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指揮者はバッターと一緒にバットを振るようなもの

──指揮とは演奏前に楽譜の解像度を上げていく作業に近いのかなと思いました。観客のなかには、指揮棒の動作であたかも演奏中に指示を出しているように捉える方もいるのではないでしょうか?

平林 それが指揮者の面白いところなんです。例えば野球の監督であればベンチから指示はできても、バッターの腕を持って一緒にバットを振ることはできないですよね?

指揮者は言わばバッターと一緒にバットを振ることができるようなものなんです。

会社の経営者であれば、それぞれの作業を担当する部署に会議やメールで指示を出さなければならないのでしょうが、指揮者の場合は実作業をする段階においても、手でもコントロールができます。

だから指揮者は演奏前や練習の段階でも細かく指示を出しますけれども、同時にリアルタイムの動作も一緒にコントロールしているというのが面白い性質なんです。

──先ほど楽譜からの再現性は曲によっては3~4割程度とのことでした。しかし、音符1つずつについて、オーケストラ全員が「すいません、ここはどうなんですか」なんてやっていては時間がいくらあっても足りませんよね? 平林 作曲で一番大事な情報は音、それ自体です。音は事実なので表記が……あくまでも現代音楽などの特殊表記を除いてですが、人によって変わることはないですし、解釈の余地はありません。人によって「ソの音」と「ラの音」が違うということはないわけです。

ただ細かい要素であるテンポや強弱、ニュアンスや音色は楽譜にざっくりとしか記せません。そこで「ここに関しては決めてもらわなくちゃ困る」という重要なことを優先に、本番までの限られた時間で調整していきます。

1人で舞台に立つ場合は、何年も練習してるってことがあるんですけど、基本的に集団の演奏では本番まで限られた時間しかありません。練習もみんなスケジュールを調整して集まっています。

──まるで現場監督ですね。納期に向かって優先順位をつけてコツコツと集団を導いていくというか。その納期が1週間後なのか、10年後なのか、無限に続ける調整なのか……。

オーケストラは“生き物”

──オーケストラの団員は、指揮者の指示をどれくらいのレベルで把握するのでしょうか?

平林 指揮者は、かなり細かいところまで演奏者と手で息を合わせていきます。基本的に、そのオーケストラが優秀であればあるほど、振った通りに返してくれます。

──ということは、演奏者はずっと指揮者の細かな指示を読み取っているということですか?

平林 ずっと直視することはないんですけど、常に視界に入れていないと仕事にならないと思います。例えばオーケストラは、私が体の重心をちょっと傾けたり、目で見るだけでその楽器の演奏者がぐっと音量上げてくれます。

彼らは指揮者の情報を常に視界に入れているので、こちらの動作に機敏に反応します。
ベートーヴェン 交響曲第5番 運命
ロンドンでの指揮の様子。指揮者が全身で演奏に関する情報を演奏者に発しているのがわかる。

──ということは、楽器を弾くこととオーケストラで楽器を弾くことはまったく違う能力が必要になってくるのでしょうか?

平林 その通りです。バイオリンを1人で習っていて弾けるようになることと、オーケストラでバイオリンを弾くのとはまったく話が違います。指揮を見る以外にもオーケストラにはいろいろなルールがありますので。

私は、オーケストラは指揮者と演奏者の関係によって生まれる生き物のようなものだと思っています。

人の手による生演奏でしか伝えられない

──「生き物」ですか……。ここまでお話をうかがって、オーケストラの演奏や指揮者の役割を機械にさせることなんて絶対にできない気がします。

平林 そうですね。指揮者の役割はなかなか機械に代替されない要素が多い気がします。なぜなら演奏者が機械ではなく人間ですから。

これは冗談ですけど、1000年後か2000年後か、精度の高いロボット演奏者がオーケストラを代替してくれたら、あらかじめ指示したことを全部そのまま聞いてくれるなんて未来が来たら……

──それこそ映画に出てくるような、人間と見分けがまったくつかないロボット演奏者がいれば……?

平林 指示通り動いてくれるロボット演奏者が存在するなら楽なのかもしれません。しかし、そんな精度の高いロボットはおそらく産まれないかなとも思っています。なぜなら楽器そのものが人間が弾くためにデザインされていますから。

そもそもクラシックは一音一音をどう扱うかっていうことに命を懸けていくジャンルなんです。

──クラシックと他のジャンルの音楽ではどのような違いがあるのでしょうか? 平林 一概には言えないと思いますが、そもそもクラシックは突き詰めた場合は、CDとかレコーディングっていうのもナンセンスだ、と考える人もいるかもしれません。

私にしてみても、やっぱりホールで生の音を聞いてほしいという気持ちが強いです。

──オーケストラの演奏をCDで聴く場合、いったい何の情報が抜け落ちるのでしょうか?

平林 指揮者や演奏者の姿が見えないのは当然ですが(笑)。それ以上に、先ほど申し上げた観客に響くよう一音一音調整を重ねたサウンドの細かい要素が失われてしまいます。

オーケストラでは、楽器がそれぞれ違う位置で鳴っています。その空間的、物理的な要素もなくなってしまいます。

あくまで一音一音、その細部までコントロールすることが大切というか、そういう世界観に重きを置いているジャンルなのではないかと。最終的に人が聞いて楽しめればいいじゃないか、という意味では同じかもしれませんが。

指揮者に必要な資質、コミュ力・語学力・楽器の知見

──指揮者とオーケストラとの関係性はとても多層的ですね。1つ気になったのですが、指揮の技術はどのように教えられるものなのでしょうか?

平林 私なりに指揮法を文章化することはできますし、小澤征爾先生(※)の師匠である齋藤秀雄先生(※)という有名な指揮者がいるんですけど、その人が日本ではじめて指揮法の体系をまとめて、長らくそれが教えられてきました。

※小澤征爾:指揮者。2002~2003年のシーズンから2009~2010年のシーズンまでウィーン国立歌劇場音楽監督をつとめた。
※齋藤秀雄:チェロ奏者、指揮者。1956年に指揮の方法をメソッド化した『指揮法教程』を音楽之友社から出版した。


しかし齋藤先生のメソッドは、試行錯誤した本当に初期の段階のものなので、今日の実践の場でそのすべてのメソッドを使うことはできないんです。

つい2、3日前も指揮を勉強したい人にレッスンをしました。その人としては鋭い音が出したいのに、手がフニャって動いていたらフニャっとした音が出てしまうと。

例えば鋭い音といっても、手の振り方で音が変わってきます。
平林遼さんの指揮法
──先ほど実演もしていただきましたが、そんな違いで音が変わるんですか?

平林 変わります。つまり楽器の演奏とまったく同じなんです。指揮者から見たらオーケストラは楽器です。直接音は出してないけどれど、指揮棒の動作でバイオリンを弾いてるのと変わらないわけです。

──指揮者の教育メソッドが確立されているなら、指揮には基準があるということだと思います。すると、良い指揮・悪い指揮という概念は成立するのでしょうか?

平林 もちろんそうですよ。単純な技術の部分が明確にあります。しかし、もっとも重要なのは指揮者としての総合的な技術を持っているかどうかです。

──それこそ食品の栄養素の五角形みたいなものでしょうか。指揮者の技術をもう少し具体的にお聞きしたいです。

平林 私なりに言えば、棒の振り方の技術、音を聞く技術、コミュニケーションをとる技術ですね。

──オーケストラにおいて行われているコミュニケーションは、普段のコミュニケーションとどのように違うのでしょうか?

平林 オーケストラの何かがうまくいっていないときに、それを直す方法はいくつもあるんですよね。「そこうまくいってませんね」って指摘したり、もしくは言わずして、なんとなく視線を送って指摘する方法もあります。

仮にクラリネットがうまくいっていないとします。そこであえて指揮者が別の楽器のサポートをすると、それに合わせてクラリネットが吹きやすくなる、というように全体が良くなったりもします。

もちろんプレッシャーをかけたほうが良い場合もありますし、それは心理状況を見ながらコミュニケーションします。そういう意味では日常のコミュニケーションと変わらないかもしれません。

平林さんの自宅には防音設備が施されたピアノ演奏用の部屋がある

指揮者にとっての楽器はオーケストラの団員

──極端な話をしますが、例えば指揮者の腕をもう1本増やせば、指示できる内容も増えて、演奏の精度も上がるのでしょうか?

平林 そうでもないんですよね。2本の腕でいろいろな動きをしているより、片手で指揮棒を振ったほうがわかりやすい場合もいっぱいあります。情報が散逸してしまうんですよね。

大学の指揮科で勉強するなかで、むやみに左手を使わないという議論がたびたび行われてきました。

──ほかにはどのような資質が求められるのでしょうか?

平林 結構いっぱいありますね。楽譜を深いところまで正確に読む力も必要です。指揮者の能力で楽譜の読み込み方が変わってきます。

そのほかにも楽器に対する知見。オーケストラの楽器の性能を、実際にどれぐらい理解しているのかも技術の1つです。

あと、指揮者はいろいろな国の人とコミュニケーションをとる場合もあるので、単純に語学力も重要です。

指揮者は棒が振れて、みんなとうまくコミュニケーションがとれて、最低限その曲のことを理解していれば、とりあえずその場は済むんですけれど、それ以外に、音楽に関する深い知見をどれぐらい持っているかも重要です。

──曲への理解を深めることと、音楽に関する深い知見を養うことはどう違うんでしょうか?

平林 曲の勉強というのは、ピアニストで言えばその曲を弾けるように練習することですね。指揮者はそれを、曲を勉強すると言います。それと音楽全体の勉強というのは意味が違ってきます。

演奏する曲以外のこともどれくらい知見が深いかということは重要です。

──演奏する曲以外の音楽の知見がある/なしで、完成度にどのような影響が出るのでしょうか?

平林 そういう音楽への深い知見があることはオーケストラの団員を説得する際に役立ちます。

平林さんの自宅の書棚

──なるほど。

平林 あとはオーケストラからもあまり好かれていなくて、技術があまり無かったとしても、お客さんを呼ぶ力があれば、それも才能だったりします。もちろん、耳の良さも独立した能力ですね。耳がどれだけ良いかが指揮者によってだいぶ違いますから。

抽象的な言い方になりますけど、人間性みたいなものが大きく関わってしまうので、本当に全身全霊で演奏するんです。なぜなら指揮者にとっての楽器はオーケストラの団員である人間なので。

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