小学生の頃、学校の帰りに『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』に出てくる技を傘で真似して遊んだ記憶がある。たぶん同世代の男子はみんなやったことがあるはずだ。
わたしのいちばんのお気に入りは、主人公の緋村剣心や師匠の比古清十郎が得意とする「飛天御剣流 九頭龍閃(ひてんみつるぎりゅう くずりゅうせん)」である。
9つの斬撃をほぼ同時に相手に叩き込むという難度の高い技で、会得するために傘を何本か駄目にしたものだった(残念ながら会得はできなかった)。
あれから30年近くが過ぎ、2023年7月から『るろうに剣心』の新しいテレビアニメの放送がはじまった。翌2024年10月には第2期「京都動乱」編がスタートしている。
いまなお評価の高い旧シリーズと比べて毀誉褒貶はあるようだが、わたしの実家ではアニメやゲーム、漫画などが原則禁止されており、世代ど真ん中にもかかわらず旧シリーズを通して見たことがない。そういうわけで、どこか懐かしくも新鮮な気持ちで毎週の放送を追いかけている。
子どもの頃は単純に、剣心や斎藤一、四乃森蒼紫といった強くてかっこいいキャラクターに惹かれて原作漫画をこっそり読んでいた。成人してからはあまり接点がなかったのだが、何年か前のある日、ああ、あれはそういうことだったのか、というささやかな気づきがあった。
『るろうに剣心』が何を描こうとしていたのか、そのときようやくわかったような気がしたのだ。
目次
剣心の「不殺の誓い」と「逆刃刀」が意味するもの
『るろうに剣心』の代名詞とも言うべき「逆刃刀(さかばとう)」は、通常の日本刀とは逆に、カーブした刀身の内側に刃の部分があるという奇妙な刀だ。そのせいで殺傷能力が意図的に抑えられているわけだが、剣心がこの刀を差しているのには理由がある。
幕末の動乱期、幕府要人を多数暗殺してきた「人斬り抜刀斎」としての過去を封印し、もう二度と人を殺さないという「不殺(ころさず)の誓い」を立てているためだ。
そんなこと言われなくても知ってるよ、と大半の読者は思うだろう。けれど、恥ずかしながら小学校時代のわたしは、こうした設定が何を意味するのかまったくわかっていなかった。
すでに廃刀令が出された明治の世で、あくまで市井の人々の暮らしを守るために、殺傷能力のない奇妙な刀を振るい続ける──。これはどう考えても、専守防衛を掲げる自衛隊がモデルだろう。
不殺の誓いにいたっては、戦争放棄をうたった日本国憲法第9条そのままだ。そう考えると、人斬り抜刀斎としての後ろ暗い過去が示唆するものも見えてくる。アジア太平洋地域で2,000万人もの人々を殺戮した先の侵略戦争の記憶が、幕末の動乱に重ねられているわけだ。
“湾岸のトラウマ”後の時代に生まれた奇妙なサムライ
『週刊少年ジャンプ』誌上で『るろうに剣心』の連載がはじまるのは1994年4月。イラクが突如クウェートに侵攻して湾岸危機が勃発し、米軍を中心とする多国籍軍への自衛隊の派遣を巡って、激しい論戦が行われたのが1990年だ。
結局、日本は憲法9条を理由にアメリカからの派遣要請を断り、代わりに巨額の資金を拠出したものの、国際社会からは「小切手外交」と呼ばれて総スカンを食う。いわゆる“湾岸のトラウマ”である。
湾岸戦争が終結した1991年、日本は名誉挽回を期してペルシャ湾への掃海艇派遣に踏み切り、翌92年には国連平和維持活動(PKO)協力法を成立させる。
冷戦終結によって日米同盟の存在意義が揺らぐなか、中国の台頭、北朝鮮のミサイル開発など東アジア情勢の不安定化に対応するため、対米協力の一環として自衛隊の海外派遣を加速させていく。
不殺を誓いながら逆刃刀を振るう奇妙なサムライは、こうした時代背景のもとで登場したのだ。
いま振り返ってみると『るろうに剣心』には、自衛隊と憲法9条という戦後日本の矛盾した立ち位置があからさまに投影されている。どうして気づかなかったのか自分でも不思議なくらいだが、往時の年長の読者はみんなわかっていたに違いない(※1)。
それでも二番煎じを承知で取り上げたのは、30年越しに考えてみたいことがあったからだ。剣心が戦後日本の自画像、あるいは戦後民主主義のヒーローなのだとしたら、彼の宿敵である志々雄真実はいったい何者なのだろうか。
※1:『るろうに剣心』と憲法9条を扱ったものとしては、たとえば次のようなブログ記事がある。「『るろうに剣心』は戦後日本の課題である」Jazzと読書の日々/2023年8月18日(外部リンク)。
この記事どう思う?
関連リンク
0件のコメント