水瀬いのりの道のりは、まさに“旅”だった
──10周年にリリースするベストアルバム『Travel Record』のタイトル、そして南フランスでの撮影も含めて「旅」が大きなテーマとしてあると感じました。なぜこのようなテーマを選んだのでしょうか?
水瀬 20歳でアーティスト活動をはじめてから10周年を迎える今に至るまで、一度として同じ年はなく、毎年違った場所でいろいろなことをしてきました。
その中で、出会いだけでなく別れがあったり、アクシデントがあったり、様々な葛藤もありましたが、振り返ってみると自分だけの“旅路”だったなと思うんです。良い日もあれば、悪い日もある。私のこれまでの活動を一言で表すならば「旅」なのかなと思い、ベストアルバムには“Travel=旅”という言葉をつけました。
水瀬いのり Best Album『Travel Record』初回限定盤
──“Travel Record(=旅の記録)”とした理由としては、楽しいことも大変なことも記録としておきたいという思いがあるからですか?
水瀬 そうですね。つらかったことや苦しかったことを見ないようにするのは簡単です。でも、それらを完全に消してしまうのではなく、私は、そうした経験も“勲章”として残したいと思っているんです。どんなに大変なことであっても、スタッフやファンの皆さんと成し遂げたことを絶対に忘れたくないですし、私の場合はアルバムとして残すことで未来に繋げていけると信じています。
また、『Travel Record』は「旅の記録」という意味のほかに、音楽における「レコード」を掛け合わせることで、「“水瀬いのりの音楽の記録”でもありたい」という思いも込めています。実は私、未来の話ばかりを聞かれると少し寂しくなってしまうことがあって。今を全力で楽しみながらこれまで活動を続けてきたので、「今の私には興味がないのかな」と感じてしまうことがあるんです。
どんな時も自分にとっては大切な1年。もっと細かく言うと大切な1日の繰り返しなんです。「10年」という一つの節目を迎えた喜びはとても大きいのですが、今年だけが特別ではなく、今この瞬間こそがかけがえのないものだと思っています。
水瀬いのり 2nd Half Album『Turquoise』初回限定盤
──「旅」についてもう一つ気になったのが、今作のアートワークのロケ地である南フランスです。2024年8月にリリースされたハーフアルバム『heart bookmark』ではパリで撮影されていましたが、今回のロケ地はどのように決まったのでしょう?
水瀬 前回パリでの撮影後、制作チームの絆がさらに深まった気がしていて、「また海外で撮影をしたいね」という話が上がっていたんです。
ある日、パリの撮影で出会ったコーディネーターさんとチームのみんなでご飯を食べに行った時、その方から「南フランスとかどうですか?」って、いきなりプレゼンがはじまったんです(笑)。それで私たちも「ぜひ行きたいです!」となって、トントン拍子で決まっていきました。
なので、今回の撮影は会議しながら綿密に計画を組んでいったというより、「チームのみんなで素敵な思い出をつくって、それをファンの皆さんにもお見せしたい!」という気持ちが大きかったですね。“Travel”や、(2ndハーフアルバムのタイトルである)“Turquoise=ターコイズ”が持つ「旅のお守り」「人と人を繋ぐ」という意味にふさわしい場所に、自然と呼ばれたような感覚でした。
デビュー曲「夢のつぼみ」から新曲「夢のつづき」へ
──水瀬さんがこれまでのアーティスト活動でリリースしてきた楽曲の中から、23曲がベストアルバムに収録されていますが、どのように選定されたのでしょうか?
水瀬 初のベストアルバムになるので、“王道を行く王道”というコンセプトをもとに選定していきました。トラックリストも、デビュー曲から順に新しい曲へと繋がっていくようなシンプルでわかりやすい構成にしたので、マスタリングで聴いた時、まるで走馬灯を見ているようでした。
年々歌い方も変化しているなと思いましたし、デビュー曲の「夢のつぼみ」を改めて聴くと、少し照れくさい気持ちもありましたね。
水瀬 当時は何もわからないまま独学でスタートしたので、友達にも悩みを相談できないまま、とにかくライブやレコーディングに挑んでいました。ただ、その悩みは「もっと良い方向に進みたい」という思いゆえに生まれたものだったので、決してアーティスト活動を辞めたいとかではなく、ひたすらにトライアンドエラーを繰り返していました。
今でも何が正解かはあまりわかっていないのですが、それでも、自分の歌を聴いて鳥肌が立ったりとか、「よく歌えた」と思える瞬間が増えているような気がします。
そして、今回改めて「夢のつぼみ」を聴いて思ったのですが、デビュー曲でそれを歌いきった自分を、全力で抱きしめてあげたいです! とても難しい曲ですし、歌詞の意味も含めて、当時の私にはきっと、どう向き合えばいいのかわからなかったんじゃないかな。それでも、使命感のようなものでステージで歌っていた覚えがあるので、当時の自分はよく頑張ったなと思います。
──『Turquoise』に収録されている新曲「夢のつづき」は、「夢のつぼみ」を手がけた絵伊子さん(作詞)と渡部チェルさん(作編曲)による提供曲です。水瀬さん自身も作詞に参加されていて、まさにこれまでの旅路を象徴する曲だと思います。
水瀬 「夢のつぼみ」に関しては、当時「私はどういう存在なのか?」ということが、私自身わからないままに歌っていたんです。デビュー曲なので、「この曲で表現される存在に自分が近づいていくしかない!」という思いしかありませんでした。
当時、自分はこの曲のようにポジティブな存在ではないと思っていたのですが、それでも「今後アーティスト活動をする中で、そんな人になれるかもしれない」という希望を抱きながら歌っていました。そのためには、とにかく1曲1曲を全力でレコーディングして、リリースイベントを行い、少しでもたくさんの人に聴いてもらうしかない、という強い思いがありました。
──10周年を迎えた現在、デビュー当時に思い描いていた“理想”に近づいたという実感はありますか?
水瀬 「夢のつぼみ」の歌詞にあるようなアーティスト人生を歩んできたかというと、少し違う気がしています。でも、それがデビュー曲の面白さだと思っていて。声優/アーティストである私にとってのデビュー曲は、まだ何者でもないものに対して「こんな風になってほしい」という願いも込めて(制作側から)与えられたものだと思うんです。
そう考えると、思い描いていた姿と完全には一致しないと思うのですが、それでも「『夢のつぼみ』で描かれる理想像に恥じないようなアーティストになろう」とは意識していました。

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水瀬いのり
声優/アーティスト
1995年12月2日生まれ、東京都出身。中学生の時、オーディション「アニストテレス」に参加し、第1回目のグランプリを受賞。その後2010年TVアニメ「世紀末オカルト学院」にて声優デビューを果たす。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」に登場するアイドルグループ「アメ横女学園芸能コース」の成田りな役で女優に挑戦するなど、マルチに活躍の場を広げる中、2013年に出演したTVアニメ「恋愛ラボ」をきっかけに演技力の高さや役幅の広さが高く評価されるようになり、声優として加速的な成長を遂げ、10代にして話題作のメインヒロイン役に次々と抜擢されるようになる。2015年9月には、話題の劇場アニメ「心が叫びたがってるんだ。」の主人公・ 成瀬順役の声優を務め、TVや雑誌など多くのメディアで注目を集めた。そして2016年には声優アワード・主演女優賞、第25回日本映画批評家大賞アニメ部門新人声優賞を受賞。これまで歌ってきたキャラクターソングやアニメ・ゲームイベントでのパフォーマンスで、ジャンルを選ばずあらゆる楽曲を歌いこなす歌唱力が多くのアニメ・声優ファンを魅了し、歌手としての活動にも大きな期待が寄せられていた中、2015年12月2日、二十歳の誕生日迎えた記念すべき日に、待望の歌手デビューを果たした。これまで12枚のシングルと5枚のアルバム、Blu-ray10枚をリリースし、いずれも好チャート記録している。

1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:12846)
素敵な記事をありがとうございます。
これからも続いていくいのりちゃんの物語を、ずっと見守っていきたいです。