ヒップホップという文化を刺激する、ビーフの役割
ビーフは、必ずしもヒップホップ特有の専有物とは限らない。しかし、ヒップホップという文化の根本に、競争心を刺激する“闘い”があるのは確かだ。MCバトルやダンスバトル、DJバトル、ビートメイキングバトルがそれに当たる。そして、その表現による“闘い”が、ヒップホップ史において重要な役割を果たしてきたのも事実である。
例えば、JAY-ZさんとNasさんの間で起きたビーフ中で発表された、JAY-Zさんの「Takeover」(2001)は、天才的なサンプリングと数字を活かした愉快なラインを名歌詞として残している。対してNasさんの「Ether」(2001)も、最高のラップスキルを詰めた名曲としてヒップホップ史に名を刻んだ。 このように、ビーフというラッパーたちの闘いを通して、リスナーたちが味わえるスリルとインパクト──それさえも、ヒップホップという文化の面白さと言える。
ビーフのコンテンツ化とその悲劇
ヒップホップ史上で最も有名なビーフはやはり2Pac(トゥパック)さんと、The Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)さんを代表としてアメリカの東西部間でなされた90年代のビーフだろう。その中で発表された2Pacさんの「Hit 'Em Up」(1996)を観てみる。
つまり90年代ヒップホップにおいてもビーフにMVという手段は使われて、そこには思い切り商業的な企画がなされたことがわかる。
ただしこれが、アメリカのヒップホップにおける東西抗争の構図が激化していく中で発表された曲であること、それが過熱した結末が2PacさんとThe Notorious B.I.G.さんの銃殺に帰結してしまったことを、私たちは決して忘れるわけにはいかない。
劇場型のラップゲーム、我々はどう観るべきか
現在の日本のシーンで共にトップに位置するヒップホップクルーであるBAD HOPと舐達麻──そして多くのラッパーたちを巻き込んだ乱闘騒動は、MVを含めた音楽という表現に落とし込まれ、ラップゲームと化しつつある。これがスリリングな音楽的表現の場として機能することでシーンの緊張感が保たれるのなら、そのラップゲームは面白い「文化的なコンテンツ」になるのかもしれない。また10年後や20年後に参照され得るものになるかもしれない。
ただ、YouTubeを含めた、双方向的な情報がやり取り可能になったSNS以後の世界で生きる私たちも、かつてのように影響力を持たない、無責任な観客でいることも難しい。
多くの観客たちが、今SNSを通じて争いに加担し、直接的な暴力にまでも扇動しかねない現状は危なくも見える。
これ以上の暴力沙汰を望むわけにはいかないことを、我々はすでに歴史から学んでいるはずだ。
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大衆音楽は「音」だけで定義されません。特にMV(ミュージックビデオ)はレコードに準ずるほどの大きな影響力を及ばせてきました。 ラジオからテレビにポップの主導権が渡ってからビデオはさらに重要な位置を占め、21世紀に入ると動画配信サービスがその座を受け継ぎました。 今ではK-POPやボーカロイド、Vシンガーなどのジャンルにおいては特にMVが最重要に近い位置を占めており、それ以外の音楽分野でもより重要視されるべきビデオがたくさん存在します。 この連載では主に話題の新曲を対象に、定期的にMVに焦点に当ててレビューする連載を提案したいと思います。
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