MV(ミュージックビデオ)のレビュー連載をはじめます。
大衆音楽の市場において、MVはレコードに準ずるほどの大きな影響力を及ばせてきました。ラジオからテレビにポップの主導権が渡ってから、ビデオはさらに重要な位置を占め、21世紀に入ると動画配信サービスがその座を受け継ぎました。
週ごとにアップデートされるSpotifyのプレイリスト「KAI-YOU Music Weekly Playlist」から新たに追加される一曲を取り上げて、MVを中心に音楽ライターの万年初歩レビューします。
Red Velvet流、ホラー表現の噴出
Red Velvetはキッチュな感受性をほどよく駆使してきた。「Peek-A-Boo」(2017)は夜遊びする少女たちの館に迷ってきた少年にいたずらし、「Psycho」(2019)はゴシックなイメージで狂気を隠喩した。
その狂気がようやく前面に現れた、IRENE & SEULGIユニットで発表した「Monster」の化け物扮装は象徴的だ。 公式ライナーノーツによると、「Chill Kill」は“平穏(チル)な状態を壊す(キル)存在”だと紹介される(外部リンク)。そのコンセプトにそって、イメージの持つ雰囲気の衝突を使って肝を冷やしてきた彼女らの感受性は、ストーリーを持つ悲劇に発展する。
家族写真からおそらく男の顔だけが黒塗られて、ちょうど首筋のところをカッターナイフで切る演出は、殺人を露骨に暗示する。 集まった姉妹たちは男性に怯えている。音を立てる瞬間に揺れる部屋は、彼女らが男性によって一つ一つの行動が抑制されてきたことがわかる。
暗示から、殺人が実際に実行されるまでの間はそんなに長くない。 おそらく実行犯はWendyさんで、それを目撃した姉妹はパニックに陥りつつ、共にそれを隠蔽する。 壊れた姉妹の写真が象徴するように「チル」な状況は「キル」された。
しかしその「チル」な状態は姉妹たちにとって窮屈で、「ここで君を待つよ、ハッピーエンドに What a Chill Kill」と歌うように、混沌は彼女らにとってハッピーエンドに向かう必然の段階なのかもしれない。
姉妹たちは閉じ込められた過去を燃やすことを決断する。
2023年K-POPの大事件:SM Entertainmentの内部紛争
自由を得るための殺人、過去との断絶。このナラティブから、2023年に起こったRed Velvetが属する大手エンタメ企業のSM Entertainmentの経営権紛争と、創立者イ・スマンさんが経営権を手放した背景を重ねるのは難しくない。
すなわち、劇中で殺害されたのはイ・スマンさん(的な存在)なのかもしれないのだ。 だからこの劇はメタ的にも読める。例えばこんな風に。
「Red Velvetが旧体制で積み上げてきた遺産は理想的な、つまり「チル」な状態だったのかもしれないが、そこにメンバーたちの自由は妨げられてきた、だからその過去と派手な決別を宣言する──例えその先にどんな困難が待っていようとも」
“劇”から観る、SM EntertainmentとK-POPシーン
フィクションが実際に起きた紛争を隠喩している、と明言するのは良くないかもしれない。しかし実際、SM Entertainmentは作品を通して事件をよく匂わせてきた。例えば東方神起がJYJと決別してからまもなく発表した「Keep Your Head Down」(2011)の「なぜ俺をこんなにもたやすく捨てたのさ」という歌詞は露骨だった。
GOT the beatの「Stamp On It」(2023)で歌われた「誰かがルールを変えても始まりは私たちから top down」という歌詞も、NewJeansを擁するADOR代表のミン・ヒジンさんに向けた言葉ではないかと騒がれた(ミン・ヒジンさんもSM Entertainment出身だ)。
そして本作とほぼ同時期に発表された、同じSMグループ・aespaの「Drama」もまた、その変革の中心にある私たち自身が劇(Drama)そのものであるとの主張として捉えられるプロジェクトだった。楽曲面においては「Chill Kill」より遥かに優れて有効でもある。
それでも「Chill Kill」のMVはこれまで保ってきたRed Velvetのキッチュ性を存分に発揮しつつ、その遺産に反旗を立てる矛盾的な位置に置かれ、そこに意味がある。
ちなみに写真の男性は、撮影現場のフードトラック屋さんだったといわれている。
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連載
大衆音楽は「音」だけで定義されません。特にMV(ミュージックビデオ)はレコードに準ずるほどの大きな影響力を及ばせてきました。 ラジオからテレビにポップの主導権が渡ってからビデオはさらに重要な位置を占め、21世紀に入ると動画配信サービスがその座を受け継ぎました。 今ではK-POPやボーカロイド、Vシンガーなどのジャンルにおいては特にMVが最重要に近い位置を占めており、それ以外の音楽分野でもより重要視されるべきビデオがたくさん存在します。 この連載では主に話題の新曲を対象に、定期的にMVに焦点に当ててレビューする連載を提案したいと思います。
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