いま、日本のヒップホップ史上最大とも評されるビーフ(ラッパー同士がリリックにおいて否定・侮辱し合うことを指すヒップホップの用語)が展開されている。
2023年10月に開催されたヒップホップフェス「AH1」で、ヒップホップクルー・BAD HOPと舐達麻の間で乱闘が勃発。そして、その乱闘が起きた背景に関係があるとされるアーティストたちが、ディス曲を続々と発表している。
筆者が、一連の流れで興味深く感じたのは、現時点で発表されたこのビーフに関連する曲がすべて、MVという形態でYouTubeにアップロードされたという事実だった。
ここではその中でも最もインパクトの高い、舐達麻の「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」のMVを中心に、現象の意義を見届けようと思う。
阿修羅MIC「UNTITLED - (prod.FEZBEATZ)」
河の沿岸で阿修羅MICさんがラップする姿を車越しに撮影。ワンテイクに収められたシンプルなものだった。
12月現在、「UNTITLED」は各種音楽配信サービスなどで音源が配信されているわけでもなく、とにかく阿修羅MICさんが騒動に対する立場と自身の信念を表明することを最優先したのが伝わる。
対して、続いて12月1日に舐達麻が発表した「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、より"企画"として意識的に制作されている。
特定集団へのディスリスペクトだけを目的とした楽曲がストリーミングサービスに商業シングルとして配信することを選択したのが特に異例というわけではない。
ただ、SoundCloudという無料音源共有プラットフォームがヒップホップシーンで人気を得て以降、有名なビーフ曲である「Control」(2013)や「The Story of Adidon」(2018)などがSoundCloud上に無料で公開されたことに対して、ここでは集団間の争いを正式な音楽マーケットに持ち込んだことは踏まえておくべき事実であるだろう。
そしてシングルと共に発表されたMVが映し出すのは、いわゆる既存のビーフ/ディス曲とは異なる洗練されたイメージだ。 飲食店、屋外テラス、床屋、車など背景の数には限りはあるが、カットの多くは数秒ごとに切り替わり、ライティングは明らかにハイエンドなルック(佇まい)を意図してつくられている。
MVとして映し出すオブジェクトが特別なストーリーを語っているわけではない。ただ、ところどころ挿入されるイメージから制作側の意図を汲み取らされる。
例えば床屋の場面と、子供とのコミュニケーション。床屋は黒人コミュニティーにおいて社交的な役割を果たす場所でありヒップホップ文化においても重要な素材として用いられている。
そして(ナイーブな解釈かもしれないが)子供が象徴する未来などの意味を踏まえると、自分らのコミュニティのいわゆる「リアルネス(真実性)」をアピールする。
だが何より、MVの中で舐達麻の3人は飲食店でステーキを食べるのだが、このビーフ(牛肉)という素材は重要だ。 「ビーフ戦」の直接的なメタフォーでもあるが、曲中でBADSAIKUSHさんが“お前がVERBALで俺がSEEDA”と言及するように、過去の日本のヒップホップ史におけるビーフ──SEEDAさん、OKIさんとヒップホップグループ・TERIYAKI BOYSの間に起きた一件(通称・TERIYAKI BEEF※)が参照されていることは明らかだ。SEEDA & OKI (GEEK)「TERIYAKI BEEF」
TERIYAKI BEEFにおいてもMVは重要で、“照り焼き”バーガーと思われるものを(TERIYAKI BOYZの人数と同じ)5つ並べて、叩いたり、食べ捨てたりして、強いインパクトを残した。
(※)当時、TERIYAKI BOYZが発表した楽曲「SERIOUS JAPANESE」(2009)を受けて、SEEDAさんとOKIさんはTERIYAKI BOYZへのディス曲「TERIYAKI BEEF」(2009)を発表。以後、メンバーのVERBALさんとSEEDAさんによるポッドキャスト上での話し合いでビーフは終結した。
「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」はTERIYAKI BEEFの勝敗を判断して、SEEDAさんのやり方を受け継いでいる。
つまり、彼らは一連の騒動を、ラップゲームへと持ち込もうとしている。
12月6日、舐達麻の「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」を受けて、RYKEYDADDYDIRTYさんが発表した「BUSTER CALL」での応答は、予想の斜めを行く。RYKEYDADDYDIRTY「BUSTER CALL (Prod.dj honda)」
「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」MVの飲食店と比べて、はるかに狭い飲食店で撮影されたMV。アンダーグラウンド・ヒップホップの典型のようなスローモーションやエフェクト(視覚効果)が特徴だ。
そのような演出は舐達麻の反対を向いていて、異議を唱える役割を果たそうと試みるように見える。
また、12月15日に発表された「I guess I'm beefin'」でジャパニーズ マゲニーズは、前述した3組と比較して、より傍観者として振る舞う印象が残る。ジャパニーズ マゲニーズ「I guess I'm beefin' (prod. GREEN ASSASSIN DOLLAR & 7SEEDS)」
SNSで拡散された乱闘騒動の映像をテレビに映して、それを適当に無視するジャパニーズマゲニーズの2人の姿でMVは始まる。
一見すると、彼らの店や街を舞台にしたMVは、2人がビーフと無関係に生きることを表明しているように見えなくもない。しかし、ただ完全に傍観者の位置を取るかというとそうでもない。
YouTubeのサムネイル画像や、MVに差し込まれる撮影・録音スタジオの空間は、このラップゲームに乗ることをメタ的に指し示している。
そして何より、ここでも「ビーフ」を焼く様子が映される(実際、JAGGLAさんの歌詞では、明確にBAD HOPのいわゆる“パクリ疑惑”などを狙撃している)。
2023年10月に開催されたヒップホップフェス「AH1」で、ヒップホップクルー・BAD HOPと舐達麻の間で乱闘が勃発。そして、その乱闘が起きた背景に関係があるとされるアーティストたちが、ディス曲を続々と発表している。
筆者が、一連の流れで興味深く感じたのは、現時点で発表されたこのビーフに関連する曲がすべて、MVという形態でYouTubeにアップロードされたという事実だった。
ここではその中でも最もインパクトの高い、舐達麻の「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」のMVを中心に、現象の意義を見届けようと思う。
目次
舐達麻のMVがアピールする、ビーフのハイエンドなコンテンツ化
まず本題に入る前に、一連のビーフにおいて最も早く発表されたのは、11月24日に公開された阿修羅MICさんの「UNTITLED」のMVから見てみよう。12月現在、「UNTITLED」は各種音楽配信サービスなどで音源が配信されているわけでもなく、とにかく阿修羅MICさんが騒動に対する立場と自身の信念を表明することを最優先したのが伝わる。
対して、続いて12月1日に舐達麻が発表した「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、より"企画"として意識的に制作されている。
特定集団へのディスリスペクトだけを目的とした楽曲がストリーミングサービスに商業シングルとして配信することを選択したのが特に異例というわけではない。
ただ、SoundCloudという無料音源共有プラットフォームがヒップホップシーンで人気を得て以降、有名なビーフ曲である「Control」(2013)や「The Story of Adidon」(2018)などがSoundCloud上に無料で公開されたことに対して、ここでは集団間の争いを正式な音楽マーケットに持ち込んだことは踏まえておくべき事実であるだろう。
そしてシングルと共に発表されたMVが映し出すのは、いわゆる既存のビーフ/ディス曲とは異なる洗練されたイメージだ。 飲食店、屋外テラス、床屋、車など背景の数には限りはあるが、カットの多くは数秒ごとに切り替わり、ライティングは明らかにハイエンドなルック(佇まい)を意図してつくられている。
MVとして映し出すオブジェクトが特別なストーリーを語っているわけではない。ただ、ところどころ挿入されるイメージから制作側の意図を汲み取らされる。
例えば床屋の場面と、子供とのコミュニケーション。床屋は黒人コミュニティーにおいて社交的な役割を果たす場所でありヒップホップ文化においても重要な素材として用いられている。
そして(ナイーブな解釈かもしれないが)子供が象徴する未来などの意味を踏まえると、自分らのコミュニティのいわゆる「リアルネス(真実性)」をアピールする。
だが何より、MVの中で舐達麻の3人は飲食店でステーキを食べるのだが、このビーフ(牛肉)という素材は重要だ。 「ビーフ戦」の直接的なメタフォーでもあるが、曲中でBADSAIKUSHさんが“お前がVERBALで俺がSEEDA”と言及するように、過去の日本のヒップホップ史におけるビーフ──SEEDAさん、OKIさんとヒップホップグループ・TERIYAKI BOYSの間に起きた一件(通称・TERIYAKI BEEF※)が参照されていることは明らかだ。
(※)当時、TERIYAKI BOYZが発表した楽曲「SERIOUS JAPANESE」(2009)を受けて、SEEDAさんとOKIさんはTERIYAKI BOYZへのディス曲「TERIYAKI BEEF」(2009)を発表。以後、メンバーのVERBALさんとSEEDAさんによるポッドキャスト上での話し合いでビーフは終結した。
「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」はTERIYAKI BEEFの勝敗を判断して、SEEDAさんのやり方を受け継いでいる。
つまり、彼らは一連の騒動を、ラップゲームへと持ち込もうとしている。
RYKEYDADDYDIRTY、ジャパマゲもラップゲームに参戦
「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」の後に出たビーフ参加曲のMVも比較点があって面白い。12月6日、舐達麻の「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」を受けて、RYKEYDADDYDIRTYさんが発表した「BUSTER CALL」での応答は、予想の斜めを行く。
そのような演出は舐達麻の反対を向いていて、異議を唱える役割を果たそうと試みるように見える。
また、12月15日に発表された「I guess I'm beefin'」でジャパニーズ マゲニーズは、前述した3組と比較して、より傍観者として振る舞う印象が残る。
一見すると、彼らの店や街を舞台にしたMVは、2人がビーフと無関係に生きることを表明しているように見えなくもない。しかし、ただ完全に傍観者の位置を取るかというとそうでもない。
YouTubeのサムネイル画像や、MVに差し込まれる撮影・録音スタジオの空間は、このラップゲームに乗ることをメタ的に指し示している。
そして何より、ここでも「ビーフ」を焼く様子が映される(実際、JAGGLAさんの歌詞では、明確にBAD HOPのいわゆる“パクリ疑惑”などを狙撃している)。
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連載
大衆音楽は「音」だけで定義されません。特にMV(ミュージックビデオ)はレコードに準ずるほどの大きな影響力を及ばせてきました。 ラジオからテレビにポップの主導権が渡ってからビデオはさらに重要な位置を占め、21世紀に入ると動画配信サービスがその座を受け継ぎました。 今ではK-POPやボーカロイド、Vシンガーなどのジャンルにおいては特にMVが最重要に近い位置を占めており、それ以外の音楽分野でもより重要視されるべきビデオがたくさん存在します。 この連載では主に話題の新曲を対象に、定期的にMVに焦点に当ててレビューする連載を提案したいと思います。
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