み解くべきだろう。
星街すいせい「ビビデバ」
アニメーションと実写を織り交ぜつつ、シンデレラという役を放棄し、アニメルックなビジュアルのままでストリートへ飛び出して歌い踊る。
MVのエッジの効いた表現や内容もさることながら、ファンキーなグルーヴと「ビビデ!バビデ!ブゥ~ワ!」と歌うサビ、腕をクロスしつつ左右にふり、魔法使いのように決めポーズをキメてからのチャールストンステップ。この一連のダンスもバイラルヒットを記録。MVは公開から約8ヶ月で再生回数1億回を超えた。
その存在感はVTuberという枠を飛び越えて、“2024年のヒットソング”として様々な音楽プレイリストに選出され、話題を振りまき続けた。VTuberの歌声は音楽シーンのド真ん中へ進出できる──星街すいせいさんの「ビビデバ」が証明してみせた。
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