『七夕の国』の巧みなストーリーテリング 最初から最後まで構成に無駄がない
『七夕の国』は、とにかく抜群に構成が上手い漫画です。本当に無駄がなく、最初から最後まで整理整頓されているのが大きな特徴。
前述した季節はずれの七夕祭りと町民たちが共通して見る“怖い夢”のほかにも、丸川町にある山の形に人工的な作為が感じられること、丸川町にいないはずの鳥・カササギがモチーフの旗が昔から受け継がれてきたことなど、序盤から中盤にかけて数々の謎が浮かび上がります。
これら繋がりそうで繋がらない点と点を、終盤にかけて鮮やかに繋げ、張り巡らされた伏線を回収していくのです。
ミスリードを誘うような何気ない描写も相まって、中盤まで謎が深まるばかりだった物語。それが最後の数話でするりと紐解かれていく構成は見事で、読めば伏線回収の快感が波のように押し寄せてきます。
ただ、主人公のナン丸たちが使う超能力をもたらした異星文明の詳細など、最終的に読者の想像に答えを任せる謎がいくつか残されます。
ですが、謎を謎のまま放りっぱなしにするわけではなく、かといって読者が想像する余地を狭めすぎない、絶妙な塩梅なのです。
また、タイトルにも使われている七夕という言葉に幾重にも及ぶ意味合いを込めて、最終話のラストシーン、ナン丸とある登場人物のラブロマンスをそれとなく予感させる演出……どこを取っても完成度が高いシナリオ。何度読んでも感動してしまいます。
『寄生獣』の新一とも『ヒストリエ』のエウメネスとも違う、三枚目の主人公・ナン丸
『七夕の国』のナン丸は、岩明均さんの漫画の主人公としては珍しい三枚目です。
苛烈な経験を経て大きな成長を遂げる『寄生獣』の主人公・泉新一とも、幼少期から達観した大器の持ち主である『ヒストリエ』の主人公・エウメネスとも全く違う。
就職に悩む平々凡々な大学生で、作中で劇的な変化を見せるわけではありません。
生来の超能力を活かす道を探して多少右往左往するものの、常に呑気で、おおらかです。しかし、だからこそ周囲の変化に引っ張られず、常に自分の頭で物事を考えられる人物でした。
微妙な超能力が本物の超能力に進化しても浮かれないし、物語の黒幕でありビルを半壊させるほどの超能力者・丸神頼之(まるかみ よりゆき)との問答でも一歩も譲らなかった。
一方で、無駄のない構成、適度に削ぎ落とされた人物描写、鮮やかな伏線回収と、いずれもソリッドな『七夕の国』の物語に心地よい緩みをもたらす、なくてはならない主人公でした。
超能力モノの漫画で、しかも主人公にもかかわらず、最初から最後までほぼ超能力に頼ることなく終わったところが、いかにも彼らしいです。
『寄生獣』と『七夕の国』 対象的な作風でありながら、どちらも傑作
冒頭で「『寄生獣』が転調の激しいポップスなら、『七夕の国』は静謐なピアノの調べを思わせる」と評しました。
『寄生獣』は人間に寄生する生物と捕食される人間との攻防を描くシナリオ上、戦闘シーンが多く描かれ、手に汗握る展開も多く、惨殺現場などショッキングなシーンも頻発します。場面場面のインパクトは『寄生獣』が上でしょう。
対して『七夕の国』は、不可解な殺人事件やビル半壊事件は起こるものの、作画上の派手な演出も戦闘シーンもほとんどありません。淡々と物語がはじまり、粛々と終わりを迎えます。
しかし、このともすれば淡白な作風が、読み進めるごとに癖になってくる。ラストの余韻をより印象的にしています。
ここまで毛色が違う作風で、かつ連続で傑作を生み出した岩明均さんの手腕には平伏せざるを得ません。
どちらかと言えば『寄生獣』が広く知られていますが、『七夕の国』も負けず劣らずの傑作。ぜひこの機会に、より多くの人に読んでほしいと思います。
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テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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